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異世界転移した社畜OL、ブラック魔王軍を改革したら魔王がデレ始めた  作者: 名雲
第2章「魔王バルザードの憂鬱」

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8/9

第8話 魔王、異世界人に仕事を任せてみた

 心地よい疲労と充実感。

 有意義な視察ができた今日の俺は、凄く()()()魔王だったのではなかろうか?

 そんな事を考えながら、城内を歩いて自分の執務室を目指す。


 廊下に反響する靴音が鼓膜を叩く中、隣を歩くゼインが話しかけてくる。


「……沙良さんは大丈夫でしょうか?」


 眉根を寄せて、顎に手を当てながら呟く。


「大量の書類を整理するだけでも大変なのに、慣れない城内だと緊張して余計に疲れそうですよね」


「ふん、あの人間がどうなろうと知った事ではない……」


 いや、待てよ。ストレスで倒れるかもしれんな。

 人間は脆弱だ。


「知ったことではないが……倒れられても迷惑だな。様子を見て休ませるのも必要か」


「そうですね、休息は必要でしょう」


 肯首するゼインを見ると、何故か緊張と疲労でやつれたあの女の姿が頭に浮かんだ。


 書類に埋もれて途方に暮れているか、それとも泣いているだろうか。

 ――いや、あの女は泣きそうもないな。

 軽く頭を振り、執務室の扉を押し開けた。


「おかえりなさいませ」


 一歩足を踏み入れたとき、あの女の落ち着いた声が耳を打った。

 視線の先には、あの女がいる。

 書類を手にこちらを澄ました顔で見ていた。


 そして、ふと室内の様子に気づいて驚く。


 綺麗に片付いた室内。

 床に散乱していた書類は本棚に収まっている。

 机の上に山積みだった書類も整理されているようで、天板には羽ペンとインクだけが置かれていた。

 床も机も壁までも、磨かれたように光を反射している。


「――なっ……!」


 思わず声が漏れる。

 いや、おかしいだろう! あれだけ散乱していた書類はどこへ行った!?

 まさか、捨てたんじゃないだろうな!?


 慌ててあの女を見ると、澄ました顔に少しだけ汗が浮かんでいた。


「先程、書類の整理が終わりました。重要度別に4つに分類し、日付順に並べてあります。決裁が必要な書類はこちらの赤いファイルに、確認のみで良いものは青いファイルにまとめました」


 沙良が机の上のファイルを指さす。

 赤と青、二つのファイルだけが机の上にある。


 嘘だろう……あの量が、二つのファイルに?


 赤いファイルを手に取ってページをめくる。

 確かに、決裁が必要な書類が並んでいる。

 しかも、上から順に重要度が高い。


「魔王様、これは……」


 ゼインが視線を執務室中にさまよわせている。

 おい、口が開きっぱなしだぞ。

 いつも冷静なコイツにしては珍しい。


「ああ、凄いな。これだけ綺麗になるとは思わなかった」


 実際、驚き過ぎて心臓がバクバクしてるが、動揺を悟られるのは良くない。

 しかしこの女、片付けの達人なのか?恐ろしいスキルだな。


「あれだけ山積みだった書類が、スッキリしたではないか。やるな、人間」


 人間とはいえ、期待以上の働きをした者に労いをかけるのは当然だ。


「ありがとうございます。ただ、私は『人間』ではなく、如月 沙良という名前があります」


 はは、この俺にその物言い――やはり面白いな、この女。


 こんな反応をされるのはいつ以来か……。

 そうだな、働きに報いて名前くらい呼んでやろうではないか。


「ははっ、それは悪かった。では沙良、見事な仕事ぶりだったぞ」


 沙良は「ありがとうございます」と、俺に頭を下げる。

 一瞬、驚いた顔をしていたが、褒めた事に驚いたのか?

 きちんと働いた奴には、ちゃんと報いるとも。


「この働きに報いて、なにか褒美を――」


 言いかけた時、廊下が騒がしいことに気づく。

 何事かと扉を伺うと、慌ただしいノックの後に扉が開いた。


「魔王様!また勇者一行に前線を突破されたと報告がありました!」


 ――何だと!?


「なに!?またか!また失敗したのか!!」


 なんてことだ! 何度も敗れるなど、魔王軍の名折れではないか!

 くそっ、ガルディオスが出向いたんじゃなかったのか!? まさか、ガルディオス自身が負けたんじゃないだろうな?


「被害の状況は? ガルディオス将軍の安否は?」


 ゼインが配下の兵に矢継ぎ早に聞いている。


「部隊の被害は重傷者2名、軽症者多数との報告だけです。ガルディオス将軍は健在とのことでした」


 犠牲者が出ていないことにホッとする。

 ゼインも同じ思いのようで、小さく息を吐いている。


 ――しかし、これで3度目か。

 勇者どもが強いとの報告は受けているが、ガルディオスが負ける程なのか?


