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プロローグ

 

 【元冒険者:ハルト】



 いや、マジで終わったかと思いましたよ。

 20年の人生で初めて「死」を意識した瞬間、的な?


 その日はですね、とあるクエストに挑んでたんです。

 それまで俺……ぶっちゃけ調子に乗ってたっつーか。

 半年前に初めてのクエストでゴブリンを10体倒したのを皮切りに、受けるクエスト受けるクエストで戦果を上げて、冒険者ランクはみるみる上昇。

 周りからも「期待の新人」なんて噂されて、行く先々の風呂場や酒場で戦績を武勇伝のように語ってイキってたんスけど、その伸びかかってた天狗の鼻、増長していたプライドは、その日ズタズタに引き裂かれることに……。


 

 ゴゴゴゴゴ!

 

 

 バフォっていうモンスターを知ってます?

 黒山羊のような頭を持ち、首から下はそこら辺にいるオッサンと変わりないんで、よく人間に間違えられる魔物の代表例なんスけど……その日、俺が遭遇したバフォは……あああああああ思い出しただけでも恐ろしい!

 身長は5mを超えていて、体は筋肉が意思を持ってるかのようにボコボコに肥大!

 丸太のように太い腕と指の先から伸びた鎌みたいな爪は、一瞬で俺の仲間を……!


「すまない。キース、モチキチ……!」


 足元に転がっている紙屑みたく引き裂かれた仲間からは返事はなくて、代わりにギャオオオと叫んだのは目の前のバフォ! ギルドの受付は大人数でクエストに臨むことを提案したのに強がって、いつメンで挑んだことを後悔しまくりましたよ……でもでも!


「こんなにデカいバフォがいるなんて聞いてなかったんだもん! 誰か助けてええええええ!!」


 泣き叫ぶ俺の頭にバフォの爪が振り下ろされてゲームオーバー……かと思いましたが、次の瞬間!


 

 ピタッ。


 

 いきなりバフォの動きが止まったかと思うと、そのままズン。

 大の字でうつ伏せにダウンですよ。

 その背中は脊柱にそって切断されていて、いわゆる「魚のひらき」のような状態。


「え? な、なに?」


 突然の出来事に動揺しましたが、全てを理解するのに数秒と時間を要さなかったっス……だって!

 倒れたバフォの後ろに人影。

 その姿は異様の一言。

 背丈は180cmの俺よりかなり高く、体つきは目の前のバフォに負けず劣らずムキムキ。鋼の鎧の上からでもわかるくらい筋肉の塊。

 さらに大量のワカメを頭から被ったみたいなモジャモジャの髪が肩まで伸びていて、顔も髪と髭に覆われているもんだから表情は全く見えず、異様そのもの! 

 そして手には、身の丈くらいあろうかという巨大な斧。その斧と体はバフォの血で真っ赤に染まっていました!

 その佇まいで全てを察したんです。

 こいつがバフォを倒したんだ……ってね。

 けどモンスターの背中の切り口は、とても人間技とは思えませんでした!

 本当に人間!? 

 だって、その男から発せられている禍々しいオーラは、モンスターのバフォ以上!


 

 ギロリ。



 毛に覆われた密林の奥で二つの眼差しが怪しく光ったかと思うと、まるで地獄の底から這い上がってくるようなドスの効いた声で男が叫んだんスよ!


「ああああああああ、早く斬りたいいいいいいい!」


 もう、その声量といったら! 

 森中に響き渡るんじゃないかってくらいビリビリ空気を震わせ、それと一緒に周りの木もザワザワ強風に煽られたように揺れまくり。

 全く何という男か!

 今さっき目の前のバフォを真っ二つにしたばっかりなのに、もう次の獲物を求めているなんて、まさに冒険者の鏡。

 なんにせよバフォから命を助けてもらったんだから、男が他の狩場に行ってしまう前に礼を言わなきゃ……と、思ったんですが、あれ?

 いつまで経っても男は動かなくてですね。

 

 え、なになに? 早く他のモンスターを斬りたいんじゃないの?


 男は止まったまま。

 それどころか、相変わらずジッとコチラを見つめて……ハッ、まさか!

 次の獲物は……俺ってコト!?

 え、なに? 人間が人間を襲うなんて流石にそれはないだろうって?

 いやいやいや!

 それは実際にあの男を見てないから言えることで、なんていうか、その時の男の雰囲気っていうか眼光は!


 

 ゴゴゴゴゴゴ!!

 


 もうね、相手がモンスターだろうと人間だろうと関係ねぇ!

 目に写ったものは、なんだろうと斧でぶった斬る! 血だ、俺にもっともっと血を見せろおおおお!!

 っていう感じのバーサーカーめいた異常性がビンビンでしたわ!


 弱肉強食とは、このことかと痛感しましたよ!

 結局のところ俺もバフォもコイツの前では圧倒的弱者にすぎず、その気になれば虫のように一瞬でプチッと潰せるわけで、その証拠にバフォは一瞬で真っ二つ。

 そして、次はいよいよ……!!



 「早く……斬りたいいいいいいい!!」

 「ひいいいい、ごめんなさいごめんなさい! ちょっと周りからチヤホヤされて調子に乗ってましたああああ!! お願い! 命だけは助けてええええええ!!」



 俺は泣きながら、その場から逃げ出しましたよ。

 どこをどうやって走ったのか覚えてませんが、気づいたら街まで戻っていて、そのままギルドへ直行。

 後から聞いた話ですが、その時の俺の姿といったら!

 髪の毛はショックで真っ白。

 顔面は、まるで俺の爺さんみたいにシワッシワになっていて、鎧からボタボタと滝汗と尿を垂れ流しながら、四つん這いで痙攣。

 ギルドの連中が言うに、おおよそ人間と呼べる代物ではなかった……と。


 けど俺にしてみれば、さっき出会った大男こそ人間の範疇を超えた規格外の化け物!!

 あんな奴がウロウロしているかと思うと、もう恐ろしくて恐ろしくて!

 結局その日以来クエストには出れず、冒険者は引退。

 けど今でも毎日、バフォを瞬殺したモジャモジャ大男が夢に出てきて、その度に漏らしながら飛び起きる日々が続いていて……もう完全にトラウマ。

 俺に出来ることと言えば、こうして酒場で誰かに愚痴を聞いてもらうだけ。

 へへへ、全く情けねぇ話……え、なに?

 あの男が「早く斬りたい」って叫んでたのは、別に俺を斬りたいんじゃなくて自分のモジャモジャの髪を切りたかっただけじゃないかって?


 あっはっは!

 アンタ面白いこと言うなぁ!

 

 ………………え? 

 まさか、そんなはずない………よね?

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