1話 異世界の裏路地。地元の人に愛される床屋で散髪、髭剃り、癒しのマッサージ【前編】
【ギルド受付嬢:セレナ】
受付嬢として心がけていことは何かと聞かれたら、こう答えるわ。
ズバリ……笑顔ですね。
実際、この西ゴートシティ中央ギルド受付の心得、その一は「冒険者には笑顔で接すること」。
建物の壁やらトイレにも「ニコニコ笑顔」「スマイル」「口角あげれば業績も上がる」なんて張り紙がしてあって、まぁまぁまぁ。
確かに、その通り。
笑顔で接していれば、冒険者は気持ちよくクエストに臨めて成功率もUP。
逆に、受付が仏頂面だとイライラモヤモヤした気持ちでクエストに集中できない可能性もあるわけで。
やっぱ笑顔が一番。
というわけで、いつも冒険者が来たときには笑顔笑顔と心の中で唱えることにしてるんだけど……だけど!!
ゴゴゴゴゴゴ!!
ひいいいい、この人だけは無理いいいいい!!
今、私の前には1人の男。
その大きさは、このギルドの建物の天井に届くんじゃないかと錯覚するくらいで。
デカくてムキムキの体に、ところどころモンスターの返り血や爪痕がついた鎧。
それだけでもかなり不気味なのに、どす黒いウネウネした髪の毛と髭が顔全体を覆い、それでそれで、髪の毛の間から射殺すような鋭い眼光。
道端でいきなり会ったら大半が失神するであろうガチ怖オーラを放っている、この男。
冒険者の間では、大黒で通ってるわ。
それが本名なのか……ギルドの書類も名前の部分が黒塗りされてるし、謎が多すぎる男よ。
誰ともチームを組むことなく、いつも1人でクエストに臨み、それでいて100人分の戦果を上げている超人……なんだけど、見た目怖すぎ!!
いや、だめ! だめよ、セレナ。
いくら怖くても冒険者には笑顔で接しないと!
笑顔笑顔……だあああああ、無理だああああ!!
なんかさっきから「切りたい切りたい」ブツブツ呟いてるし、こんな蛇に睨まれた蛙のような状況で笑うなんて新人冒険者に魔王倒せって言ってるようなものよ!
ていうか、なんでこの人いつも私が受付担当の時に来んのよおおお!!
はっ、いけないいけない!
早くしないと痺れを切らして暴れ出すかも!
えーっと、討伐記録とアレとコレを照らし合わせて!
「大黒さん、お待たせしました! こちら報酬の……って、あれ?」
受付の前に人影はなく。
「あー、大黒なら出てったぜ!」
「よっぽど、急ぐ用事があったんだろ!」
「ていうかオーラぱねぇ! 戦神って呼ばれてるだけはあるっしょ!」
なんてギルドにいる他の冒険者たちはザワザワ。さらに、
「受付のねーちゃん。かなりビビってたな!」
「そら、あの大黒が目の前にいたら、誰でもそーなるわ!」
「”微笑みの受付嬢セレナ”も、かたなしってやつですな!」
はぁ!? なによ!
確かにその通りだけど、こうしてハッキリ言われると、なんだか舐められてるみたいで腹立つわね!
こうなったら!
「あ~ら、大黒さんったら、報酬を忘れるなんてせっかちさん♪ ここは受付嬢の私が責任を持って届けてあげるわ! ぜんぜん怖くなんてないんだからね!」
◇◆◇◆◇◆◇
ううううう、なんて意気込んでギルドを飛び出してきたけど、いざ大黒に報酬を渡すとなると怖いわね……。
ううん、だめよセレナ!
今度こそ笑顔で接してやるんだから! 笑顔笑顔笑顔!!
「ママー! あのエルフのお姉ちゃんニヤニヤしてるよ!」
「しっ、見ちゃダメよ!」
コホン、さてさて大黒を探さなくちゃね。
見つけるのは簡単よ……だって。
ざわざわ。
「ちょっと奥さん見ました!? さっきのモジャモジャ男!」
「ええ見ましたとも……私もう怖くて怖くて、今日は家事できませんわ!」
「あんたソレ、ただやりたくないだけでしょ! ギャハハハハ!!」
出た出た大黒の目撃情報。
あんな風体で歩けば、いやでも目につくもの。街にドラゴンを放つようなものよ。
クチコミを辿っていけば、すぐにあの男にたどり着くわ。
ふむふむ酒場の酔っ払いの話だと、どうやらメインストリートを南下したようね。
ええ!? もうアルバート通りに!?
こうなったら、武器屋の裏手を通って先回りして……いた!!
見つけたわ。
相変わらず殺気モリモリね。
見なさい、街を歩く人たちが波を引くように避けてるわ!
でも私は違う……今度こそ、満点の笑顔で報酬を叩きつけてやるんだから! ついでに、「ちょっとアンタ、怖いのよ!」って嫌味の一つでも言ってやろうかしら、フフフ。
あら!? そんなこと考えてる間に、大黒ったら裏路地に入って行っちゃった。
逃がさないわよ……でも、こんな暗い裏路地に何の用かしら。
裏路地にいるゴロツキたちも流石にビビってるわね。
そりゃそうよ、いきなり裏路地にドラゴンが入ってきたようなものだもの。
おほほ、あのスキンヘッドなんか失禁してるわ! って、おっとっと。そうしてる間に大黒が建物の前で立ち止まったわ。
カランコロン。
なんて音を立てながらドアを開けて大黒。
建物の中に入っていくわ。
すかさず私もシュバババ。入り口の前まで行って扉の隙間から中をチラリ。
こじんまりとした室内。
壁際に大きな鏡があって、その前に椅子。
そんでもって白衣を着てピシッとした、おじいさんとおばあさん。
その前に斧を持った大男がズンズン歩み寄って……そんな、まさか!
大黒のやつ、この老夫婦を襲う気!?
モンスターだけに飽きたらず人間にも手を出すなんて、どんだけなの!?
ああ、おじいさんもおばあさんも死期を悟ったのか、ヤケになってニコニコ笑ってるわ!
大黒は斧をスッと持ち上げて二人に振り下ろす……かと思いきや、ドスン。
そのまま壁際に斧を置いて、自分は鏡前の椅子に座っちゃった。
なるほど、老夫婦を消すのに焦る必要はないってことね?
けど油断してると足元すくわれるわよ……ほら、見なさい!
おばあさんが、椅子に座っている大男の首周りに白い布を巻きつけて動きを制限。
んでもって、すぐさまシュババ!
おじいさんが大黒の後ろをとったわ。
そして目の前のモジャモジャ頭を触りながら……これは、きっとアレね!
頭部の秘孔をついて、体力を奪っているに違いないわ!
おじいさんったら見かけによらず、その道の達人だったってわけね……ホホホ!
まさに窮鼠猫を噛む。
見なさい、おじいさんったら余裕の笑顔で鏡越しに大男に向かって何か話してるわ。
たぶん。
(ざぁこ、ざぁこ。こんなおじいさんに追い詰められる気分はどう?)
なんて言われてるに違いないわ、哀れな大黒。
おっと気づくと、おじいさん。
いつの間にか手にハサミ。一気に勝負を決めにいく気ね!
そのままハサミをモジャモジャの髪に近づけて……チョキン。
切ったわ……髪を。
チョキチョキチョキ。
見事なハサミ捌き!
前後左右、縦横無尽に切って切って切りまくる……髪を!




