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異世界転移した社畜OL、ブラック魔王軍を改革したら魔王がデレ始めた  作者: 名雲
第2章「魔王バルザードの憂鬱」

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第9話 魔王、異世界人が気になる

 沙良はゼインと共に執務室を退室していった。


 人間の暮らしに詳しい者か。人間に敵意がある奴だったら……いや、ゼインがいるから大丈夫だろう。


 それにしても不思議な女だ。魔界では見たことが無い黒髪と夜空の瞳。

 転移魔法で突然現れて、俺の威圧が効かず、恐れもせずに意見してくる……


 ――俺、魔王だぞ?


 もっと恐怖してひれ伏すのが普通だろう? なんでアイツは平然としているんだ?

 それに、どうやって転移してきたのかもわからず仕舞いだ。


 そんなことを考えながらも、手元の書類は次々と処理出来ていく。

 沙良が纏めてくれたファイルのおかげで、いつも面倒だった書類作業が捗るのだ。


 それに、部屋の中もスッキリと整理されて気持ちがいい。

 ――これだけでも、沙良を雇った甲斐があるというものだな。さすが、俺。

 あの時、人間だからといって排除しなくて良かった。


 しばらく書類に集中していると、軽い音を立ててドアがノックされた。


「誰だ?」


「ゼインです。ご報告がありますので、入ってもよろしいでしょうか?」


 やっと戻ってきたか。案外時間がかかったな。

 ゼインに入るように伝えて、報告を受けることにする。


 執務室に現れたゼインは、少し眉間に力が入っていて、いつも真っ直ぐに俺に向ける視線が、少しズレている。

 なんだ? いつもと少し様子が違っているようだが……


「ご報告いたします。沙良さんに、近衛軍の中でも人間の暮らしに詳しい者を紹介いたしました。その者の名はジェスター・クライン。魔族の父親と人間の母親を持つ半魔族の兵士です」


 ジェスター? ああ、あいつか。

 沙良が現れた謁見の間にも居たな。面倒な経緯を説明しなくて済むというものだ。


「そいつが沙良に危害を加えることは無いのか?」


「それについては問題ないでしょう。以前も迷い込んだ人間を保護して、送り届ける任務をこなしていますし、彼の母親も魔界で幸せに暮らしているそうですから」


 ふむ、それなら大丈夫そうだな。

 沙良の整理術は有用だ。そばに居てくれると助かるからな。


「それより魔王様、本当に沙良さんを幹部会議に同席させるのですか?」


 ああ、それで部屋に入ってきた時の様子が変だったのか。

 ゼインは優しい奴だからな。

 人間とはいえ、沙良のことを心配しているんだろう。


「ああ、出席させる。それがあの女の望みだろう? まあ、ガルディオスあたりはうるさそうだが、この俺が認めていれば問題あるまい」


 問題無いと示しても、ゼインの顔色はまだ優れない。

 なんだ? 他に何かあるのか?


「何か言いたそうな顔だな」


 椅子の背もたれに身体を預けながら問いかける。

 視線をゼインに向けると、僅かにみじろぎしながら思案顔を見せた。


「とりあえず言ってみろ。どんな内容か知らんが、聞かなければ良いも悪いもわからん」


「そうですね……では魔王様、失礼ながらお聞きします」


 ゼインが改まって姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見ながら問いかけてくる。


「先程の沙良さんの言葉……『どんな戦術で負けたか、共有していないのでは?』という言葉を覚えていますか?」


「ああ、そんな事を言っていたな。それがどうした?」


 負け方を共有しているか? などという問いかけだったが、所詮は戦を知らぬ者の意見だ。

 一考の価値も無いだろう。


「その言葉を聞いて、こうお考えになられたのでは?――『負け方を知って何になる』と……」


 確かにそう考えたし、今でも考えは変わらん。

 軽く頷いて先を促す。


「ガルディオス将軍を圧倒できる存在など、そういません。しかし、沙良さんの言葉を聞いて、ふと疑問に思ったのです」


 確かに、ガルディオスは簡単に倒せるような弱者ではない。前魔王の時代からの歴戦の将軍だ。


「魔王様、不思議ではありませんか? もし勇者がそれほどまでの強者ならば、なぜ人間の王になっていないのでしょう?」


「……何が言いたい?」


「恐らく、勇者は個人としては、ガルディオス将軍を圧倒できるほど強くない。ならば、なぜ我が軍が負けたのか……」


 ゼインが言葉を切る。


「『()()()』の問題ではないでしょうか?」


「戦い方」だと? 思わず眉根を寄せて見返すが、ゼインは怯むことなく続ける。


「勇者達は戦術を駆使して、戦力の差を覆してみせたのではないでしょうか? それならば、同じ戦い方をしても、また同じように敗れるだけのような気がして……申し訳ありません。私もまだ考えがまとまっていないので、結論をお伝えできません」


