第12話 魔王、異世界人を見守る
「――それでは、只今より緊急幹部会議を始めます」
開始の宣誓を告げるゼインが、チラリと沙良に視線を投げた。
頷いて立ち上がる彼女の顔に、怖れは見えない。
凛とした表情で壇上へ向かう姿と対照的に、幹部達の顔色は険しい。
出席者は前回と同じく、ガルディオス、ノゼリア、ゼイン、カーラの4人。
4人とも苦い顔を晒している。特にガルディオスは、こめかみに血管が浮き出ているな。
対照的に涼しい顔の沙良が一同を見回すと、ひとつ息を吸って口を開いた。
「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」
静かな、それでいてよく通る声が会議室を通り抜けた。
「今日の会議の進行を務めさせていただく、沙良と申します」
――始まった。
俺は、無意識に肘掛けに置いた手に力を込めていた。
「予めお渡しした資料には、目を通して頂けましたでしょうか? それでは、詳細をご説明させて頂きます――」
沙良が幹部達に配られた資料を説明していく。
資料を読み進めるにつれて、幹部達の顔が険しくなり、会議室の空気が徐々に重くなっていく。
――これは、荒れそうだ。
そう思いながら、俺は手元の資料に目を落とした。
◇◇◇◇◇
「――ふざけるなっ!!」
怒りに任せて叩きつけられた拳が、長テーブルを揺らす。
案の定、ガルディオスの怒気が爆発した。
「このような……っ! これではまるで、儂ら武官が無能の集まりだと言っているようなもの
ではないか!」
ガルディオスの怒気を孕んだ声が、会議室の空気を震わせる。
それを見て口元を吊り上げるノゼリアと、対照的に体を強張らせているカーラ。
「戦場は力と力がぶつかり合うのだ! 小賢しい数字で語れるほど、安っぽいものではないわ!」
立ち上がり、その頑健な体に怒気を立ち昇らせている姿は、歴戦の猛将に相応しい威圧を放っている。
握りしめた拳は小刻みに震え、握りしめたペンは粉々に砕け散っていた。
「いいえ、決して貴方達の武勇を否定してはいません。個々の能力頼りではなく、集団の強みも活かしたシステム作りをすべきだと言っています」
激高するガルディオスに対して、あくまで冷静な言葉で応酬する沙良。
ガルディオスの迫力にも屈しないその態度は、俺の前で小さく震えていた姿とはまるで別人のようだった。
真っ直ぐに伸びた背に、力強く挑戦的な光を宿す夜空の瞳。
その態度に何かを感じ取ったのか、一瞬、ガルディオスの圧が止まる。しかし……
「ねぇ、沙良さんだったかしら? 私もガルディオスと同じ気持ちよ。貴女は、魔術師団も無能だと言いたいのかしら……?」
次はノゼリアが妖しく目を光らせて参戦してきた。
あいつ、口元を吊り上げてはいるが、目が笑っていないぞ。
「そこの脳筋と一緒にされるのは、心外だわ」
少し魔力も漏れている……まずいな、ガルディオスだけじゃなく、ノゼリアまで……
ガルディオスの荒れ狂う魔力と、ノゼリアの凍り付くような魔力の奔流が、空間を軋ませている。
一度、俺が介入した方がいいか?
