5 本音
クレイ・フェルナート。
爵位は男爵。年齢は34歳。ライザニア地方の領主で、良い言い方をすれば謙虚で開拓者気質、悪い言い方をすれば辺境の引きこもりとなる。王都に来る事など年に数回しかなく、来てもすぐに帰ってしまう。王都に別邸すら持っていない。貴族の中では相当な変わり種というか、もっと言えばはみ出し物である。
しかし!
この国において彼の名前を知らない者はまずいない。聖女サキの邪神竜討伐に貢献し、更には伝説上の魔神と鬼神の討伐にも貢献した男。王国内において唯一『天騎士』の称号を持つ、紛れもない最強の騎士。
明るい茶色の髪と、それよりもやや暗い茶色の瞳を持つ、非常に整った顔の持ち主で、強さだけでなく容姿においても王国内で五本の指に入ると、もっぱら噂されている。
眉目秀麗、質実剛健、温厚篤実、勤倹力行、品行方正、百戦錬磨。他にも言い上げればきりがない。
それがクレイ・フェルナートという男だった。
邪神竜討伐に貢献しているのだから、当然、サキとは旧知の仲となる。4年間ぐらい一緒に魔物討伐の仕事もしていた。サキの恩人であり、魔導学の先生でもあり、剣の師匠でもあり、同時に元仲間でもある。
そして、現在判明した事実として、サキの好みド真ん中の男でもあった。もう完全に好きだろというレベルで。なのに、サキは他の男を探して、ろくな男がいないわとワガママを言っている。
イリスがブチ切れた。
「だから、私達、最初に尋ねましたよねえ! サキ様が王都で結婚相手を探すって言いだした時に! クレイ様の事は良いのですか、って! その時、サキ様、自分で何て言ったか覚えてますか!」
ハヅキとイリスはこれまでサキから幾度となくクレイの事を聞いていたし、実際に二人が親しく会話をしているところも何回か見ている。それは、どう見ても良い雰囲気であり、二人は付き合う一歩手前、あるいは私達には秘密にしているだけでもう恋人同士なのでは、と思っていた。だからこそ、サキが王都で結婚相手を探すと言い出した時は驚いた。クレイからプロポーズを受けた、と言われたら何の疑問も抱かなかっただろう、なのに、別の相手を探す? クレイ様はどうしたんですか、クレイ様の事は良いのですか、と当然二人は尋ねた。だが、サキは首を振って答えた。
「いいのよ。クレイは恋愛対象外なんだから。結婚相手にはならないのよ」
だが!
「さっきの聞いてたら、完全に恋愛対象として見てますよねえ! しかも、大好きじゃないですか! なのに、何で他の男と結婚するとかぬかしやがったんですか! アホなんですか、死ぬんですか!?」
「お、落ち着いて、イリス。聖女様にアホは良くないから。こんなのでも聖女様なんだよ。暴言はやめよう、ね?」
ハヅキも内心では怒っていたのだが、その前にイリスが爆発した為、そちらの鎮火にあたらざるを得なくなっていた。何でいつも私は止める係なの、とハヅキは思わなくもないのだが、今回は暴言を受けている方からも止める声が上がった。
「違うのよ! それは誤解! 誤解なんだってば!」
サキとしても、このままアホ呼ばわりされたらたまったものではない。どうにかイリスの噴火を止めようと必死だった。
「二人には前にも言った事があるでしょう! クレイは歳の離れた仲の良い兄みたいな感じなのよ! だから、恋愛対象外って言ったし、結婚相手の候補には入れてなかったの! それだけよ!」
その言葉に一旦イリスは噴火活動を停止させたが、中ではまだ溶岩が渦巻いているようで、疑いの眼差しをサキに向けていた。でも、一番の好みはクレイ様なんでしょう、と言いたげな顔で。口に出してはこう言った。
「じゃあ、サキ様はクレイ様に恋心を抱いた事は一度もないと、そう言うんですか?」
もちろんないわよ、とはサキは言わなかった。
「まあ、それはね、長い付き合いだし、どうかしらね、覚えてないわね」
言葉を濁すサキ。重ねてイリスがもう一度強く尋ねると、少し不満気な顔を見せながら、イリスとは視線を合わせずにサキは答えた。
「…………ないわよ。……多分。知らないけど。わかんないけど」
絶対あるな、と二人の神殿騎士は思った。だが、それなら何でクレイをわざわざ結婚相手の対象外にしたのか。それが二人には謎だった。ハヅキが尋ねる。
「なにか、クレイ様とは結婚出来ない理由でもあるんですか? 既に婚約者がいるとか、もしくは恋人がもういるとか」
相変わらず不満気な顔を見せたまま、サキは答えた。
「…………いないはずよ。隠してるだけで、もしかしたらいるかもしれないけど。クレイ、かなりモテるし」
「では、過去にもう振られた事があるのですか? それで、恋愛対象外と言われたとか」
「……違うわよ。私、振られた事一度だってないもの」
「それなら、逆に振ってしまったとか。クレイ様から告白されたのに、その時は振ってしまい、気まずくなっているとか」
「……違う。振った事もない。クレイ、私に告白してきた事なんてないし」
「なら、仮にクレイ様から交際を申し込まれたとしたら、どうします? お付き合いしますか? それともお断りしますか?」
「…………」
今度は返事までにしばらくの間があった。そして、何故か恨めしそうな表情をサキは見せた後、ふてくされたように答えた。
「絶対に付き合う。それで、絶対に結婚する」
イリスが再び噴火した。
「じゃあ、もうクレイ様で良いじゃないですか! 何で他の人を探す必要があるんですか! クレイ様に狙いを定めてアピールすればいいだけの話でしょう! クレイ様だって絶対にサキ様の事を好きだと思ってますよ! 二人はお似合いだと前から私達は思ってて……」
そこまで言ってイリスは急に言葉を止めた。もっと正確に言うなら、言葉を失った。サキが強く唇を噛んで、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。
か細い声が出され、静まり返った部屋に小さく響いた。
「だってクレイは私の事を妹としか思ってないもの。女としてなんか見てないもの。だったら、他の人を探すしかないじゃない。諦めるしかないじゃない。そうするしかないじゃないの。他にどうしろって言うのよ」
そして、また恨めしそうな顔を見せ、二人を見つめた。泣くのをどうにか堪えている表情で。
二人はサキの問いに答える事が出来なかった。