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1話 異世界の裏路地。地元の人に愛される床屋で散髪、髭剃り、癒しのマッサージ【後編】



 ど、どういうこと!?


 せっかくハサミを持ってるのに髪を切ってどうするのよ!!

 これじゃあ、まるで散髪屋……んん!? 

 ちょっと待って。

 ちらっ……ハッ!!


 扉の上に目をやると、そこには赤・青・白の小さなネオンがクルクル回っていて。

 間違いない……ここ散髪屋だわ!

 じゃあ、なに? 

 大黒は髪を切りに来ただけってこと!?


 

 チョキチョキチョキ。



 あわわわ、こうしている間にも椅子の周りに大黒の切られた毛が山になって、芝生みたくなってるわ。

 無法地帯だった後頭部も綺麗に整地。

 静かな店内にハサミの音だけが響いて。

 うーん、チルいわねぇ。

 なんか気持ちがほっこりするわ……って、ダメダメ。

 油断しちゃダメよセレナ、髪を切り終わった大黒が髪型が気に入らないっつって、暴れ出すかもしれないもの!

 

 

 シャアアアアアア!



 ややや、何この水が流れるような音は!? もしかして、もう大黒が暴れ出して、おじいさんとおばあちゃんが夫婦揃って夫婦黄金水を漏らしちゃった!?


 シャアアアアアア!


 いや、違う……シャワーだわ。

 鏡の前に置いてある洗面台に備え付けられた手製シャワーから水が出ていて、そこに大黒。

 椅子の上で礼をするような体制を取って、洗面台を覗き込んでる。

 その上に店主がシャワーをかけて髪を濡らし、そこに石鹸を擦り付けてから……わしゃわしゃわしゃ!

 

 おわわ、おじいさんったら! 


 

 エレファントカボチャ(ササンティア地方のカボチャ。とにかくデカい)でも扱うように大黒の頭を抱え込んで洗ってるわ!

 おじいさんの額からは汗が吹き出し、泡も洗面台から飛び散りまくっていて、迫力ヤバ!

 そんでモコモコ泡を最後にシャワーで流して、おじいさんとおばあさん。

 2人がかりで大男の頭をタオルでババババと拭いて、「せーのっ」なんてユニゾンで巨体を洗面台から起こすと……鏡に映った大黒の顔は!



 えええええええ!?

 こ、これが、あのモジャモジャ大男!?



 肩まであった前髪は眉毛のあたりで切り揃えられて、サイドと後ろはスッキリ刈り上げ。

 顔の下半分に生い茂る髭も相まって、古い神話に出てきそうな感じ!

 


 なんか……ちょっと、かっこいいかも?

 ハッ、私ったら!



 何考えてるの!? 相手はいつもギルドで私を怖がらせてくる大黒なのよ!?

 ちょっと髪を切ったくらいで、ドキドキなんてしないんだから!

 むしろ髪を切った自分の姿に驚いてるのは、大黒の方なんじゃない?

 だって見なさいよ、あまりの変貌ぶりに驚いて座ったまま後ろに倒れてるわ……って、ん!?


 違う……店主のおじいさんが椅子についてるレバーを引いて、椅子自体が傾いてるんだわ。

 仰向けになった大黒。

 その横で、おばあさんが奥のコンロに置かれた寸胴鍋。

 蓋を開けると湯気がモワッと上がって、そこから蒸された手ぬぐいを摘んでヒョイと店主のおじいさんへ。

 おじいさんは手ぬぐいをパンパン振って粗熱を取ってから、サッ。

 天井を眺める大男の顔にかけて、それで……ああああああ!!


 そんな……なんてこと! 

 やっぱり、ここは普通の床屋じゃなかった!

 血で血を洗う戦場だったんだわ!


 だってほら見て、おじいさんの手にはナイフのような大きな剃刀!

 おじいさんの獲物を狙うように大黒を見下ろしていて。

 これから大男を切り刻んでやろうっていうわけね……顔にかけられた白い布は、ご臨終。

 つまり死を意味しているんだわ!

