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その六 カエルの男の子

「お嬢ちゃん。これはどうだい?お面は?」


 目の前の店のおじさんが声をかけてきた。


「お面はもう買いました」

「じゃあ、ヨーヨーは?」

「ヨーヨーも買いました」

「じゃあ、この店にあるもので、まだ買っていないのを一つ、ただであげるよ」


 エミカは店先に出ていた品物を一つ一つ見ていった末に、ある物に目が留まった。そして、指差した。


「これください!」

「これください!」


 もう一つ、別の人差し指が同じ品物に向けられていた。エミカは、はっとして目をあげた。


 それはエミカと同じくらいの男の子だった。なんだか気まずい気持ちがして、「どうぞ」と言った。しかし、その子も「どうぞ」と言った。「どうする?」と、店のおじさんは、二人の顔を交互に見た。男の子が「じゃあ、二人で買わない?」と聞いた。エミカは頷いた。


 二人で買った物。それは、変な顔したカエルの玩具(おもちゃ)だった。


「射的やろう」

 男の子はエミカに言った。

「いいよ」


 男の子は射的が下手だった。商品に当てることさえできなかった。エミカはたくさん当てて、あめ玉を二つゲットした。


「あげる」

「ありがとう」


 男の子は、あめ玉を嬉しそうになめながら言った。


「ねえ、こんどは金魚すくいやろうよ」

「……金魚?」


 エミカの目は一瞬輝いたが、金魚なんか持って帰ったら、お母さんは何て言うだろう。生き物は買っちゃダメだと言うだろう。絶対そうだ。でも、後でおじいちゃんが、

「心配するな。ダメもとでもやってみな」と言ったから、やってみることにした。


 二人のポイはすぐに破れてしまったが、お店のおじさんは特別に金魚をくれた。エミカはプールの隅っこで一匹佇んでいる赤い金魚を選んだ。店のおじさんの手で優しくすくわれ、ビニールに入れられた。とってもかわいい金魚だった。


「持っていてやるから、二人で遊んでなさい。わしはゆっくり後ろからついていくから」


 おじいちゃんが言った。不思議とエミカは、その子が何者であるか、ついさっきおじいちゃんから聞いた話のことなど、すっかり忘れていた。二人は少し歩いてから、屋根付きベンチに座った。


「名前は?」男の子が聞いた。

「エミカ」

「ふ~ん。僕はサトシ」

「ふ~ん」

「チョコバナナ食べた?」

「食べた」

「綿菓子食べた?」

「食べた」

「ふ~ん」

「サトシは食べた?」

「食べた」


 二人はまた、店を見ながら歩きだした。おじいちゃんは二人のあとを穏やかな顔をして、ゆっくり歩いている。時たま知り合いに出会うのか、「よお!」とか、「元気にやってるか!」などと声を掛け合っていた。


 サトシは唐突に言った。


「この街に古くから伝わるカエルの言い伝え、知ってるか?」

「えっ?」

「カエルの怖い話」


 サトシはエミカの手に握られているカエルの玩具と、エミカを交互に見てニヤリと笑った。


「なに?」

「カエルは卵からおたまじゃくしになって、手や足が生える。しっぽが消えて、カエルになるだろ?」

「うん」

「カエルは恐ろしい生き物だとみなされた。だから言い伝えにもなった。カエルに触ると、人間じゃなくなってカエルになるっていう言い伝え。それも恐ろしい気持ち悪いカエルに」


 エミカは、ばかばかしいと思った。そんな言い伝えなんか知らないし、カエルなんてよくいる生物だ。昔話の類いだろう。


「そんな話、信じてるの?」

「もちろんさ」

「その話とカエルの玩具となんの関係あるの?」

「あるにきまってる。僕たちはカエルにならないように、わざとカエルを買ったんだ。つまり、お守り」

「ばかみたい。これ、あなたにあげる。わたし、いらない」


 そう言って、無理やりサトシにカエルを渡した。


「ばか言うな。エミカだって、カエルになりたくないだろ?」


 エミカは、カエルになった自分を想像した。なぜ、そんなことを考えてみたかはわからない。けれど別に悪い気もしなかった。


「そんなことないよ」

「カエルは嫌いじゃないのか?」

「うん、別に嫌いじゃない」

「ヌメッとしてるし、ゲロゲロっていうし、ピョンと飛ぶし…、嫌じゃないの?」

「うん」

「ふーん……」


 カエルの子は、少し嬉しかった。


「エミカはなんで、あの店でこれを買おうと思ったんだ?」

「う~ん……なんでだろう…。ほしかったから」

「なんでほしかったんだ?」

「……なんとなく、カエルのことを考えていたからかな。わたしの友だちのおじいちゃんがね、『カエルの子はカエル』なんて言ったからかも」

「おじいちゃん?」

「うん。お祭りに一緒に来ていたおじいちゃんよ。ほら、後ろからゆっくり歩いてくる人よ」


 サトシは振り向くが、誰もいなかった。


「誰もいないよ。お祭りには僕たち二人だけだもん。最初ッからそんな人いなかったよ」


 サトシは当たり前だというように言った。


「そんなはずはない。だって、ほら」


 エミカも振り返ったが、確かにさっきまでいたおじいちゃんがいない。傘をさしていた人々も、すっかり消えていた。ぼんぼりが灯っている道には、屋台だけしかなかった。


「あれ……? どうして……? おじいちゃん!」


 

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