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2 聖女のイメージを変えた女

 今現在だけを切り取るなら、サキは身分の高いただの婚活女子にしかならない。しかし、聖女サキ、という点で見るのなら、それは邪神竜を討伐した名誉と名声がてんこ盛りな激強女というだけに留まったりはしない。


 彼女が今、『子供好きの聖女様』などと親しみを込めて巷で呼ばれているのは、邪神竜討伐の件とは一切関係がないからだ。彼女は聖女となった後の行動によって、その変わった二つ名を得るに至った。


 サキは、貧しい生活を強いられていたこの国の孤児全員を、5年でまとめて救い出してみせた。


 サキが聖女となって初めて行った事、それは邪神竜討伐の一件で得た一生遊んで暮らせるほどの莫大な褒美と報酬、それらの大半を王国内にある26施設の孤児院に寄付して回った事だった。


「私も孤児院で育ったので、そこの貧しさや辛さはよく知ってます。なので、私と同じ辛さを他の子供達に与えたくはないです」


 同時に、聖アルテライト教会には、孤児院の数を増やし人手も増やす事を粘り強く交渉した。貴族や王族にも呼びかけて定期的な支援をするようお願いして回った。


「子供達は国の宝です。将来、この国を支えてくれるかけがえのない存在です。そんな子供達が、親がいないというだけで辛く厳しい毎日を送っています。どうかそんな子達を助けてあげてくれませんか。人並みの生活を送れるよう支えてあげてくれませんか。お願いします」


 各地で演説もして回った。出来るだけ多くの人達に声を届けたかった。子供達がどんなに声を上げても貴族や王族には届かない、無関係な興味のない人達にはあの辛さは届かない、だから私が代わって伝えなきゃいけない。聖女になった私の声なら届くんだから。


 ……とはいえ、それをただの人気取りやパフォーマンスだと受け取る者も少なからずいた。もっと単純に、綺麗事を言う人間が嫌いな人間も世の中には存在している。だったらまずは自分でやったらいいだろ、人に言うだけかよ、と。だが、それらの声は次第になくなっていった。サキは既に財産のほとんどを孤児院に寄付していたからだ。彼女の事を気に食わない人間がいても、その件に関してだけは黙るしかなかった。


 また、サキは後にミュージカルの祖として呼ばれる事にもなった。子供達に楽しんでもらいたいからと、歌と踊り、そして演劇、その全てを詰め込んだミュージカルを考案し、自分自身が主演女優となって開いたからだ。


 もっとも、そこに至るまでの道のりは険しく、特に聖アルテライト教会からは断固反対された。聖女が自らやる事ではない、そんな事をされたら聖女の威厳はもちろんの事、教会の面目まで丸潰れだと。


 だが、最終的には無理矢理に押し通した。


「私がやるの! やるって決めたし、やりたいんだから、私がやる。法皇をぶん殴ってでもやるわよ。覚悟しといてよね」


 完全な力技だったが、サキなら本当にやりかねないと判断した教会は仕方無しに渋々認めた。邪神竜を葬った大剣を背中に、完全武装で大聖堂の中に乗り込もうとするサキを見て、それでも駄目だと言える勇気のある者は教会にはいなかったからだ。そして……。


 大成功を収めた。


 聖女が歌って踊って劇をやるという事で、物珍しさから劇場は連日満員だった。また、子供向けに行われた公演だったにもかかわらず、大人や名のある芸術家からの評価も高かった。一人の有名なオペラ俳優はこう評した。


「正直に言って、歌劇としての完成度は低い。歌も劇も素人臭さが目立つ。だが、楽しませてもらった。人を楽しい気分にさせるという点だけで言えば、私は満点をつけたい」


 親しみが持てると一般大衆からの聖女の評判も上がった。チケットを庶民にも手が届く値段にした事、子供は全員無料にした事、公演で得た収益の大半をまた同じように孤児院に寄付した事、この三点も聖女の評判を更に押し上げた。


