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3 理想は高く、現実は低く

「お帰りなさいませ、聖女様」


「お帰りなさいませ、サキ様」


 例の、とある伯爵家の次男の結婚の前祝いとかいう面倒くさそうな名称のパーティーが終わり、サキも自分の馬車の前へと戻ってきた。二人のお付きの神殿騎士がそれを出迎える。


「ええ。疲れたから、すぐに帰るわよ。話はまた明日にでもするわ」


 そう言うと、サキはすぐ馬車の中に乗り込み、背もたれに体を預けて目を閉じてしまった。大分、お疲れみたいね、と彼女達二人は目で会話する。


 前に触れた通り、聖女サキには二人の神殿騎士が護衛という名目の下、御目付役として付いている。一人はハヅキ・アンドー。もう一人はイリス・ザッカルット。サキが聖女だという事で、どちらも女性が選ばれた。男性だと着替えやトイレなどで色々と不都合な事も多いだろうという配慮と、知らない内に妙な間柄になっては困るという教会側の思惑が含まれていた。


 ハヅキはこの国にしては珍しい黒髪黒目の女性で、喋り方や雰囲気から、清楚で淑やかな印象を会った人全員に与える。サキと同じ服装をして並んだら、初対面の人間は間違いなくハヅキの方を聖女だと思い込むだろう。


 一方で、イリスは快活で真面目な印象を人に与える事が多い。職業を問われた時、神殿騎士をしていると答えると、九割の人間は少し驚いた顔を見せる。しかし、彼女が正装で現れるとすぐに納得する。薄水色の澄んだ瞳に、長い金髪を後ろでポニーテールにしてまとめた様は、神殿騎士の白と群青の正装によく似合っていた。


 年齢はハヅキが24歳、イリスが23歳。この二人は同郷で幼馴染な事もあり、仲はかなり良い。二人共、聖女が何かしでかさないよう見張っておけと教会から言われてここにいるのだが、サキとの付き合いの長さが災いしたのか、基本、聖女が何をしても『問題なし』と報告している。これに関しては教会の人選が悪かったとしか言えない。


「聖女様、出発しても宜しいですか?」


「ええ、いいわよ。お願い」


 手の甲を額に当て、気だるそうな返事をする。サキは舞踏会や晩餐会などの催しの後によくこうなる。邪神竜を倒すほどなのだから肉体的に疲れているはずはない、精神的に疲れているのだ。5年の間に大分慣れはしたものの、サキは未だにこういった集まりが苦手だった。


「気を遣いながらご飯を食べて、周りの目を気にしてお酒を飲んで、足を動かすだけのつまんないダンスを踊って、一体何が楽しいのか全然わかんないんだけど」


 かなり前にサキはそう愚痴をこぼした事があった。同意しかなかったのでイリスは頷くだけだったが、代わってハヅキがやんわりと答えた。


「あの方達も楽しくてやっている訳ではありませんよ。付き合いです。上流階級というのはそういうものです。社交界に出ないと、付き合いの悪い人間だと言われ、人望も発言力も下がっていきますから」


「だとしたら、私はそんな窮屈なところ、余計にいたくないんだけど」


「もちろん招待をお断りする事は出来ますよ。聖女様は別格なのですから。適当な理由をつけて、部屋から一切出ないなんて事も出来ます。ただ、先程も言いましたが、それだと段々と誰からも相手にされなくなっていくでしょうが」


「…………」


 孤児院での件で王族貴族に支援を求める必要があったサキは、結局その後何も言わなかったし、これ以降、それらの事について愚痴をこぼさなくなった。我慢しているというのが目に見えて、ハヅキも少し辛かった記憶がある。


 22歳までは田舎娘、それがいきなり社交界に放り込まれたのだから、さぞ心労も多かっただろう。でも、心労が多かったのは聖女様だけじゃないですからね、とハヅキは思っている。サキが何か常識外れな事をしそうになった時に必死で常識論を唱えて止め続けたのがハヅキだ。聖女のイメージが『人外の化物』でもなく『無教養な田舎娘』ともならなかったのは彼女の隠れた功績だと言える。貴族社会についても詳しく、サキに色々と教え補佐をする事が多かった。付き合いも5年と長く、今ではサキの親友の様な存在となっている。


 ちなみに、サキの回想録の初期原稿を大幅に手直ししたのもハヅキだった。サキが書き終わった原稿を一番最初に読んで、こんなものをこの世に出す訳にはいかない、と思い相当な修正を行った。つまり、あの本の執筆は6割方がハヅキみたいなものなのだが、それでいてその分の原稿料を要求するという考えに至らないのが、ハヅキの性格のほとんどを表していると言っても過言ではない。


