第5話 魔王、異世界人に恋をする
第2章は魔王バルザード視点でお届けします。
「逃げていくな……」
俺は呟きながら、無様に逃げていく勇者達を見下ろしていた。
つい一ヶ月前まで連戦連敗。
散々煮湯を飲まされた奴らを撃退して、気分爽快なはずだったが……。
「ええ、逃げていきますね。予定通りです」
書類を手にした沙良が、淡々と報告する。
その冷静な横顔を見て、思わず胸が高鳴る。
隣に立つ沙良が、資料を確認しながら冷静な表情で淡々と答える。
「勇者撃退予定時刻は15時15分。現在時刻は15時13分ですから、予定より2分早く終わりましたね、魔王様」
彼女は手元にある『対勇者撃退マニュアル』のタイムラインを確認していた。
沙良の持つ書類を彼女の肩越しに見てみると、『15:15 勇者撤退(予測)』と書かれている。
壁の時計を確認すると、15時13分。
……どうやったら敵の撤退時間まで予測出来るのか、全くわからない。
かろうじてわかるのは、沙良が凄いということだけだ。
「……お前は、本当に恐ろしい人間だな」
そんな事を考えていたら、素直な気持ちが口から漏れてしまった。
あ、しまった! 「恐ろしい」なんて言ったら、怒らせてしまうか!?
ちらっと顔色を伺うが、言われた本人――如月 沙良は、きょとんとした表情でその夜空のような美しい瞳を俺に向けた。
「そうですか?データに基づいて計画を立てただけですよ?」
そう言った後に、戦場に目を向けた。
逃げていく勇者達を見下ろすその横顔は、俺から見ても頼もしい。
……そして、美しい。
「一カ月前までは、我が魔王軍は奴らにやられ放題だったというのに……」
見惚れてしまったことを悟られないように、勇者達の方に顔を向けながら、悔しそうな表情をして誤魔化す。
――最初は、ただの「面白い人間」だと思っていた。
だが、日を追うごとに変わっていった。
沙良の冷静な分析に感心し、
沙良の論理的な提案に驚嘆し、
沙良の献身的な働きぶりに感謝し――
気づけば、その横顔を見るだけで胸が苦しくなっていた。
「一カ月もあれば、組織は変わりますよ。良くも悪くも。ちゃんと段階を踏んで改善すれば、結果は自ずと付いてきます」
組織は変わる……か。
彼女は、俺が200年かけても出来なかった事を、たった一ヶ月でやり遂げてみせた。
全てが変わったんだ。兵士達も、幹部も、そして……俺自身も。
城塞の下では、ガルディオスとノゼリアが笑い合っている。
一ヶ月前なら考えられない光景だ。
あの二人は、会議の度に罵り合っていた。
だが、沙良が来てから全てが変わった。
幹部たちは協力し、兵士たちは統制され、組織として機能し始めた。
――この女は、一体何者なんだ?
俺は、沙良の本当の姿が女神か天使なんじゃないかと不安になって、思わず聞いてしまった。
「……なあ、沙良」
「はい?」
「お前は一体、何者なんだ?」
彼女は少し考えてから、微笑んだ。
「ただの、元社畜ですよ」
……モトシャチク?
聞き慣れない言葉だが、おそらく沙良の世界の言葉だろう。
その意味は分からないが、謙遜していることだけは分かる。
――ただの、か。
俺にとって、お前は「ただの」存在では決してない。
その笑顔を見て、鼓動が速くなる。
――ああ、やはり俺は、この女に惹かれている。
200年間、誰にも感じたことのないこの想い。
俺は孤独だった。
幹部たちは俺に忠誠を誓うが仲間ではなく。
兵士たちは俺を恐れながら従うだけ。
誰も俺と対等に話そうとはしなかった。
それが当然だと思っていた。
それで良いと思っていた。
だが、沙良は違った。
俺を恐れず、俺を個人として対等に話し、時には意見さえする。
――こんなに心が満たされるとは、知らなかった。
力で支配してきた俺は、この想いの伝え方が分からない。
どう伝えればいい?
下手に伝えて拒否されたら……。
それは嫌だ。考えただけで背筋が寒くなる。
俺の中で、一つだけ確かなことがある。
この女を、手放したくはない。
だから、俺は決めた。
この想いを伝えると。
――いつか、必ず。
第二章スタートです。
第一章では描かれなかった魔王バルザードの心情と、裏側で起こっていた出来事を描いていきます。




