あした強くなれたなら(アルバ)
2話完結の少しせつない短編です。
秋の夜長に窓の外の月を感じて読んでください。
クエルチア様は、誰よりも強い。
剣を持つ姿は、怖いほどに美しく、かっこいい。
俺はそんなクエルチア様に拾われて、命をもらった。戦争孤児だった俺にとって、あの人は、世界で一番の英雄で、唯一の家族だ。
「アルバ。明日から、少し戻れなくなる」
夕暮れの空が紫に染まるころ、小屋の前で薪を割っていた俺に、クエルチア様がそう言った。
「……また、戦ですか?」
「ええ。今度は北の国境。魔族の気配が濃くなっているらしいの」
クエルチア様は、古の聖剣に選ばれし者。
しかも、魔族との混血であるため、魔の気配を察知できる特別な存在。
ただ、混血ゆえに多くの差別にも遭ってきた。その背中には、幼い頃に受けた傷が今も残っている。
だからこそ、いつも戦場に呼ばれる。
あの人は、傷ついても、疲れても、誰よりも先に前線に立ってきた。
この国で生きるために。
「留守のあいだ、いつも通り鍛錬を続けて。薬草も干しておいてね」
「はい。ちゃんとやります。……だから、心配しないでください」
言葉は強がったけど、本当は寂しくてたまらなかった。
薪を抱えながら、クエルチア様の横顔を見つめる。
戦場に向かう時、あの人の背中は、誰にも触れさせないほど遠くて。
でも、こうして小屋に戻ってくると、静かに俺の隣に立ってくれる。
——あの人の隣に、ずっといたい。
それが、俺の願い。
その晩、クエルチア様は珍しく食卓に酒を持ち出した。
「……飲む?」
「えっ、いいんですか、俺まだ15ですけど……」
「今日は特別。明日からしばらく会えないから、乾杯だけね」
小さな陶器のカップを、そっと合わせる。
ふたりの影がろうそくの火に揺れた。
「アルバ。ありがとう。私、あなたがいてくれて良かったと思ってるの」
「なんで……ですか?」
「あなたがいると、戦場で感じた虚しさを、癒せる気がするの。命を奪うばかりの私が、あなたと一緒にいることで、救われる気がする」
それを聞いて、胸がぎゅっと痛んだ。
——あの人は、誰にも頼れない
誰かに守ってもらうことも、甘えることも、できないまま戦ってきた
だから俺が、あの人の支えになりたい。
あの人の孤独を、少しでも和らげられたら——本気で、そう思った。
「……俺、クエルチア様の剣になりたいです。剣にも、盾にも。だから、絶対に強くなります」
「ふふ、頼もしいわね。楽しみにしてるわ」
そう笑った表情は、いつもより少しだけ、やわらかかった。
寝床に入ったあとも、なかなか眠れなかった。
扉一枚向こうにクエルチア様がいる。
明日から、あの人はいない。この小屋には、俺ひとりになる。
静かな夜の中、俺は立ち上がって、そっと戸を開けた。
クエルチア様は、部屋でひとり、窓越しに星を見ていた。
月明かりの中に浮かぶその姿は、どこかさみしそうで、でも凛としていた。
「……寝られなかった?」
「あ……はい。クエルチア様こそ……」
「戦の前夜は、いつも眠れないわ」
俺は一歩だけ近づいて、口を開いた。
「お願いです、帰ってきてください。どれだけ時間がかかってもいいです……絶対、帰ってきてください」
クエルチア様は、すこしだけ目を見開いて、やがて優しく微笑んだ。
「……ええ。約束するわ。私の剣が折れたとしても、必ず帰るわ」
その声が、夜風に溶けた。
俺は、手を伸ばして、クエルチア様の手の甲に触れた。
傷だらけの硬い剣士の手。
いつか、共に剣を振るい、この手の助けになろう——そう、願った。
あの夜の約束が、俺の人生を変えた。
その日から、どんな日も鍛錬を欠かさなかった。
寂しさを飲み込みながら、何度も星空に願いをかけた。
「クエルチア様、無事でいてください」
そして——
月が同じ色に染まったある夜、小屋の扉がきぃと開いた。
そこにいたのは、血に染まった鎧をまといながらも、あの夜と変わらない瞳で俺を見つめる、女騎士だった。
「ただいま、アルバ」
俺は、何も言わずに抱きついた。
強くなりたい理由が、胸の奥でまた、熱くなった。
——あした、もっと強くなれるように。
——いつか、あの人の隣に立てるように。
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