 以降、サキは自分で劇団を設立し、各地で公演を開いて回った。脚本、演出も自分で手がけ、年度ごとに新しい劇を行った。その合間に、孤児院や広場に立ち寄っては子供達と遊び、楽しい時間を過ごした。こういった事から、いつの間にか『子供好きの聖女様』という名が浸透し、彼女は自然とそう呼ばれるに至る。


 また、これまで歌劇と言えばオペラしかなかったのだが、サキがミュージカルを考案し各地を公演して回った事により、庶民の娯楽として世間一般に認知されるようになった。ミュージカルを作り、それをこの国に浸透させ、一つの文化として定着させたのもサキの功績の一つと言ってよい。


「どう? 楽しかったかしら? お姉ちゃんの劇は?」


 公演の後、親に手を引かれて帰っていく子供達を見送りながら、サキは一人の小さな女の子に尋ねた。その女の子は満面の笑みを浮かべて答えた。


「楽しかった! また見たい! あと、聖女のお姉ちゃん、すごくキレイだったよ! 私も大きくなったら、お姉ちゃんみたいになりたい!」


「あらあら、ありがとう。嬉しいわ」


 またねー、聖女のお姉ちゃん! と親に連れられて帰っていく子供を眺めながら、サキは思う。


 可愛い〜〜〜!! 私も早く子供欲しい〜〜〜!!


 そして、丁度1ヶ月前。


 サキが聖女になってから5年の月日が経過した頃。


 この頃になると、孤児院の生活環境は大幅に改善されていた。サキがこれまでしてきた寄付はもちろんの事、王族や貴族からも支援や寄付を受けられるようになり、一般大衆からも協力を申し出る者が少なからず現れたからだった。聖アルテライト教会は新たに二つの孤児院を建設していたし、人手も以前より補充されていた。


 施設内で楽しそうにお喋りしながら具だくさんのシチューを食べている子供達を見て、自然とサキは微笑む。固いパンとわずかな豆しか入っていない薄いスープ、そんな食事しか出来なかった子供達はもうこの国にはいないんだと。


 もう大丈夫かな。


 5年かけての活動、その成果が実っている。


 それを実感したサキは、設立した劇団を信頼の置ける人に売却し、自身は引退する事に決めた。王都で最後の公演を行った後、以前から招かれていた王宮に賓客として滞在する事となる。それを選んだ理由はもちろん……。


 そこで良い男を捕まえて、結婚するのよ!!


 もう決心したんだから!! 私は、未来の私を不幸にさせないって!!


 ……最後のミュージカル、その公演の時にサキはこう言って最後の挨拶を観客に残した。


「私はもう、この5年の間にやりたい事を全部やりました。小さい頃からの夢も叶ったし、引退する事に一つの悔いもありません。とても忙しい毎日でしたが、楽しかったし、充実してました。生まれてきて良かったと思いました。だから、最後まで笑って終わりたいと思います。生まれてきて良かったと皆さんも思えるように、私はいつだって応援してます。幸せになるぞ、みんなもわたしもーーーー!!! がんばれーーーー!!!」


 ……教会内部の一部の人間からは、サキは悪意をもってこう呼ばれる事がある。『聖女のイメージを変えてしまった女』と。


 しかし、好意的な意味で一般大衆からもこう呼ばれる事が多い。『聖女のイメージを変えてしまった聖女様』だと。


 当の本人であるサキはどう呼ばれようと気にしない。何を言われても私は私なんだから、何か言われて変わる事なんてないもの、と。だから、好きに呼べばいいと思っている。ただ一つだけ、面と言われたらブチ切れようと思っている呼び名はあるが。


 『行き遅れの聖女』とか陰で言ってる奴らだけは絶対許さない。生涯、忘れないからね。私、恨みは死ぬまで忘れないタイプなんだから!

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