7 聖女様恋愛計画
「サキ様、作戦を立てましょう。緊急会議です」
そんな事をイリスが唐突に言い出したのは、王都を出てから12日後の事だった。旅館のサキの部屋に集まり、お付きの二人はテーブルに座って、サキは行儀悪くベッドの上に座って、謎の作戦会議が開かれる事となった。
イリス曰く、
「この会議の目的は、サキ様の今後の方針を決める為のものです。私達もその決定に従って動くので、まずはそこから始めましょう」
との事である。要は、クレイがサキの事をどう思っているのか、それを聞き出すにあたり、どのような方針でいくのかを決めておこうというのであった。
時間をかけてじっくりとさりげなく確認するのか、あるいは、会ってすぐに単刀直入に切り出すのか。サキ本人から直接クレイに聞き出すのか、もしくは協力者を作ってその人物から聞き出してもらうのか。なかなか聞き出せず日数だけが過ぎていくようなら途中で諦めて帰るのか、それとも聞き出すまでは絶対に帰らないのか。
「そこら辺を決めておきたいんです。行き当たりばったりでは、あまりに無策過ぎるので。少なくとも方針ぐらいは先に立てておきましょう」
イリスはこのあたり、魔導学校で戦略戦術についても教え込まれただけあって、考え方が騎士のそれに近い。神殿騎士なのだから、騎士に近いという言い方には語弊があるのだが、こと恋愛においても、戦略戦術を立てようとするあたりが、ハヅキやサキなどとは決定的に違う点でもあった。ハヅキは理性を熱量で焼き尽くすような恋愛をするタイプであったし、サキはパッションだけで恋愛をするタイプだった。こういう事は性に合わないのである。
「で、その方針とかをこれから決めるの? それ、絶対に決めなきゃダメな事?」
「サキ様。私はサキ様の為に言っているんですが」
二度目となる圧をイリスからかけられ、サキは仕方なしに承知した。断るという選択肢は用意されてなかったからだ。
「……それで、具体的には何を決めるのよ」
「まずは、長期戦でいくのか、短期決戦でいくのかを決めましょう。これを決めておかないと話になりません」
イリスは説明を始める。
長期戦なら、ある程度のゆとりも持てるので、聞き出す絶好の機会が後から出てくるかもしれない。それに、サキの事をどう思っているのか、クレイが自分から話し出す可能性もある。だが、時間がどれぐらいかかるかがわからず、無駄に時を過ごす可能性も十分にある。
逆に、短期決戦でいくのであれば、時間を無駄に使う事なく、すぐに結果が出る。だが、それだとサキは自分を恋愛対象として見ているのかをクレイに直接訊く事となり、それは告白同然の行為とも言える。もちろん訊き方によっては、そうならない可能性もあるかもしれないが、しかし、そうなる可能性の方が高いのは確かだ。サキにとっては、非常に勇気のいる行為となるはずだ。
「サキ様は、どちらを選びますか。どちらでも、私達はサキ様の考えを尊重しますが」
「ん〜〜〜〜〜〜……」
「どちらにします、サキ様?」
「それ……今、決めないとダメ?」
疑問文に疑問文で答えるサキ。とはいえ、イリスは怒るような事はしなかった。すぐに決めろというのも酷な話だと思ってはいたからだ。とはいっても。
「ダメという事はありませんけど、出来れば今決めて欲しいとは思ってます。まだ決める事は沢山あるので」
「わかった。決める。待って。今決めるから。待って」
「はい」
15分後……。
「……長期戦でいく」
サキは気まずそうにそう答えた。日和ったな、と二人の神殿騎士は思ったが口には出さなかった。
「では、長期戦でいきましょう。具体的には、どれぐらいを目安にしますか。1ヶ月ですか? 半年ですか? 1年ですか? それとも聞き出すまでは絶対に諦めませんか?」
「……聞き出すまで諦めないってのは、流石にキツいわよ。だから、半年ぐらいを目標にする。それまでにクレイから上手く聞き出すから」
「では、半年後までに聞き出せなかった場合はどうします? 諦めて王都に帰りますか? それとも、覚悟を決めてクレイ様本人に直接尋ねますか?」
「……それは、直接尋ねる。その時は覚悟を決める」
以降も、イリスからの質問は延々と続き、ハヅキが眠気でうとうとしてきた頃、ようやく全ての方針が固まった。それは以下の通りとなる。
1、基本的な方針として、サキから聞き出すのではなく、クレイが自分からサキの事をどう思っているかを言い出すよう仕向けていく。
