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2 誰が為に酔い潰す

 サキは、基本、アクセサリーを付けない。例えば、商店街まで買い物に行ったとしても、アクセサリー屋の前は見向きもせずに素通りする。宝石店なども同様で、一切の興味がないかのように通り過ぎて行く。


 なので、サキは、アクセサリー類を一つも持っていない。ネックレス、イヤリング、髪飾り、ブローチ、そしてもちろん指輪も。


 オシャレに興味がないのかな、とハヅキは最初そう思っていたのだが、しかし、サキは服屋には長時間入り浸るし、理髪店にも結構行ったりする。どうもそういう訳ではなさそうなので、直接理由を訊いた事があった。


 サキはだいぶサバサバした様子で答えた。


「アクセサリーって、戦う時に引っ掛けたり、邪魔になったりするからよ。敵はいつ襲ってくるかわからないから、そういうのは付けないようにしてるの」


 ハヅキは納得した。そういえば、聖女様は私服の時も、動きやすそうな服をいつも選んでるわ、と。


 そこら辺はイリスも同様で、彼女がアクセサリーを付ける時はデートの時ぐらいだったりする。そして、長くてひらひらした動きにくい服装をイリスがしているのを、ハヅキは見た事がない。


 イリス曰く、


「私も魔導学校でそう教えられたよ。騎士とか討伐者とかにとっては、ある意味、常識じゃない? まあ、みんなあまり守ってなかったけどね。その時は王都にいたから、安全だったし。あと、私がそういう服を着ないのは、単に趣味に合わないからだかんね。それに、似合うと思う? 私にそんな服。ハヅキは似合うだろうけどさ」


「……着てみれば、イリスも似合うかもしれないよ」


 何にしろ、そういった理由でサキはアクセサリーと名がつく物を一切付けない。持ってすらいない。だからこそ、二人は思う。


 もしかして、サキ様自身も、自分の指のサイズを知らないんじゃ……? と。


 なので、サキの薬指のサイズを知るには、サキに気付かれないよう、薬指に紙か糸を巻いて測る必要があった。となると、手段はほぼ一つしかない。


 寝ている間に、こっそり測る。


 以上の理由により、急遽、宴会が開かれる事となった。宴会と言うには大袈裟で、女子会と言うか飲み会となる。酒を飲ませて酔い潰し、その間に秘密裏に事を済ませようという訳である。ここだけを切り取れば、何だか、良からぬ悪巧みに聞こえるのだが、二人とも、100%善意でやっているという事は予め御承知頂きたい。


「サキ様。ただ待ってるのも疲れますし、気が滅入っちゃいますよね。今日はもう、パーッといきましょうよ、パーッと。お酒を買ってきたんで、飲みましょう。不安なんか、お酒を飲めば全部消し飛んじゃいますから」


「そうですよ、聖女様。今日は珍しくイリスも飲むと言ってますので、一緒に飲みましょう。たまには羽目を外さないと。やっぱりお酒を飲むのが一番の気分転換ですから」


 何だかパリピみたいな事を言って、サキを励ます事を名目に、二人は麦酒とつまみを買ってきていた。本音ではしこたま酒を飲ませて酔い潰そうとしている二人だったが。


 しかし、サキは気乗りしない顔を見せていた。


「今、そんな気分じゃないわ。それに飲んでる間にクレイが来たら困るじゃない」


 来ないんですよ! 絶対に来ませんから! サキ様の指輪のサイズを知るまでは、絶対に来ませんから!


 イリスとしては、そう言いたいのだが言えない。あー、もう、何でこういう時に限って、サキ様は逆の方向に行こうとするの! あなたが酔い潰れない限り、永遠に指輪は来ないんですよ! 素直に飲んで下さいよ! とイリスなどは真剣に思う。


「聖女様、もう夜も遅いですし、クレイ様も流石に来ないと思います。だから、今日はもう飲んじゃいましょう。ね?」


「イヤよ。なんかそういう時に限って、クレイが来そうだもの。飲むなら、二人で飲んで」


 誰の為にやってると思ってるんですか! 聖女様の為にこっちはやってるんですよ! 何で本人が邪魔するんですか!