 翌日。


「聖女様、それで昨日はどうだったのですか? ライザー様とはお話が出来たのでしょうか?」


 昨晩はサキが疲れていてすぐに眠ってしまった為、昨日からずっと気になっていた事をハヅキは朝食の後に尋ねた。横でイリスも興味深々な面持ちでサキの次の言葉を待っている。この二人には、サキは普段から相談事をよくしている為、何の目的で昨日サキがパーティーに出席したのかをどちらも事前に聞かされていた。


「昨日ねぇ。うん」


 サキは特に何の意味もなく、ソファーの上で手元のクッションを猫のようにこねくりまわしている。どことなく言いづらそうな雰囲気まで出して。これは何かあったのか、と二人は期待した。


「ライザーとは……話したわよ。向こうから話しかけて来たから。あと、是非今度我が家に遊びにいらして下さいって、熱心に誘われたりもしたわね。ずっと前から私と色々話がしたかったらしくて、私の事をもっと知りたいって言ってた」


 その言葉に、二人は女子特有のちょっとした歓声を上げた。だが! 


「でも、断ったの。考えておくわって」


「何でですか!!」


「どういう事ですか、もったいない!!」


 二人が揃ってサキに詰め寄る。だが、サキにも言い分はあった。


「だって、顔が魔獣とそっくりだったのよ! そんな人と付き合えないでしょ!」


「そんな事が!?」


「ある訳ないでしょ! いい加減にして下さいよ!」


 すぐにイリスが突っ込む。彼女はライザーの顔を知っているからだ。魔力持ちである彼女は魔導学校においてライザーの二つ先輩に当たる。そこでライザーを見かけた事があるのだ。


「美男子だったでしょうが! 目元がキリッとしてて、逞しくて、全体的に男らしくて! 同学年からも後輩からも、ワイルドだって一定数の人気があったんですよ!」


「そうかもしんないけど! でも、パッと見た瞬間、私、魔獣のラゼットルを思い出したのよ。なんかちょっと似てるでしょ!」


 ラゼットル、とは小型魔獣の一種で、人間ぐらいの大きさの二足歩行するシカのような生き物である。


「ラゼットル!? そんなの似てる訳……! 似てる訳……。あー……いや、似てる……? 言われてみれば、雰囲気的に、ちょっと似てるとも言えなくもないような……」


「ほらあ! そうでしょ! 似てるでしょ!」


「ラ、ラゼットルだって、目元がキリッとしててカッコいいでしょうが! 何が不満なんですか!」


「不満しかないんだけど!!」


 ド正論をサキは吐いた。とはいえ、イリスにも言い分がある。


「だからと言ってですねえ! 不満があるのは顔だけでしょう! それも微妙に雰囲気が似てるってだけで、ライザー様自体は美男子ですし、性格も良いですし! それに! ライザー様は今一番勢いのある白銀騎士なんですよ! もしかしたら最年少の黄金騎士になるかもって噂までされてて、とにかく強くてスゴい方なんですからね!」


「そんなの私の方が強いんだもの! 私の方がスゴかったら関係ないじゃない!」


 ……それはまあ確かに、とハヅキは思った。


「とにかく、ラゼットルなんかと私は付き合いたくないの! 歳も大分離れてるし、もういいのよ!」


 そう言いながらサキはぐりぐりとクッションを押し潰す。何の罪もないのに延々と責め苦を受けるクッションの気持ちをサキは考えた事がなかった。


「ですが!」


「何よ!」


 息を荒くしてまだ何か言おうとしていたイリスを、まあまあとハヅキが抑え、最終的なまとめに入る。


「つまり、アレですか。聖女様は今回も、自分の好みじゃなかったという理由だけで折角好意を寄せてきた殿方をポイ捨てにすると、そういう事ですか」


「いやいやいや、ちょっと待ちなさい、ハヅキ。それは少し言い方が良くないんじゃないの? 私だって結構ダメージを受けてるのよ。これもう、おあいこみたいなもんでしょ。そうよね?」


 が、イリスが不機嫌そうに首を横に振ってみせた。一等地にある極上の物件に対して、見た目が嫌だから住みたくないと中も見ずに足蹴にした贅沢女に言ってやりたい事は結構あった。


「サキ様はですねえ、好みがうるさすぎるんですよ。理想が高すぎますし、理想しか見てないじゃないですか。顔なんかもうどうでもいいでしょう。他に見るべきところはいくらでもあります。もっと理想を下げないと、いつまで経っても結婚なんて出来ませんからね、絶対に」


「でもでも! 理想とまではいかなくとも、妥協出来ないラインってあるじゃないの! 仕方がないじゃない!」


 今度はクッションではなく駄々をこねだしたサキを見て、あーあ……とハヅキは重い溜め息をついた。恋愛事になると、聖女様はなんでこんな残念な感じになるんだろうと。王族貴族教会達を相手取って、たったの5年で成果をもぎ取った人間と同一人物だとは全く思えなかった。まるで10代の恋愛相談に付き合わされてる気がして、これからもずっとこれが続くのだろうかと、気が重くなるのだった。

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