25話 【スナイパー視点】大男のリラックス散髪・極上シェービング・ASMRマッサージ【6】
【狙撃手:X】
◇◆◇◆◇◆◇
ふぅ、ようやくBBの髭剃りが終わった。
椅子が起こされて鏡に映る姿は、店に入った時と別人。
サイドはビシッと短め。
トップにボリュームを持たせた七三ヘアで、仕事ができるような感じに。
髪の毛も艶々していて生まれ変わったよう。
生まれ変わったといえば、髭。
あれだけ、無法地帯だった髭が綺麗さっぱり無くなって、まるで生まれたての赤ん坊の肌のようにツルツルスベスベ。
今まで散々、人の髭を剃ってきたであろう店主の腕は見事だ。
なんて思いながら、俺は氷面のようなツルツルの肌を撫でる。
って、あれ?
鏡に映る男も同じように頬に手を。
おかしい、まるでドッペルゲンガーのように俺と鏡に映る男は、同じ仕草をしている。
どういうことだ?
そういえば、鏡に映る男は、どこかBBと違う。
でも、なぜがこの見慣れた感じ。
懐かしさすら感じられるような……って、それもそのはず。
鏡に映っていたのは俺。
つまり、椅子に座って鏡に対峙しているのはBBではなく俺というわけで。
これは一体……ハッ!!
思い……だした!!
◇◆◇◆◇◆◇
俺は結局、BBを打つことはできなかった。
それどころか、散髪と髭剃りの魅力に抗えず狙撃をほっぽりだして、BBが散髪をしていた店に駆け込んだのだ。
BBはすでに店を出ていたが、やつを追いかけるという選択肢はなかった。
すぐさま店主に散髪を直訴し、椅子に座った。
あとはBBと同じ。
店主のハサミ捌きという名の美技に良いしれながら、髪を切ってもらい、バリカンで襟足を整え、それからは、あああああ!!
思い出すだけで至福。
蒸しタオルで顔をじんわり温めてから、ブラシについたふわふわの泡を満遍なく塗りたくって、そこから剃刀で丁寧に丁寧に髭を剃って、ツルツルに。
そのあと、クリームみたいなのを顔に塗って店主が丁寧にマッサージ。
鏡に映る俺の肌は艶々と輝いている。
まるで魂が抜けたように鏡を見つめる俺をよそに、店主は首周りと肩のマッサージを始める。
その力加減が絶妙で、本当に魂が抜けて昇天してしまいそうな気持ちよさ。
あーっ、そこそこ。
くぅ~、マジでたまらない。
鏡に映るマッサージを受けている顔は、もはやスナイパーとしての誇りも尊厳もない。
ただのおっさんが床屋でマッサージを受けて、ほっこりしているだけの何ら変哲もない光景になってるわけで、さっきのBBの命を奪おうと銃を構えて集中していた状態に比べると冬と夏のような温度差だが致し方あるまい。
というか、先ほどもほぼほぼBBを仕留めようとしてたというより、ヤツの散髪姿に興奮していただけのような気もするが、ええい、これも全ていま俺をマッサージしている店主のせいだ。
コイツが、あまりに魅力的にBBを散髪するもんだから……いや、言い訳はよそう。
俺は、店主の散髪技術に魅了されて、打つことができなかったのだ。
あっ、そんなことを考えてるうちに店主が首周りの布をとって、首周りと肩をマッサージし始めて、くううううう……気持ちいい!!
鏡に映る俺は、今まで見たこともないような恍惚とした情けない顔をしている。
氷のスナイパーと呼ばれる俺がこんな痴態を他人に見せるなんて。
悔しい……うううでも、抗えない!
ああっ、そんな!
肩だけじゃなく、頭にも何かスースーする液体をかけて指でマッサージ。
まるで指が何本もあるように高速で頭皮がペタペタと叩かれ、揉まれ、押され、緩められ。
あああああああああ、もう気持ち良すぎて、幸せええええええええ!!
◇◆◇◆◇◆◇
店を出ると、まるで別世界に来たような感覚。
今まではセピア色だった景色が、カラフルに色づく。
それはきっと髪を切り、髭を剃ってさっぱりしたから。
これは過去のしがらみを断ち切り、新たな人生を歩みなさいというメッセージだろうか。
何にせよ狙撃に失敗した俺は組織から追放されるだろう。
髪を切って、組織に切られるか、まぁいい。
何にせよ、俺はもうスナイパーとしては生きていけない。
銃口を覗くたびにBBの散髪風景がフラッシュバックして、おそらく二度と引き金は引けないような、そんな予感がする。
これから、どうしよう。
その前に、組織が暗殺に失敗した俺を消しにくるかもしれんが、ふふふ。
流石にあんな半グレどもにやられるほど、やわではない。
それに生きて、またここに髪を切りにこなければならないからな。
生への執着か。
スナイパーをやっていた頃には、考えもしなかったな。
ほんの数時間前のことが遥か昔に感じて、俺は前髪をいじりながら斜め上を見上げた。
その方向には、俺が狙撃を行おうとしていた建物がある。
そういえば散髪がしたいがあまり、建物の屋上に銃を置きっぱなしにしてきた。
きっと、今、銃のスコープには髪を切った俺が映っているのだろう。
そして、誰かが銃を移動させない限り、ずっとスコープは、この店の散髪や髭剃り、マッサージの様子と髪を切り終わってすっきりと満足気に笑う人たちを見続けるのだ。
フフフフ。
「まったく、この幸せ者め!!」
俺は、数百フィート先にいる元相棒に向かって叫ぶと、鼻歌まじりに歩き出した。
足取り軽く、切り立ての前髪をいじりながら。
【終】




