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4 無意味な時間

 イリス・ザッカルット。


 一万人に一人と言われる『魔力持ち』であるが、何故か神殿騎士を職業に選んだ稀有な人物。


 サキのお付きとなって5年、その間、サキのメンタルサポートのような役割を担う事が多く、サキが落ち込んでる時には励まし、サキが悲しんでる時には慰め、サキが喜んでいる時には一緒に喜ぶ、みたいな事を特に考えず自然とやってきた。


 早い話、良い人!


 そんな良い人が、今!


「サキ様、マジでいい加減にして下さいよ! 私達の事を馬鹿にしてるんですか!!」


 メチャクチャ怒っていた!


「いや、ちょっと待ってよ、待ちなさいってば。何で私、怒られてるの。ねえ、ハヅキ」


 救いを求めるようにハヅキに顔を向けたが、サキの目に映ったのは眉間に皺を寄せて冷たい瞳を向けているハヅキの姿だった。


「いえ、これは聖女様が悪いです。私だって怒ってます。一体、どういう事ですか」


 時を少し戻そう。


 きっかけは、ハヅキの一つの提案から始まった。


「聖女様、一度採点表を作ってみましょう」


「採点表? 何の?」


「貴族の独身男性を対象とした、聖女様の好みの採点表です」


 要は、サキの理想が高過ぎるので、その現実をわからせる為に、数字で見えるようにしてしまおうという提案だった。100点満点の独身男性など現実にはおらず、80か70、それぐらいで妥協する必要があるとサキにわからせる為のものである。


「なんか面倒臭いわねぇ、それ。やらなきゃダメ?」


「聖女様。こっちは聖女様の為にやっているんですが?」


 ハヅキの圧により、こうして独身男性の採点表を作るという、人としてちょっとどうかと思うような最低な行為が始まった。


「ではまず、サミエル子爵長男のザイドルッヒ様、年齢は24歳です。顔は何点ぐらいでしょうか?」


「ん~~〜〜、15点ぐらいかしら? 好きな顔ではないわね。あの人の顔を見る度に、私、牧場で働いていた頃を思い出すのよ」


「好きな顔ではない、馬ヅラ、と。書きました、どうぞ」


 やり方としては単純である。まずハヅキが独身男性貴族の名前と年齢を言い、容姿や声、性格などの採点項目をサキに伝える。次にサキが採点する。それをイリスが記録する。この繰り返しとなる。


 面倒で何より馬鹿みたいな時間ではあったが、三人は特に疑問に思う事もなく、ごく真面目に取り組み、休憩なども挟みつつ6時間が経過した頃、ようやく全員の採点と平均点の計算、集計が終わった。


 結果は!


「平均点が最も高かったのが、シャトレイド子爵の四男アルス様で、41.5点。次点がセイゲル公爵様の次男レイドック様で、40.9点です」


「そんなに低いの!?」


 そう声を上げたのはイリスの方で、サキは、まあそれぐらいかしら、と妙に納得顔をしていた。イリスが思わず声を上げる。


「どんだけ理想が高いんですか、あんた! 自分の年齢考えた事があるんですか! 本当に結婚したいとか思ってるんですか!」


「待って待って! 落ち着いて、イリス。アンタは流石にまずいから。聖女様なんだよ」  


 ハヅキが慌てて止めに入る。イリスも流石に無礼に気が付き、この時はすぐさま謝罪した。


「すみません、つい……。申し訳ありませんでした、サキ様。お許し下さい」


 深々と頭を下げるイリスに、サキも何も言えず、


「ああ、ううん、いいのよ、別に。つい怒っちゃう事ってあるものね。大丈夫よ」


 少し引きつった笑みを浮かべながら応じた。まあ、人間だしね、感情が抑えられない時だってたまにはあるわよね、と。


「と、いう事で聖女様。これでわかっていただけましたか?」


 ハヅキが生徒に教えるような口調で切り出した。


「この40点ぐらいが、聖女様の最高点、つまり理想の相手だと思って下さい。現実にはもっともっと妥協して、25点ぐらいでも狙いに行くべきです。そうでないと本当に一生独身のままですよ。そうなったら困るんですよね?」


「うん……。まあ……。それは確かに困るんだけど……」


 まだ何か不満を述べたそうにしていたサキをハヅキは容赦なく切って捨てた。


「困るのなら、諦めて下さい。現実には何もかも理想の相手なんて現れません。おとぎ話のように、お姫様の危機に颯爽と現れる素敵な王子様もいなければ、たまたま美男子を助けたらそれが異国の王子様だったなんて事もありえません。例え好みでなくとも、性格が多少合わなくとも、もっと言えば恋愛対象でなくとも、聖女様を愛して大切にして下さる殿方がいるのであれば、その方と結婚なさるべきです。いつまでも子供のように幼い夢を見るのはおやめ下さい」


 24歳にガキだと説教される27歳。流石に惨めに思えてサキは泣きたい気持ちになってきた。そんなの私だってわかってるのよ! わかってるけど、普通に恋をして結婚したいのよ! と、心の中でそう叫んでる声が聞こえるのだ。それを押し殺してまで結婚する意味があるのか。でも、子供は可愛いから絶対に欲しい。一人だけで産めるのなら、とうの昔に産んでるのに!


「あー! もういい! 私、一生独身でもいい! もう知らないんだから!」


 ベッドに潜り込んでふて寝を始めるサキ。呆れた顔でそれを見つめるハヅキと、小さく溜め息をつくイリス。


 二人の神殿騎士はしばらくお互いの顔を見合ったが、何を言うでもなく、無言で首を振りあった後、先程の採点表の片付けに取りかかった。


 と、そこでイリスが一人リスト漏れがあった事に気付いた。


「そういえば、ハヅキ。クレイ様は? あの方も貴族で独身男性だし、一応、採点しておいたら? 一応さ」


「……する必要があるのかなあ。必要がないと思って初めから外しておいたんだけど……」


 どうしようかなとハヅキが思った時にはサキから答えが返ってきていた。


「クレイなら、顔は100点よ。メチャクチャ格好いいもの」


 ん? と二人は同時に思ったが、どちらもクレイの顔を実際に見た事があるので、多少は納得した。多少は、だが。


「ちなみに……声や雰囲気を採点すると何点ですか?」


「まあ……95点ぐらい?」


「背格好とかは」


「んー……97点」


「性格はどうでしょう。優しさとかは?」


「そこはまあ、96点ぐらいにしておこうかしら……。あー、でも、やっぱり99点ぐらいはあるかも」


「話していて気が合うか、とかは?」


「95点ぐらいかなあ……。話していて楽しいんだけど、ちょっとお固いところもあるのよね、クレイって。でも、そういうところも含めてやっぱり好きなんだけど」


「…………それなら、聖女様の事を大事にしてくれそうな感じで言えば?」


「それは間違いなく100点よ。世界で一番私の事を大事にしてくれるのがクレイなんだから」


「…………」


「…………」


 二人は思った。私達の6時間を返せと。ふざけんなよ。本命がもういるなら、これまでの一ヶ月間は何だったんだよ。こっちは本気で応援して心配してたんだぞ、と。


 かくて、冒頭のイリスぶちギレ状態が始まった。

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