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異世界転移した社畜OL、ブラック魔王軍を改革したら魔王がデレ始めた  作者: 名雲
第2章「魔王バルザードの憂鬱」

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第10話 魔王、異世界人と会議に出る

 沙良を伴って廊下を進む。

 二人の間に言葉は無く、硬い靴音だけが廊下に響く。


 ――こんな時、なんて声を掛ければ良いんだろうか?

 今ほど、ゼインがいない事を心細く感じたことは無いぞ。どうしたらいい? この沈黙は心臓に悪い……


 この気まずさから逃げるように、早足になっていたようだ。ふと気づくと沙良が小走りになっていた。


「ああ、気づかなくてすまんな。もう少しゆっくり歩くとしよう」


「すみません、そうしてもらえると助かります」


 そう言って、少し乱れた呼吸を整えようとしている沙良。

 考え事ばかりしててはいかんな。ただでさえ沙良は俺より頭一つ分も小さいのだ、いつもよりゆっくり歩くとしよう。


 それからも会話はなかったが、先ほどまでの気まずさは感じられなかった。少し緊張感を孕んだまま廊下を進んでいくと、会議室に辿り着いた。


 扉に手を掛けたまま、後ろを振り返って沙良にもう一度問いかける。


「この扉の先には、魔王軍の幹部達がいる。本当に此処へ入るんだな?」


 覚悟を問うために、いつもより硬い声を意識する。

 しかし、沙良は言葉で答えずに、俺を真剣な眼差しで見返すと、しっかりと頷いて見せた。


 その態度に、思わず口元が上がるのがわかった。

 面白い。

 どんな結果を見せてくれるのか、楽しませてもらおうか。


 俺は手に力を込めると、ゆっくりと扉を開いた。

 重い扉の先に広がるのは、魔王城でも一際格式の高い大会議室だ。


 高い天井から下がる黒鉄のシャンデリアが、無数の灯火で室内を照らしている。磨き込まれた石床には深紅の絨毯が一筋、入口から奥の上座まで真っ直ぐに伸びていた。

 部屋の中央を占めるのは、十人以上が悠々と着席できる黒檀の長テーブル。天板に刻まれた魔王軍の紋章が、シャンデリアの灯りを受けて鈍く光っている。


 ――この部屋だけは、いつ来ても気が引き締まる。


 沙良を伴って会議室に入ると、幹部達が立ち上がって出迎える。


「……お待ちしておりました、魔王陛下」


 ガルディオス将軍が深く腰を折って、俺に挨拶してくる。

 ……どうやら、かなり機嫌が悪そうだ。だが、報告通りに怪我などは無さそうだな、良かった。


「ふふ……ごきげんよう、魔王様。今日は面白いものが見れそうですね。楽しみですわ♪」


 ノゼリアは相変わらずだな。俺は面白くもなんともないと言うのに……


「魔王陛下、本日の出席者、全員揃っております。どうぞ、こちらへ」


 ゼインがいつもの俺の席を引いて待っている。

 抜群の安心感。頼む、お前はそのままでいてくれ。


「あっ、ま、魔王様……!お、お疲れ様です。

 えっと……本日も、よろしくお願いいたします……!」


 カーラも相変わらずというか、その自信の無さはなんとかならんのか……一軍の長としての自覚はいつになったら芽生えるのやら。


 俺は「ご苦労」と短く応えると、どかりと音を立てて椅子に腰を据えた。

 視線を上げて幹部達を眺めると、ガルディオスはイライラした様子で顰めっ面を晒している。それを見てニヤニヤと面白がっているノゼリア。カーラはそんな雰囲気を察してか、視線を下げて縮こまっている。


 ――今日も面倒なことになりそうだな。


 ため息を吐きたくなるのをグッと堪えて、ゼインを見て軽く頷いてみせる。

 俺の合図を見たゼインが、一度幹部達の顔を見回した後、会議の開始を告げる。


「これより、第15回特別幹部会議を開始いたします。まずは――」


「待たれよ。陛下、会議を始める前に確認したい事がございます」


 ――来たか。


 ゼインの言葉を斬ったガルディオスが、こちらを睨みつけるように見据えている。


 俺は余裕に見えるように、ワザとゆっくりと目を合わせる。口元を少しだけ釣り上げるのも忘れない。


「なんだ、ガルディオス?」


 俺の態度を見て、余計に青筋が増えた気がするが、こういうのは弱気になった方が負けだ。


「ここは魔王軍の幹部が集まる場。そこに、なぜ人間がおるのです?」


 そう言って、沙良を睨みつけて威圧をかけている――が、ガルディオスよ、沙良に威圧は効かんぞ。

 ほら見ろ、睨まれていると思って肩に力が入っているが、それだけだ。実に平然としている。


 奴も自身の威圧を受けて平然としている沙良を、困惑した様子で見ている。

 わかる、わかるぞ。驚くよな。


「その人間は、この俺の秘書だ。秘書が主人と同席するのは当然だろう。それに――」


 俺は視線に魔力の威圧を乗せて、ガルディオスに突きつける。


「この俺が、良いと決めた。異論があるか?」


「……!」


 ガルディオスは僅かに青ざめ、額に汗が浮かんでいる。強張った表情で、俺に向けて頭を下げた。


「……いえ、異論はございませぬ」


「ならば良し。では、会議を始めるとしようか」


 俺は鷹揚に頷いた後に、ゼインに向けて再開するように目線で合図を送る。

 こちらに頷き返すゼインの隣で、カーラが「に、人間が……ノ、ノゼリアさん、どうしましょう?」とノゼリアに縋りついている。

 ノゼリアはノゼリアで、カーラを揶揄って遊んでいるし……はぁ、頭が痛い。




 ――いつものように会議が進んでいく。


 ガルディオスが「勇者は東から来る」と提言すれば、ノゼリアが「北へ迂回したようだ」と反論する。

 すぐに始まる両者の睨み合い。


 ――あぁ、イライラする。

 なんでこうも上手くいかない?


