14話 元勇者が営む床屋・散髪してもらうためなら何でもします【前編】
【元勇者:マゴロク】
伝説の勇者?
ホホホ、買い被りじゃよ。
確かにかつてワシは勇者じゃったが、伝説と呼べるような代物ではないわい。
しかも、その勇者時代の技を教えて欲しいじゃと?
冗談を言ってはいかん。
ワシが勇者をしておったのは何十年も前の話じゃ。
もう、誰かに物を教える気力も体力も残っておらん。
ゴホゴホ……持病の癪が。
ワシは生い先短いジジイじゃ。
とうの昔に勇者を引退して、今はしがない床屋をしておる。
ハサミばかりで、もう剣の握り方も忘れてしまったわい。
戦いのことを忘れて、ゆっくり平和に過ごしたい……それがワシの願いじゃ。
わざわざ、こんな辺境の村まで足を運んでもらって悪いが……諦めてくれんか。
◇◆◇◆◇◆◇
ふぅ、やれやれ。
今日だけで5人か。
揃いも揃って血の気の多い冒険者ばかり。
確かにワシは、勇者としてあの世界を滅ぼさんとしていた暗黒龍を封印した……が、その代償はあまりにも大きく、大切な旅の仲間を全員失ってしまった。
今でも、彼らの死の淵に瀕した断末魔を夢で見て飛び起きることがある。
せめてもの罪滅ぼしに暗黒龍を封印した洞窟の近くにあるコーリン村で仲間たちを弔いながら生きておる。
剣からハサミに持ち替えて、モンスターではなく人の髪を切る日々じゃ。
じゃが、どこから噂を聞きつけたのか、毎日のように冒険者が訪れて、ワシに修行を求めてくる。
しかも噂に尾ひれがついて、さっきみたいに「一人で暗黒龍を倒した伝説の勇者」なんて言われる始末。
現実は、仲間を失ってまで封印するのがやっとだったというのに……まったく、迷惑な話じゃ。
おっと、また店の前に人影じゃ。
むむむ!
なんと大きな男!
鍛え上げられた体に、重厚な鎧!
紛れもなく冒険者。
顔も見えぬほど、伸びた髪が不気味じゃわい。
此奴も、ワシの噂を聞きつけハイエナのように技を盗もうとしてるに違いない。
じゃが、さっきも言った通りワシにはもう若い頃の体力はない。
そもそもワシの技は散っていった仲間達と共に作り上げたもの。
おいそれと見ず知らずの奴に教えられるものか。
「すまんが、帰ってくれ!!」
し、しまった。
男の異様な姿に動揺して、つい口調が荒くなってしもうた。
だが、男は逆ギレすることなく、その場を後に。
よかった……と、その時は安心したのじゃが。
翌日。
あれ!?
今日も、あの大男が来ている!
懲りないやつだ……ジロリ!
睨みつけると、男は退散……だが!
次の日。
また来てる!
ええい、しつこいやつだ。
こうなったら……。
「おい、孫! 孫や!」
「なんだい、じいちゃん」
「あのデカい男を歓迎してやれ!」
「ひひひ、わかったよ!」
ふふふっ、孫のやつ、早速飛び出して行きおった。
今から孫にやってもらうのは……お絵描き!
ただのお絵描きじゃない。
あの大男が歩く道に先回りして、地面に小石で暗黒龍の絵を描くのじゃ。
子供ながらの歪な線が恐怖を増長させ、この地にまだ暗黒龍の恐ろしさが受け継がれていることを演出。
今まで、孫の絵を見た冒険者は、みんなガクガク震えて村を逃げ出しおった。
我が孫のながら末恐ろしいわい。
数時間後。
「うわーん、おじいちゃん!」
「ど、どうした孫よ! そんなに泣いて!」
「あのデカいおじちゃん……僕の絵なんて見ずに歩いて行っちゃったよ! ていうか、顔が髪で隠れてて、めっちゃ怖かったよ~!」
「よしよし、泣くでない。どうやら、お前には荷が重かったようじゃ」
「うううう、おじいちゃん。僕って才能ないのかな。せっかく、将来は絵描きになりたかったのに」
ええい、あの大男め!
ワシの可愛い孫の夢を打ち砕くとは、許せん!
「ふっふっふ。苦戦しているようだな」
「お主は今、ワシが髪を切っている宿屋の主人!」
「あの大男のことは、村でも噂になっている……不気味な男だ。だが、ちょうど奴は俺のところの宿に寝泊まりしてる……ここは、一つ俺に任せてくれ!」
「本当か主人! やってくれるか!?」
「ああ、元勇者のアンタの役に立てるなんて光栄だよ!」
翌日。
「すまん! 失敗だ!!」
「なんだと!? 宿屋の主人、どういうことだ!?」
「はぁはぁ、あんなやつ……初めてだ! 昨夜、俺は女房と奴の部屋の前で中に聞こえるくらいの音量で話をした。内容は、暗黒龍の恐ろしい言い伝えや村に伝わる怖い話。今までそれを聞いた冒険者は全員、叫びながら部屋を飛び出していった。ベッドシーツに黄色いシミを残してな。だが、あの男は部屋の外に聞こえるくらいグーグー寝息をたてて朝まで熟睡。ベッドシーツも綺麗に真っ白! 逆に夜な夜な怖い話を話つづけた俺と女房は、寝不足で声はガラガラだ! まったく、とんでもねぇやつだぜ!」
ええい、まさか宿屋の主人まで苦戦するとは……!
じゃが、ここで挫けるわけにはいかん。
なんとしても、村のものに力を借りて、あの大男を追い出してやる!