2、最初の2ヶ月はクレイと親しく接するだけにする。これは準備期間となる。もちろん絶好の機会があれば狙っていくが、基本的にこの期間は無理をしない事とする。
3、万全を期す為に、この期間中はサキの魅力をさりげなくアピールしていく。仮に妹とクレイが思っていたとしても、軽いスキンシップや距離を詰めて話したりとかで、女として意識させるように誘導していく。
4、妹と思われない為にも、出来るだけ大人の女として振る舞う。子供っぽい部分はあまり見せず、色気も下品にならない程度は出して魅了していく。
5、それと並行して、内部の協力者を作っていく。幸い、クレイの屋敷で働いている侍女はサキと親しい間柄だし、サキの恋路を応援してくれている。クレイがどう思っているかを聞き出してくれる可能性は高い。
6、2ヶ月が経過してもまだ駄目だった場合は、本格的な攻略期間へと移行する。この期間はクレイの気持ちを確かめる為に、こちらから積極的に動いていく。罠を仕掛けてもいいし、酔わせて本音を聞き出してもいい。とにかく、ありとあらゆる手段を使ってでも、クレイに本音を吐き出させる。
6、それでも駄目で更に2ヶ月が経過した場合、最終フェーズへと入る。この期間は迂遠な事をせず、クレイを落としにかかる。サキの事を女性として、好きにさせる。下手に誤魔化さず猛アタックをかける。それで向こうから告白してくるならそれで良し。それでも駄目な場合は、サキからクレイに直接告白する。私の事をどう思っているの、私はクレイの事が好きなのよ、と。
7、振られたら王都に即日帰る。
以上、7つの方針がイリスによって決定された。今後はこの方針に従ってサキ達は行動する事となる。
後は細かく具体的な部分を3人で詰めていき、その計画や作戦に沿ってサキが動くだけだ。サキからしてみれば、それはクレイという宝石を盗む為に下準備や計画を立てる怪盗団に近いものがあったが、最終的にそれでクレイと上手くいくのであれば一向に構わなかった。クレイと幸せな結婚生活を送れるというのなら、この際、悪魔にだって魂を売り渡しても良い覚悟でサキはいる。
「ではまず、具体的な事として、最初のつかみから考えていきましょう。サキ様はクレイ様と久しぶりの再会を果たしました。さて、なんと言いますか?」
「えっと……。久しぶりね、クレイ、とか?」
「ダメです。10点です。普通過ぎますし、そんなんじゃ大人の魅力なんてまるで感じませんよ。最初なんですから、もっとインパクトがいるでしょう。もう少し何かないんですか」
「えっと……それなら……。待って、あー、あー……」
サキは軽く声を出して喉の調子を整える。そして、晩餐会や舞踏会の時のような出来るだけ上品な声で、表情にも少し余裕を出してみた。
「ずいぶんとお久しぶりね、クレイ。元気にしてたかしら? ……みたいなのはどう?」
「あー、いいですね。大人の女って感じがします。でも、もう少し何か欲しいですね。軽くクレイ様の事を褒めてみたりとかしませんか? 褒められて嫌がる人なんてそうはいませんから」
「褒める、ね。んー……それなら……」
少し考えた後で、サキはもう一度最初からやり直した。
「ずいぶんとお久しぶりね、クレイ。元気にしてたかしら? しばらく会わない内に、また良い男になったわね。貫禄が出てきたんじゃないの?」
「あ、いいです! それ、すごくいいです! 軽い流し目で言うのが特に最高でした。もう最初の一言目はこれでいきましょう! バッチリですよ!」
そんな会話を二人が長々としている間に、ハヅキはゆっくりと船を漕ぎ出し、やがて眠りの国へと出航していった。そこで彼女が見た夢は、恋人との甘々な理想の生活だった。
地下深くの牢獄に幽閉し、手には短い手錠、足には鉄球付きの鎖、首にはウエディングリングの首輪を。この人は私がいなかったら生きていけないの。この人の姿を見るのも、会話をするのも、お世話をするのも、世界でただ一人、私だけ……。永遠に、死ぬまでずっと、一生この人と一緒に過ごすの……。そんな幸せな夢だった。
ライザニア地方に到着するまで、あと20日あまり。その間、イリスとサキは夜ごと作戦を練り上げ、そして到着する頃には完璧と言って良いほどの作戦計画が出来上がっていた。
しかし、計画とは作った時点では全て上手くいくよう出来上がっているものであり、それが成功するかどうかは全く別の話である。その事をイリスが思い知らされるのは、ライザニア地方にあるクレイの屋敷に到着してから一時間も経たない内であり、つまりは初っ端からこの計画は頓挫する事となった。