25話 【スナイパー視点】大男のリラックス散髪・極上シェービング・ASMRマッサージ【4】
【狙撃手:X】
落ち着け、俺は断じてBBの散髪が見たいわけではない。
アレだ。散髪が終わって髪型がいい感じに完成して鏡を見たBBが仕上がりに満足した瞬間を俺は狙っているんだ。
鏡に映る短く切り揃った髪にBBが満足気に微笑んだ瞬間、頭を撃ち抜く。
相手が、喜びの絶頂の時に絶望に突き落とす。
切り立ての頭に弾丸が着弾して血の花を咲かせる。
鏡が椅子が店主が血で染まり、まるで映画のエンディングのような光景とともに俺は仕事を完了させるのだ。
って、こんなことを考えている時点で、通常の思考回路とかけ離れていること確定。
普段、俺は定められた動きだけをするダンジョンゴーレムの如く冷徹に、無心で引き金を引いてきた。
そこに一切の感情はなかった。
無音のモノクロ映画のような景色の中で銃声が響き、薬莢の匂いがした。
ただ、ターゲットの血だけが白黒の世界で赤く色づいていた。
なのに、今はどうだ。
まるで思春期の女学生のようにBBの散髪に心踊らされて、キャッキャしてしまってる。
氷のスナイパーの異名を持つ俺が……情けない。
水でも被って反省したところだが、おっと。
実際に水を被っているのはBBだ。
正確にいえば、水ではなく湯気が出ているお湯で髪を洗い流してる。
BBの座っていた椅子がクルッと回転して、リクライニング状態に。
そのままBBは仰向けに倒れるような形で、壁際の洗面台に髪を切り立ての頭をイン。
その髪の毛を店主がシャワーで満遍なく濡らしてから、シャンプーで豪快に頭を洗っていく。
その泡立ちといったら!
シャンプーを使いすぎたか?
いや、BBの髪の毛が多すぎるからだ。
洗面台から溢れんばかりの泡が、モコモコと積乱雲のように盛り上がる。
うわわ~、まるで感謝祭の露店に出てた綿飴みたい。
なんてJKみたいにメルヘンなこと考えてる場合じゃない。
だが、残念だなぁ。
というのも、今BBの頭は陶器製の洗面台の中で泡まみれになっていて、狙撃は困難。
こりゃあ、奴がシャンプーを終えるまで撃てないなぁ……残念だなぁ。
なんて、強がってるが、だったら最初から撃てばいいだけで、こうして理由をつけて射撃をさきのばしにしている様は、さながら夏休みの宿題をギリギリまでしない子供のようなもので、ああなんてこった。
このままじゃ、いつまで経っても俺は男を撃てないだろう。
なぜ、ここまで俺は発砲に躊躇しているのだろうか。
ビビってる?
いや今まで、ターゲットが、どんな強面だろうと、俺は臆することなく引き金を引いてきた。
なぜなら、スコープを通して見る世界は、俺がいる世界とは隔絶された別世界で、そこで展開することはフィクションというか、演劇のようなもので、リアリティは一才なかった。
実際にスコープの向こうでは人が死に、悲鳴が上がるのだが、その光景さえも遠い異国のニュースを見ているような感じで、そこに自分が引き金を引いたという実感は皆無だった。
だが、今はどうだ?
ここから床屋まではかなり距離があるのに、まるで店主やBBの息遣いやシャンプーの匂いまでしていきそうな勢い。
スコープ越しの光景が、突然息をしているように目の前に存在している。
あっ……シャンプーが終わった。
BBは体を起こし、店主が濡れた髪をドライヤーで乾かす。
ブオオオオオ。
うおおおおお!
直接、顔面に吹きかけられてるようなドライヤーの風圧がスコープ越しに伝わってくる。
ありえない。
これだけ距離が離れているのだから、そんなことはありえないはずなのに、風を感じる。
試しに一旦、こんな行為はスナイパーとしてありえないことだが、スコープから目線を外すと、そこは無風。
また照準を合わせると、風が……一体なんなんだ、これは!
あっ、ドライヤーが終わった。
すると風も止んで、今度は。
シャカシャカシャカ。
謎の幻聴が。
いや、幻聴ではない。
店主が小さいブラシをコーヒーカップのような容器の中でかき混ぜている。
シャカシャカというのは、きっとそのかき混ぜている音だ。
でも、だからってその音が聞こえるのはおかしいだろ、普通!?
いやっ、今さら、そんなことは、どうでもいい。
次は、何が始まるんだ!?
餌を求めるモンスターのようながっつき加減で俺はスコープに眼球を押し当てた。
【続く】




