溶ける真珠、甘い終焉
パリの夜明けは、灰色に濁っていた。
サン=ルイ島の屋敷の寝室。カミュの腕の中で、マロンの「崩壊」は静かに、しかし決定的に始まっていた。
「……あ、カミュ様……指が……」
マロンの微かな声。カミュがその手を取ると、驚愕に指先が凍りついた。
マロンの手首から先が、まるで熱い紅茶に浸された角砂糖のように、輪郭を失い始めていたのだ。
指と指の間の境界が消え、透き通った白い粘体となってシーツに滴り落ちる。
そこには骨も、筋肉も、赤い血も存在しない。あるのはただ、濃厚なバニラの香りを放つ、白濁した「蜜」だけだった。
「マロン! どういうことだ……私の血を、与えすぎたというのか……!」
カミュは生まれて初めて、その端正な顔を恐怖に歪めた。
彼はマロンを「永遠」にするために、不変の菓子へと作り変えたはずだった。だが、命というものは、あまりに過剰な純度に晒されると、その形を維持することすらできなくなるのだ。
マロンの体は、カミュの腕の中で刻一刻と質量を失っていく。
脚は溶け合い、シーツを甘い海に変えていく。カミュに抱き上げられた胸元も、触れている場所からどろりと崩れ、カミュの漆黒のジャケットを白く汚した。
「……ふふ。おかしい、ですね。僕、本当に……お菓子になっちゃった」
マロンは、半分溶けかかった顔で微笑んだ。
その瞳だけが、最期の命の火を灯してカミュを見つめている。
かつてマルセルとして誇りを守ろうとした魂が、今、完全に「甘美な怪物」の一部として昇華されようとしていた。
「嫌だ……行くな、マロン! お前は私のものだ、私の……!」
カミュは必死に、溶けゆくマロンを抱きしめた。
だが、抱きしめれば抱きしめるほど、カミュの体温がマロンの崩壊を早めていく。
カミュの腕の中で、マロンの首が、肩が、意志を持たない甘い泥へと還っていく。
「カミュ様……最期に、全部……食べてください」
マロンは、残った左手をカミュの頬に添えた。その指もすでに、飴細工のように粘り気を帯びている。
「あなたの血を、あなたの命を……僕の味に変えて、お返しします。……これで、僕たちは……一つに、なれる……」
カミュは慟哭した。
かつて彼が求めたのは、不変の玩具だったはずだ。だが今、目の前で失われようとしているのは、自分を映し出し、自分を蝕み、自分を「生かして」くれた、かけがえのない魂だった。
カミュはマロンの願いに応えるように、崩れゆく彼の首筋に、そして溶けかけの唇に、貪るように喰らいついた。
(熱い。……甘い、苦い、痛い……っ!)
これまで感じていたどんな「味」よりも強く、暴力的な感覚がカミュを貫く。
マロンという存在のすべてを、その魂の最後のひと欠片までを、カミュは飲み込んでいく。
マロンの肉体だった白い蜜が、カミュの喉を通り、彼の漆黒の血管へと逆流していく。
夜が完全に明けた時、ベッドの上には誰の姿もなかった。
ただ、真っ白なシーツの上に、巨大な真珠が砕けたような、キラキラと光る砂糖の結晶と、甘すぎて咽せ返るような香りの残滓だけが残されていた。
カミュは独り、鏡の前に立っていた。
鏡に映る彼の肌は、以前よりもさらに病的なまでに白く、美しく、そして……その瞳の奥には、消えることのない「マロンの色」が宿っていた。
カミュは自分の腹に手を当て、自嘲気味に口角を上げた。
彼の中に、マロンがいる。
彼自身がマロンという「毒」に完全に侵食され、飲み込まれた。
「……ああ、マロン。本当にお前は……最高の、お菓子だったよ」
カミュの目から、一滴の雫がこぼれ落ちた。
それは床に触れる前に、小さな白い結晶となって、パチンと乾いた音を立てて弾けた。




