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【短編】聖剣の女騎士が愛した少年  作者: けもこ


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2/2

強くあることしか許されなかった(クエルチア)

2話完結の少しせつない短編です。

秋の夜長に窓の外の月を感じて読んでください。

私は、ただ強くなければならなかった。


聖剣に選ばれた者として。

魔族との混血という呪われた血を持つ者として。

そして——戦場で、誰よりも前に立つ者として。


国の為に、民の為に。

ただ、己の存在を確かめるためだけに。


それ以外に、私は何も持たなかった。


けれど、戦場で佇む少年を拾った日から、私には守るものができた。

森の小屋に帰れば、アルバがいる。

私が拾った子は、もう15歳になった。


「アルバ。明日から、少し戻れなくなるわ」


夕焼けが山の端を焦がす頃、小屋の前で薪を割る少年に、そう告げた。

この言葉を言うのは、何度目だろう。


「……また、戦ですか?」


「ええ。今度は北の国境。魔族の気配が濃くなっているの」


アルバは、眉をひそめたけれど、黙ってうなずいた。

この子は、いつも強がる。私に負担をかけないよう、気を遣って無理をしてしまうところがある。


「留守のあいだ、鍛錬を続けてね。薬草も干しておいて。できる?」


「はい。ちゃんとやります。だから、心配しないでください」


笑って見せたその横顔が、どこかさびしそうで、胸が詰まった。

私の背には、深く避けた鞭打ちと焼き印の痕が残っている。幼いころ、魔族の子として受けた拷問の記憶。

“混ざりもの”と蔑まれた日々から、私は、ただ強くなることだけを選んだ。


戦場では、私が感じる魔の気配が役に立った。

剣を振るえば称賛され、血を流せば拍手が起きた。

でも、多くの血に染まった自分の手に、私は何度も絶望した。


私は何の為に生き、そして命をかけているのか。


そんなとき、私の手を取ってくれたのが、アルバだった。

名もなき孤児。けれど、光のようなまなざしで私を見てくれた。


その夜は、特別に酒を出した。


「……飲む?」


「えっ、いいんですか? 俺まだ15ですけど……」


「今日は特別よ。乾杯だけ、ね」


小さな陶器の杯を合わせた。

ろうそくの火が揺れて、ふたりの影を重ねた。


「……アルバ。ありがとう。あなたがいてくれて良かった」


「なんで……ですか?」


「あなたを育てることで、私、自分のなかの“悔い”と向き合えるの。命を奪うだけの私が、あなたの未来をつくることで……やっと、自分を許せる気がするの」


アルバは、じっと私の目を見ていた。


「……俺、クエルチア様の剣になりたいです。剣にも、盾にも。だから、絶対に強くなります」


胸が、きゅっと痛んだ。

こんなにも真っ直ぐな想いを向けられたのは、初めてだった。


夜が更けたころ、私は窓辺に立って、星を見ていた。


剣を構えるときとは違う、弱さが胸を覆っていた。

——明日の戦場では、また誰かの命を奪う。


背後で扉が軋む音がした。アルバだ。


「……寝られなかった?」


「はい。クエルチア様こそ……」


「戦の前夜は、いつも眠れないの」


彼が、ぽつりと呟いた。


「お願いです、帰ってきてください。どれだけ時間がかかってもいいです。……絶対、帰ってきてください」


私は、小さく目を見開いて、それから微笑んだ。


「……ええ。約束するわ。私の剣が折れたとしても、必ず帰る」


彼の手が、そっと私の手の甲に触れた。

そのぬくもりが、ずっと胸に残った。


翌朝、私は北へ向かった。

風が冷たい戦地の空に、魔族の気配が渦巻いていた。


敵の王——ゴードシルバは、妻を人間に殺されて以来、憎しみに飲まれていた。

彼の魔力は重く、ひとの魂をねじ曲げる。


私は前線に立ち、幾度も剣を振るった。

仲間が倒れ、地が裂け、空が灼ける戦場で、何度も心が折れそうになった。


けれど、思い出すのは、あの夜の約束だった。


——“帰ってきてください”


私は、折れなかった。

ただ、ひたすらに剣を握り、血の中から這い戻った。


満月の夜、小屋の扉を開けたとき、アルバがそこにいた。

目を見開き、そして、走り寄ってきた。


「ただいま、アルバ」


私はようやく、心からそう言えた。

そして、この手で育てた少年の成長に、ひとしずくの救いを感じていた。


——強くあることしか許されなかった私が、

——ただ「帰ること」だけで受け入れられる場所がここにある。


それが、私にとってどれほどの幸福か、きっと彼は知らない。

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― 新着の感想 ―
家族の絆に弱いので…本当に泣けました…! 庇護した側でありながら、その存在に癒され、約束のために生きて帰る…美しい…!!! 秋の夜長に最高の短編をありがとうございます!!
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