 そのために床屋の老父婦を装うなんて、なかなか役者じゃないの。

 でも毎日、何百という冒険者を見ているギルド受付嬢の目は誤魔化せないわよ!

 

 殺意剥き出しで剃刀を研ぐ店主の横で、おばあさん。

 マグカップに砕いた石鹸とお湯を投入。

 そんでもって小さなブラシでシャカシャカとかき混ぜて泡を作る。

 

 そして、サッ。

 店主が大男の顔から布を外すと、堀の深い顔は手拭いの水分を吸ってしっとり。

 その顔の下半分。

 髭が生い茂っているところに店主、奥さんから受け取った泡ブラシを、パッパッパ!

 ペンキを塗るように滑らせて、あっという間に髭は泡まみれに。

 そこに剃刀が近づいていって……大黒万事休す!

 

 

 ジョリッ!


 

 あああああ、とうとう剃刀が肌に!


 ジョリジョリジョリジョリ。


 ん? 切り刻まれてる割に、大黒のやつ余裕で寝っ転がってるわね。

 逆になんか気持ち良さそう……音も皮膚を切り裂く感じじゃないし……って、あれえええええ!?


 ジョリジョリジョリ!!


 ちょっ、髭! 髭を剃ってるじゃないのおおおお!!

 そのための剃刀!? そのための泡だったの!?

 ええい、また騙されたわ!

 ここの連中ときたら、どんだけ私の心を弄べば気が済むの!?

 なのに当の大黒ときたらコッチの気も知らずに気持ち良さそうにしちゃって!

 剃刀が、顎の下、ほっぺ、鼻の下と滑るように泡と髭を削ぎ取っていって……それでそれで、すっかりツルツルに。

 その顔に店主は保湿クリーム的なやつを塗って、指でピアノを弾くように顔全体をマッサージして……あああああああ、気持ち良さそう!!

 

「よっこらしょっと!」


 おじいさんとおばあさんが協力して椅子を起こして……ちょっと、ちょっと!

 今度は店主が大黒の肩を揉み揉み……もおおおおお、なんなのよ!!

 散髪に始まり、髭剃り、顔マッサージ、肩揉みまで……どんだけリラックスさせれば気が済むのおおおお!?

 最後にヘアワックスで髪を整えて、首に巻きつけた布を取り、小さい箒でサッサと肩口をはらえば……。


 

 なに……このイケメン!



 大黒のやつ、マジでこの店に入る前と別人だわ!

 椅子からさっと立って、会計を済ませる姿なんか何処ぞの貴族紳士と見紛うほど!

 あれ? そのままコッチに向かってくるわ……まさか、私を見つけて会いたくなっちゃったとか?

 いやいや、普通に代金支払ったから店を出ようとしてるだけだっつーの。

 でも、このままじゃ鉢合わせ。

 そりゃ、報酬を渡しに来たんだからいいんだけど、さっきまで散々、焦ったり怒ったりしてたから私の顔は汗だくだし、髪はボサボサよ。

 こんな状態で髪を切ってイケメンになった大黒に会うの!?

 いや……無理! 死!!

 

 ガチャン。


 散髪屋の扉が開いて外に出た大黒は、そのままイケメン臭を漂わせなが裏路地の向こうへ。

 私はというとゴミ箱の横よ!

 そうよ、隠れたのよ、悪い!?

 別に深い意味はないわ……ただ、ここで大黒と会って喋ってるのを見られて、変な噂立てられたら困るじゃない?

 ほら、2人付き合ってんじゃないの、とか言われちゃってさ!

 ギルドで他の連中からヒューヒュー囃し立てられて、黒板に相合い傘。

 そんで、お互い意識しちゃって、付き合って……将来ギルドで結婚式なんて……きゃああああああ!!


 はぁはぁ、私としたことが興奮しすぎちゃったわ。

 前髪もベタベタ。

 そういえば、もう長いこと切ってないわね。

 肩も凝ってるし、どこかリフレッシュできるところ……ああ!!


 カランコロン。

 


「あの……予約してないけど、いいかしら?」


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