2対1の状況に、沙良の援護をしようか迷う。
しかし、下手に介入するとこの前の二の舞になるな……魔力の流れを見ながらタイミングを伺わなければ――
そう考えていたが、驚いたことに――沙良がフッと口角を上げて二人を見た。
少し細められた瞳は、強気な視線を隠そうともしていない。
「心外ですか……ではノゼリア様。貴女にお伺いします」
沙良は両手を机に置いて、体重を預ける。
ぎしりと机の軋みが鳴った後に、小さく息を吐き出した。
「ノゼリア様率いる魔術師団は、この魔王軍においてどのような役割を求められておりますか?」
「役割?」
いきなりの問いかけに、ノゼリアが怪訝な顔で聞き返している。
「ええ、役割です。コックは料理を作るのが役割ですね。庭師は草花を整えることですし、メイドの方々は城内を清潔に保つ事が役割でしょう?」
それはそうだ。「戦うメイド」もいない事はないが、そいつも普段はメイドの仕事をしているしな。
「では、ノゼリア様。この魔王軍において、魔術師団の役割は何でしょうか?」
「何って……それはもちろん、大規模魔法で敵を殲滅する事でしょうよ。私達の支援が無ければ、前線を維持するなんて出来ないでしょう?」
いつもの調子で応えるノゼリアだが、沙良は一度頷くと、畳みかけるように言葉を継いでいく。
「それは、戦術の中のごく一部の行動ですよね? それでは『役割』とは言えません。常日頃行う行動の中にあるじゃないですか、魔法師団の重要な役割が」
机に手をついたまま、ずいっとノゼリアへと身を乗り出す沙良。
沙良の勢いにのけ反りながら「常日頃?」と呟いている。
勿体ぶったようにノゼリアを見つめて、沙良はスッと息を吸い込んだ。
「ポーションの製作と基礎魔術の開発」
「なんですって……?」
意外な言葉に眉を顰めながら驚いているノゼリア。
「ポーションと魔術開発? ……そんな地味なものが、魔術師団の『役割』だと言うの、貴方は?」
沙良は「はい、その通りです」と頷きながら言葉を続ける。
「その二つが魔術師団の『役割』であり、魔王軍にとって最重要項目です。兵士の方々への聞き取りと資料から、そう判断しました。少なくとも、ほぼ全ての軍の関係者が、その二つの恩恵を受けている筈です」
そう言いながら、沙良はゼインに目を向けた。
「そうですよね、ゼインさん? 近衛兵の皆様も、ポーションの恩恵にあずかっていると、口々に言ってましたよ」
急に振られたゼインは、少し考えた後に落ち着いた様子で応える。
「そうですね……有るのが当たり前で、深く考える事はありませんでしたが、確かに重要なものです。少し極端な例ですが、もしポーションが無いとなると――下手をしたら魔王軍自体が成り立たなくなる可能性もありますね」
「そ、そうです! 魔術師団の方々のポーションがあるおかげで、私たちの仕事があるんです!」
カーラが手を上げながら、勢いよく割り込んできた。それを見た沙良は、目線で続きを促している。
「あの……私たちの兵站師団は、言ってみればポーションを戦場に運ぶのが仕事です。もちろん、糧食や日用品なんかも運びますけれど、水の次に大事に運ぶのは、ポーションです」
ノッてきたカーラが、止せばいいのにガルディオスに話を振った。
「そう考えると、ガルディオスさんのところは、一番ポーションの恩恵を受けてますよね! 一度、ガルディオスさんの師団全員で、魔術師団にお礼に行った方がいいんじゃないですか?」
言われたガルディオスは、こめかみをピクリと動かしてカーラを睨みつける。
「……儂らに、あの女に頭を下げに行けじゃと……?」
「――びぃ! す、スミマセン……」
ガルディオスの威圧に涙目になって謝るカーラ。
全く……いつまでもその程度の威圧に負けられても困るぞ……
沙良が「ゴホンっ」と咳払いをして、注目を自分に戻した。
「このように、魔術師団が製作しているポーションは、魔王軍の生命線となっています。これは、資料からみても明らかです」
ノゼリアは、毒気を抜かれたような顔で沙良を見返している。
「この貢献に比べれば、戦場での一時的な大規模魔法の行使など――取るに足らない要素です」
真正面からノゼリアを見つめ、その夜空の瞳に強い意志を込めて言い切った。
対するノゼリアは、どうリアクションをすればいいのかわからないのか、視線が揺れている。
――面白い。
俺は、思わず口元が綻びそうになるのを必死に堪えた。
プライドが服を着ているようなノゼリアが、人間の小娘の言葉に完全に気圧されている。
昨日、俺が感じたあの『劇薬』の痛みを、今度はこいつらが味わう番というわけだ。
うむ、これでノゼリアは大丈夫だろう。
次は、ガルディオスか。
今のやり取りは険しい顔をしながらも静観していたが……
さて――沙良のやつがどうやって攻めるのか、見せてもらうとしよう。