 頬杖をついたまま視線を巡らせていると、ふと、耳元でみしりと不快な音が鳴った。

 視線を落とせば、逆の手の指が肘掛けに深く食い込み、硬い木肌が鈍く軋んでいた。


 ゆっくりと指先から力を抜きながら考える。

 ――昔はこうじゃなかっただろう。一体、いつからこうなった?


「陛下に軍を任せられたのは、この儂だ! 小娘が出しゃばるでない!」


「幾つも砦を落とされて、よく言うわ。私に任せていれば、砦も落とされなかったでしょうよ!」


「この……!」


 ――もう、限界だ。


「黙れ!」


 俺の声が会議室の空気を震わせた。苛つきに任せて、立ち上がりざまに怒鳴り散らしてしまう。


「何処から来るのかわからんのなら、どちらも守ればいい! それに、どれだけ砦が落とされようとも、俺がいる限り勇者など一撃で終わらせてやる! いいから座れ!」


 言い終えた視界の端に、おずおずと手を挙げるカーラの姿が映った。


「ま、魔王様、その前に補給の問題が……」


「後回しだ!」


「はいぃっ! スミマセン!」


 ……あ。


 跳ね上がるように謝る彼女を見て、血が引くような後悔が襲う。

 またやってしまった。これをやるから、カーラがますます萎縮するというのに……。



 俺の失態で完全に「死んだ」空気のまま、会議はそれから二時間も続いた。

 ゼインが懸命に場を回そうと腐心していたが、一度狂った歯車はもはや制御不能だった。


 ガルディオスは普段以上に語気を強めてまくし立て、それをノゼリアが毒の混じった冷笑と共にこき下ろす。もはや意地とプライドがぶつかり合うだけの不毛な罵り合いが続く。


 そんな地獄のような空間で、唯一、沙良だけが表情を変えず、淡々と手元の手帳を走らせていた。

 彼女の目に、今の俺はどう映っているのだろうか。それを考えるだけで、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。



 ◇◇◇◇◇


 静寂の中、二人の靴音だけが廊下に響く。


 ……重い。

 会議の重圧から解放されたはずなのに、胃のあたりには鉛を飲まされたような不快感が残っている。


 隣を歩く沙良に視線を向ける勇気はなかった。

 初めて同席させた会議があの惨状だ。

 失望しただろうか、それとも呆れているだろうか。


 ――あぁ、やっぱりゼインに一緒に来てもらえばよかった……


 沈黙に耐えかねて、俺は「そういえば……」と、なるべく平静を装って口を開いた。


「お前の希望通り会議に出席させてやったが……」


 喉の奥が引き攣るような緊張を感じながら、声を絞り出す。


「どうだった?我が軍の幹部達は。酷い会議だったのはわかっているが……それでも聞いておきたい。お前の感想を聞かせてくれ」


「感想、ですか?」


 沙良が歩調を緩めた。俺もそれに合わせて足を止める。

 ようやく横目で見た彼女の顔は、相変わらず冷静で、その夜空の瞳はこちらの内心を見透かしているようだった。


「そうですね……」


 沙良は目線を伏せて少し迷った様子を見せたが、ひとつ頷くとこちらに向き直った。


「では、率直に申し上げます。正直、時間の無駄でした」


「……っ」


 予想していたよりも鋭い一撃が、胸に突き刺さる。


「それに、勇者がどれほど強いのか知りませんが、集団として対応出来ない組織など、脅威にはならないと思います」


「何!?」


 会議が酷いのはわかっているが、我が軍が脅威にならないだと?

 どういう意味だ……?


 予想外の言葉を受けて言葉が出てこない俺に、沙良はあくまでも冷静な態度で口を開いた。


「問題点をまとめたレポートを本日中に作ります。明日の朝にお渡しするので、お目通しください」


 魔王を――この俺を恐れず、俺を個人として対等に意見してきた。

 険しい顔をしているだろう俺を正面から見据えて、目に力強い光を灯しながら。


「そして、機能していない組織の改善策を――魔王様が声を張り上げずとも組織が回るための方策を、私に提案させていただけませんか?」


 彼女は怯えることも、呆れることもなく、ただ淡々と業務の一環として告げてくる。


 ――そんな事が可能なのか?

 あの醜態を見て尚、そんな真っ直ぐな瞳で言ってくれるというのか。


「……やってみろ。明日の朝に、必ず報告するように」


「はい。承知いたしました」


 俺は沙良から視線を外して、また廊下を進む。

 脚を進めていると、胸の中にあった鉛のような不快感が、別の何かに変わっていることに気付いた。

 不快感が消えたわけではない。ただ、その重さの中に、僅かだが――期待のようなものが混じっている。



「――ふん、悪くない」


 俺は自然に吊り上がる口元を隠そうともせず、ただ前に進む。


 後ろから響く彼女の靴音は、さっきよりずっと、頼もしく聞こえた。


 


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