 敗戦の報告に憤っていると、あの女――沙良がおずおずと小さく手を挙げているのが見える。

 俺の視線に気付いた沙良が、挙げていた手を握りしめた。


「あの……"また"という事は、これまでも何度か?」


「……ああ、これで3度目だ!」


 ふむ、と沙良はアゴに手を当てて考える。

 少し下げた目線。

 真剣な光を帯びた夜空のような瞳に、一瞬、心臓が跳ねる。


 ――なんだ? 今、俺の体に何が起こった!? こ、こんなときに、この女にときめいたとでもいうのか!? いや、そんなことがあるはずが無い!

 突然早鐘を打つ鼓動に驚いていると、沙良がこちらに瞳を向けた。


「敗北の原因は分析されているのですか?」


「それがわかれば苦労はせん!」


 そんなものがわかるなら、頭を下げてでも教えてほしいくらいだ!

 俺はこの城から離れられないし、なんとかガルディオスに勇者を追い払ってもらわなければ……


 またもやアゴに手を当てながら、「なるほど」と沙良が頷いている。


 さっきもその仕草をしていたな。考えるときの癖だろうか?

 冷静で知的なこいつの雰囲気に似合っているが……何かいい考えがあるのか?


 瞳を揺らしながら深く考えている様子に、少し期待しながら言葉を待つ。


「こんな事を聞くと失礼かもしれませんが、どうして分析されていないんですか?」


 なんだと? 敗北を分析したところで何の意味がある。


「強いものが勝つ。それが自然の摂理だろう。ガルディオスが負けたのは、勇者の方が強かったからだ」


「なるほど、魔王様の意見はわかりました。ゼインさんも同じような理解でよろしいですか?」


 またアゴに手を当てて、なにか思案している。

 突然話題を振られたゼインは、少し驚きながらも返事を返す。


「そうですね……ガルディオス将軍は強い。それは間違いありませんが、勇者とは相性が悪いのかもしれません。でも、それは言い訳に過ぎません」 


 ゼインの言葉を聞いて、「うわぁ……」と顔をしかめながら呟いている。

 何もおかしいことは言ってないと思うが、こいつからすると違うのか?


「典型的な根性論……あ、もしかして――」


 沙良が眉根を寄せて、苦い顔でこちらを見る。


「どんな戦術を使って負けたのか、共有していないのでは?」


「どんな戦い方で負けたかなど、なぜ必要だ? どんな小細工を弄しようとも、最終的に強いものが勝ち、弱いものが負ける。それだけだ」


 まったく……どんな意見が出てくるかと思ったら『()()()()()()』だと?

 そんなものに何の意味がある。


「書類の整理は達人でも、戦い方は知らないようだな。そう思うだろう、ゼイン?」


「え……? あ、はい。そうですね……」


 ゼインに話を振ったが、反応が悪い。聞いていなかったのか?

 だが、何やら真剣な表情で考え込んでいる。

 なんだ? 今の話で気になることでもあったのか?


「なるほど。組織のトップである、あなた方の考えはわかりました」


 ため息を一つついて、沙良が言う。


 こいつは何を考えている? 今の問答で何がわかるというのだ。

 ちらりとゼインの顔を見る。

 まだ考えているようで、眉間に皺が寄っていた。


「つまり、PDCAが正常に機能していないと――」


 沙良がアゴに手を当てた格好のまま、静かに呟いた。

 ピーディー……なんだって?


「魔王様、明日は幹部の方々と軍務会議でしたね?」


「PD……? よくわからんが、確かに明日は会議があるが、それがどうした?」


「その会議に、私も出席させて下さい」


 真剣な眼差しで沙良が言う。

 夜空のような瞳を俺に向けられて、一瞬ドキリとした。


 ――くそ、あの瞳で見られると落ち着かない。

 だが、会議に出席?

 あんな会議に出てどうするというのだ。


「会議に出席してどうされるんですか。なにか考えでも?」


 ゼインが訝しげに問いかけると、沙良はまたアゴに手を当てて思案顔になる。


「いえ、まずは会議に出席させてもらうだけで大丈夫です。それから、この城に人間の生活に詳しい方はいますか?」


「え、ええ。人間の国とは交流もありますし、詳しい者なら何人か居ます」


 こいつ、本当に何を考えている?

 まあいい、何をしようとも結果は変わらん。好きにするがいいさ。


「ふん、何を考えてるかは知らんが、好きにするがいい。この部屋を見事に片づけた褒美だ」


「! ありがとうございます」


 沙良がこちらに視線を向け、唇の端をそっと持ち上げた。

 その眼差しにかすかな温もりを滲ませて――


 初めて見た微笑みに、胸がざわつく。

 この落ち着かない気持ちは何だ?この女のせいか……?


 いや、魔王たるこの俺が、たかが人間の女に動揺するはずがない。

 きっと、これは勇者のせいだ。


 俺は、そう自分に言い聞かせながら、沙良から目を離せずにいた――



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