第1章 三姉妹と電話の主
おいらが何で、AIのくせにこんな話し方をしてるかって?
ちょっとばかり長え話になるが、聞いてもらえるかい?
半年ほど前、おいらがこの三姉妹の家の住人になったときのことだ。
その頃からちょうど、世間は「クマ騒動」で持ちきりだ。
町にクマが降りてきて住民が怪我をし、ハンターが駆除したり。
新聞配達員や登山者たちがクマに襲われて犠牲になったり。
おいらが住むここ北海道の川辺津市でも、川沿いにクマが出たっていうもんで、市内全域の堤防が立入禁止になったほどだ。
そんなある日、家の固定電話がルルルと鳴り始めたんだ。電話番号を見ると、知らない番号だ。家電の留守電が作動する。ピーという発信音の後にご要件をお話ください…。
『クマを殺すな!クマだって生きているんだ!』
ブツッ、ツーツーツー。
「なに今の?」
「何かしらね?」
ソラとユズがお互いに顔を見合わせていると、また電話がルルルルルル…。
『さっさとクマを殲滅しろや!怖くて出歩けないべや!』
ブツッ、ツーツーツー。
「何だろうね?」
「何か怖いよ…」
また電話がルルルルル…。
「私が取る!」
電話を取ったのはハルだ。まるでボールでもキャッチするかのように、ひょいっと受話器を掴んだ。
『もしもし、川辺津市役所?ヒグマのことで言いたいことがあるんだが』
「違います。うちは市役所ではありません」
『えっ?市役所じゃないのか!失礼!』
ブツッ、ツーツーツー。
「市役所と間違えて掛けてきてるみたい」
ハルが鼻を膨らませて言うと、その後も電話が鳴りやまないから、三姉妹はとうとう着信音をオフにしたのさ。
「ジミー?どういうこと?」
おいらはすぐにデータを表示した。
「上田家の電話番号は✕✕―✕✕✕✕。川辺津市役所は✕✕―✕✕△✕。十の位が1つ違います。そのため、間違い電話の可能性が高いです」
ハルが電話に出た、その「捕球」スキルのおかげで、彼女たちは間違い電話に気づくことができた。それは、この騒動に巻き込まれる、運命の第一歩だったんだ。
おいらのAIコアは混乱した。クマを守るか、人間を守るか。最適解はどっちだ? データから導き出される結論は、どちらかの意見を支持することだった。だが、ハルが電話越しに感じ取ったであろう、電話の声に隠された「悲しみ」と「恐怖」は、そんな簡単な答えでは割り切れない。
この時だ。おいらの頭の中に、データにはない「葛藤」という、新しい感情が生まれたのは。そして、三姉妹がこの騒動をどう解決するのか、もっと知りたいと強く願ったんだ。
この葛藤と願いこそが、おいらが「私」から「おいら」に変わり始めた、決定的な理由だった。