 しかし、イリス同様、ハヅキもそんな事は言えない。


 そもそも、指輪が来るのを待ってるんだから、自分の指のサイズをクレイ様が知らないって、何で気付かないの!? とハヅキなどは思うのだが、実際、ユリーシャからサキの指輪のサイズを尋ねられて、二人とも、初めてその事に気付いたのだ。これは横暴というものである。


 しかしまあ、どうにかサキを説得して、粘り強く誘って、二人はやっとサキを酒の席に着かせる事に成功した。サキは酒に弱いのだから、あとは簡単に事が運ぶはずだった。


 しかし、誤算が出た。


 イリスが先に酔っ払った。


「ハヅキ、私さ、辛いよ。サキ様はもうすぐ結婚だって言うのに、私には恋人がいないし。私の何が良くないって言うの? 私、そんなに魅力ない? そりゃ、私の方から彼氏を振る事だってあったよ。浮気されたからさ。でもさあ、振られた事だって多かったんだもん。私といると疲れるみたいな言われ方してさあ。私、そんなに疲れる女なのかな。自分じゃわかんないのにさあ」


 グダグダとトグロを巻くイリス。しかも、ハヅキに絡んでくる。何で聖女様の方に絡まないのよ。私に絡まれても困るだけなんだけど、とハヅキは思うのだが、イリスは当初の目的などスッカリ忘れて、完全に酔っ払っている。


 それをサキが、あらあら、酔ってるわねえ、といった様相で、イリスの泣き上戸とハヅキの困惑ぶりをただ眺めていた。


「イリスったら、お酒メチャクチャ弱いのに無理するから。ハヅキも大変でしょ」


 そんな他人事みたいに言ってないで、助けて!


 しかし、サキからの助けは来ないのだった。


 この時には、サキも結構酔っていて、動くのが億劫になっていた。「イリス、ハヅキが困ってるわよ」と口で言うだけである。「やっぱり、飲み過ぎは良くないって事ね」と自分の事を完全に棚上げして。


 それは確かにそうなんですけど、でも、今だけは聖女様は飲み過ぎて下さい! とハヅキが熱烈に思ってる事など、当たり前の話だが想像もしなかった。


 サキは今、切ない気持ちだった。クレイ、早く来て、と思っていた。クレイの顔が見たい、クレイと話がしたい、別に婚約指輪を持ってこなくてもいい。絶対に持ってきて欲しいけど。でも、ただ、クレイと今は会いたい。もうそれだけでいい。明日にはきっと来るよね、クレイ。なんて事を思っていたが、クレイは来ない。間違いなく来ない。


 手酌で麦酒を飲みつつ、ハヅキの困ったような声をバックコーラスに、サキは窓から見える月夜をふと眺めた。


 昔の神話で、想い人と離れ離れにされ、月へと連れ帰られたお姫様がいたとかどうとか。そんな話がハマシュの教えではあったような気がする。


 サキはそのお姫様に感情移入する。絶対、寂しかったよね。悲しかったよね。切なかったよね。……クレイ、私だって今同じ気持ちなんだよ。こんなに近いのに、何でこんなに遠く感じるの。クレイ、早く来てよ。私に会いに来てよ。月よりもずっと近くにいるんだから。


 そんな事を想いながら、サキは麦酒を飲むのだった。


 ……なお、この時点から2時間以上経過した午前2時過ぎ、酔い潰れて寝てしまったイリスとサキをベッドへと一人で運び、サキの指のサイズを測ってメモし、汗だくになりながらよろよろとベッドへと倒れ込んだのはハヅキだった。彼女は一人でどうにか目的を達成していた。あの二人、絶対に許さない、後で覚えていなさい、なんて事を一切思わないのが、ハヅキという人間である。


 私、頑張った。偉い。頑張り屋さん。


 そんな風に自分を誉めるのが、ハヅキという人間であった。


 こうして、ハヅキ一人の苦労により、サキの薬指のサイズは、翌日には正確にクレイに伝えられた。サキの左手の薬指のサイズは8号だと。


 しかし、ユリーシャにその事を伝達してから3日。あれだけハヅキが苦労したというのに、未だにクレイは一切姿を見せなかった。ユリーシャからは「我が主様が宝石店に行って、黒い小箱を買って帰ってきました!」という報告を既に貰っていたにもかかわらずだ。

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