 そう言うと、ゼインは深く頭を下げた。


「沙良さんの言葉がヒントとなって、何かに気付きそうなんです。もう少し沙良さんと話が出来れば、この考えが明確になりそうで……」


「よくわからんが、気になるなら沙良と話すといい。お前の考えがまとまったら、また報告してくれ」


 そう言って書類に視線を戻す。

 もうそれほど時間もかからずにこの仕事も終わりそうだ。


「失礼します」と告げて退室しようとするゼインに、片手をあげて応える。


 沙良のあの言葉……

 ゼインにはなにか感じることがあったのか。俺にはわからない何かが。


 少しだけチリリとする胸に、気づかない振りをしながらペンを走らせる。

 広くなった室内に、ペンの音だけが響いていた。




 ◇◇◇◇◇


 翌朝、執務室の扉を開けると、既に沙良の姿があった。窓から差し込む朝日が黒髪を照らし、その横顔を柔らかく浮かび上がらせている。

 隣には白髭を蓄えた事務官が立ち、二人で本棚の前で何やら話し込んでいた。


 扉の音に気づいた沙良と事務官が振り向く。


「おはようございます、魔王様」


「ああ、おはよう」


 軽く手を上げて応えて机に向かうと、いつも暗い顔をしている事務官が笑顔で近づいてきた。


「いや〜、沙良さんは凄いですね。私も昨日見てましたけど、幾つか確認された後に、どんどん部屋が片付いていくものですから、本当に驚きましたよ」


「そうか。綺麗に片付いて、お前もやりやすくなったろう」


 俺の言葉を受けた事務官は「それはもう!」と嬉し気に何度も頷いている。

 執務を始めようと椅子に腰を下ろすと、沙良が手帳を閉じて歩み寄ってきた。


「魔王様、新たなご指示がなければ、資料整理の続きをしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 え、続き? これ以上綺麗にするのか!?


「あ、ああ構わん。好きにしろ」


 もう充分綺麗に整理されてるのに……さすが整理の達人。まだ満足しないという訳か……

 まぁいいさ。綺麗になるならそれに越したことはない。

 俺が鷹揚に頷いてみせると、沙良が軽く頭を下げて再び本棚へと向かった。



 さて、仕事だ仕事。

 軽く背筋を伸ばし、書類に目を落とす。毎日書類と睨めっこでは気が滅入るが、これも魔王の仕事だ。


 嘆願書に目を通していると、机にそっと置かれた紅茶が目に入る。

 立ち昇る香りと一緒にふと顔を上げると、沙良がトレイを片手に目の前に立っていた。


「お砂糖とミルクはお使いになられますか?」


「あ、ああ。砂糖だけ入れてくれ」


 俺が答えると、沙良は「かしこまりました」と紅茶に砂糖を入れた後、また棚に向かって整理を始め出した。

 その横顔をしばらく眺めていると、沙良がこちらを向いた。


「……何か?」


「!? な、何でもないぞ!」


 慌てて視線を逸らしてしまうが、なんで俺が慌てなくてはならんのだ!?


「ちゃんと仕事をしているか、確認していただけだ!」


 沙良が少し眉をひそめるが、何も言わず小さく息を吐くと再び本棚に向き直った。


 いかんいかん。仕事に集中しなければ――

 頭を振って雑念を追い出す。女性を不躾に見るのは良くなかったな、と反省するが、どうしても沙良の方が気になってしまう。

 なんとか書類に集中していると、扉がノックされた。


「失礼します」


 扉が開き、ゼインが入ってくる。


「おはようございます、魔王様」


「ああ、おはよう」


 沙良にも挨拶をしているが、何か思うことがあるのか表情が優れない。

 今日の仕事についてやりとりをした後に、ゼインが切り出した。


「沙良さん。本当に、今日の幹部会議に出席されるのですか?」


 その声には心配の色が滲んでいる。俺は書類に目を落としながら聞き耳を立てた。


「ええ、参加させてもらいたいです。ご迷惑でなければ」


 沙良の声が静かに響く。


「迷惑という訳ではありませんが……」


 口元に手をやり、小さく咳ばらいをしながら、言葉を探すように視線が宙を泳いでいる。


「……今は人間の勇者達に荒らされている最中です。お伝えした通り、ガルディオス将軍は人間に対して敵愾心を強くされています」


 忠告を受けて、沙良が少し考える風にアゴに手を当てている。

 だが、その瞳は揺るがない。


「そのガルディオス将軍も、見境なく襲うような方ではないと伺っています。隅の方で目立たないようにしてますから」


 その目を見たゼインが小さく息を吐いた。


「わかりました。何かあれば私が守りますが、幹部達を刺激しないようにお願いしますね」


「はい、ありがとうございます」


 話は終わり、ゼインが俺の方を向いた。


「では、魔王様。朝の報告を――」


 ゼインの報告を聞きながら、書類を処理していく。

 沙良が頻繁に執務室を出入りしていたが、何をしているのかはよくわからない。

 なにやら忙しそうにしているので、声を掛けるのは憚られた。


 そして、いよいよ幹部会議の時間が迫ってきた。


「では、行くか。沙良も準備はいいな?」


 書類を閉じて椅子から立ち上がると、革張りの背もたれが小さく軋んだ。


「はい、問題ありません。本日は同席させていただきますので、よろしくお願いします」


 その声がわずかに高くなっていた。

 視線を下げると、小刻みに震える指先が目に入った。

 思わず視線を向けると、沙良の肩が強張り、落ち着いた佇まいとは違う様子が伺えた。


 ――緊張しているのか。


 無理もないか。人間の女が魔王軍の幹部会議に出るなど、前代未聞だ。

 ガルディオスがどんな顔をするか、想像に難くない。


 俺は敢えて気付かない振りをして、扉に向かって歩き出す。


「ふん、何があろうとも、例え勇者が襲ってこようとも、この俺が守ってやる」


 胸を張り、前を見据えながら堂々と告げる。


「だから、安心しろ」


 横目に見える沙良の瞳が大きく見開かれた。その瞳が揺れている。

 顔を伏せた沙良は、一度短く息を吐くと、こちらに向き直った。

 その顔から硬さが取れて、唇の端がそっと持ち上がっている。


「頼りにさせていただきます」


 いつもより温度を感じるその声に、胸が熱くなる。

 俺は咳払いをして、扉に向かった。


「行くぞ」


「はい」


 沙良が俺の後ろを歩いてくる。足音が二つ、廊下に響いていった。


 

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