強くあることしか許されなかった(クエルチア)
2話完結の少しせつない短編です。
秋の夜長に窓の外の月を感じて読んでください。
私は、ただ強くなければならなかった。
聖剣に選ばれた者として。
魔族との混血という呪われた血を持つ者として。
そして——戦場で、誰よりも前に立つ者として。
国の為に、民の為に。
ただ、己の存在を確かめるためだけに。
それ以外に、私は何も持たなかった。
けれど、戦場で佇む少年を拾った日から、私には守るものができた。
森の小屋に帰れば、アルバがいる。
私が拾った子は、もう15歳になった。
「アルバ。明日から、少し戻れなくなるわ」
夕焼けが山の端を焦がす頃、小屋の前で薪を割る少年に、そう告げた。
この言葉を言うのは、何度目だろう。
「……また、戦ですか?」
「ええ。今度は北の国境。魔族の気配が濃くなっているの」
アルバは、眉をひそめたけれど、黙ってうなずいた。
この子は、いつも強がる。私に負担をかけないよう、気を遣って無理をしてしまうところがある。
「留守のあいだ、鍛錬を続けてね。薬草も干しておいて。できる?」
「はい。ちゃんとやります。だから、心配しないでください」
笑って見せたその横顔が、どこかさびしそうで、胸が詰まった。
私の背には、深く避けた鞭打ちと焼き印の痕が残っている。幼いころ、魔族の子として受けた拷問の記憶。
“混ざりもの”と蔑まれた日々から、私は、ただ強くなることだけを選んだ。
戦場では、私が感じる魔の気配が役に立った。
剣を振るえば称賛され、血を流せば拍手が起きた。
でも、多くの血に染まった自分の手に、私は何度も絶望した。
私は何の為に生き、そして命をかけているのか。
そんなとき、私の手を取ってくれたのが、アルバだった。
名もなき孤児。けれど、光のようなまなざしで私を見てくれた。
その夜は、特別に酒を出した。
「……飲む?」
「えっ、いいんですか? 俺まだ15ですけど……」
「今日は特別よ。乾杯だけ、ね」
小さな陶器の杯を合わせた。
ろうそくの火が揺れて、ふたりの影を重ねた。
「……アルバ。ありがとう。あなたがいてくれて良かった」
「なんで……ですか?」
「あなたを育てることで、私、自分のなかの“悔い”と向き合えるの。命を奪うだけの私が、あなたの未来をつくることで……やっと、自分を許せる気がするの」
アルバは、じっと私の目を見ていた。
「……俺、クエルチア様の剣になりたいです。剣にも、盾にも。だから、絶対に強くなります」
胸が、きゅっと痛んだ。
こんなにも真っ直ぐな想いを向けられたのは、初めてだった。
夜が更けたころ、私は窓辺に立って、星を見ていた。
剣を構えるときとは違う、弱さが胸を覆っていた。
——明日の戦場では、また誰かの命を奪う。
背後で扉が軋む音がした。アルバだ。
「……寝られなかった?」
「はい。クエルチア様こそ……」
「戦の前夜は、いつも眠れないの」
彼が、ぽつりと呟いた。
「お願いです、帰ってきてください。どれだけ時間がかかってもいいです。……絶対、帰ってきてください」
私は、小さく目を見開いて、それから微笑んだ。
「……ええ。約束するわ。私の剣が折れたとしても、必ず帰る」
彼の手が、そっと私の手の甲に触れた。
そのぬくもりが、ずっと胸に残った。
翌朝、私は北へ向かった。
風が冷たい戦地の空に、魔族の気配が渦巻いていた。
敵の王——ゴードシルバは、妻を人間に殺されて以来、憎しみに飲まれていた。
彼の魔力は重く、ひとの魂をねじ曲げる。
私は前線に立ち、幾度も剣を振るった。
仲間が倒れ、地が裂け、空が灼ける戦場で、何度も心が折れそうになった。
けれど、思い出すのは、あの夜の約束だった。
——“帰ってきてください”
私は、折れなかった。
ただ、ひたすらに剣を握り、血の中から這い戻った。
満月の夜、小屋の扉を開けたとき、アルバがそこにいた。
目を見開き、そして、走り寄ってきた。
「ただいま、アルバ」
私はようやく、心からそう言えた。
そして、この手で育てた少年の成長に、ひとしずくの救いを感じていた。
——強くあることしか許されなかった私が、
——ただ「帰ること」だけで受け入れられる場所がここにある。
それが、私にとってどれほどの幸福か、きっと彼は知らない。
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