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最強で美人な聖女様は結婚がしたい  作者: 30
第一章 理想の結婚相手
22/38

21 すれ違い

 ユリーシャがかなりの緊張をしながら朝食を持って行くと、ドアを開けて姿を見せたのは昨日と同じくイリスだった。ユリーシャとしては助かったという思いだ。少なくともハヅキよりは数百倍マシだった。


「朝食をお持ち致しました」


 いつもの侍従モードに変わり、完璧なまでの一礼をする。しかし、相手は一礼を返して来なかった。別に激怒していた訳では無い。形式的な儀礼が面倒だと感じていたからだ。


「別に大丈夫ですよ。そういう事しなくても。普段通りにしてもらえればいいんで」


「宜しいのですか?」


「はい。どうせ、私達、今日か明日にでも王都に帰ると思うので。だから、もう気を遣わなくても平気ですよ。二度と来る事はないでしょうし」


「…………」


「それで、朝食でしたっけ。貰いますね」


「……はい。どうぞ」


 ユリーシャが配膳車から差し出した朝食を見て、イリスは意外そうな顔を見せた。昨晩と同じく、私達には豪華なものが出て、サキには粗末な物が運ばれてくると思っていたからだ。


 イリスはユリーシャの顔をちらりと見たが、結局、何も言わなかった。


 三人分の朝食を部屋の中に置くと、ユリーシャに「確かに受け取りました」と告げ、ドアを閉じた。別に言う必要はないのだが、普段のイリスなら絶対に言っているであろう、ありがとうございますの一言もなかった。


 ……我が主様、これ、だいぶ怒らせてますって。私じゃどうにか出来そうにないです。


 そんな感想をユリーシャは抱いた。


 実際、既にユリーシャ一人でどうこう出来る問題ではなくなっていた。昨晩遅く、ハヅキとイリスの二人は、サキを部屋のベッドへと運んだ後、荷物をまとめながら話し合った。一体、サキに何があったのかを。何でこんな無礼な真似をクレイがしたのかを。


 そして、二人なりに結論を出した。恐らくこういう事なのだろうと。多分に推測が混じっていたが、二人にとってはそれが真実となった。


 1、まず、クレイは基本チャラ男であり、サキが善人なのをいい事に、出会った当初からサキを良いようにたぶらかして、すっかり信用を得ていた。


 2、サキが聖女となった事により、チャラ男はサキを落とそうと考え、サキの気に入りそうな優しい男をずっと演じていた。純粋なサキはそれにすっかり騙され、チャラ男に恋するようになってしまった。チャラ男は地元でイキって言う。あいつ、もう俺の女みたいなもんだから。


 3、それに満足したチャラ男は、サキと遠く離れてるのをいい事に、女をとっかえひっかえして遊んでいた。そうしている内に、誰か他の女と子供が出来てしまい、仕方なく結婚する事になった。


 4、そんな時にサキがやってきた。チャラ男は腹いせとばかりに、告白まがいの事をして、サキを騙して弄ぶ事に成功。完全にゴミクズだ。


 5、そして、ゴミクズはサキを侮辱する為に、食事へと誘う。わざわざお付きの騎士の方を貴族扱いにし、サキを平民扱いするという最低なやり方で。


 6、その事に傷付いたサキは涙を流し帰ろうとする。だが、ゴミクズはそんなサキを強引に引き止め、酒をさんざん飲ませ、酔い潰して毒牙にかけようとした。


 7、術中にハマってしまったサキ。だが、こんな最低なゴミクズを天が許すはずがない。酔い潰れたサキを自分の部屋まで拉致しようとしたところを私達に見つかり、サキはどうにか助かった。しかし、心に決して消える事のない傷を負ってしまった後だったが……。


 サキの寝室に戻り、幸せそうに寝ている彼女を見て、イリスは胸が痛む。せめて夢の中ぐらいはそうやって幸せな思いをしていて下さいと。起きたら辛い現実しか待っていないのだからと。


 それについては、ハヅキも同じ気持ちだった。悪い男に騙され、良いように弄ばれ、どれだけ心に深い傷を負った事か。それを思うと、彼女も辛くなるのだった。


 二人は揃ってサキのベッドの横に椅子を持ってきて、寝ているサキが起きるまで心配そうに見守った。それは、事故に遭い大怪我を負った患者が意識を取り戻すまで見守る家族の様子にそっくりだった。なので、サキは眠りから目覚めた時にかなり驚く事になった。


「……おはようございます、聖女様」


「……おはようございます、サキ様」


 落ち着いて聞いて下さいね。あなたはもう30年も眠っていたんですよ。そんな事を言われるのかと思った。それぐらい、二人は心配そうな顔を見せていた。


「……どうしたのよ、二人とも。何かあったの?」


 何かあったのは聖女様の方です、とはハヅキは言わなかった。昨日の事はショックで記憶から無意識的に消してしまったのか、それとも私達を心配させまいと何もなかったかのように振る舞っているのか。


 そのどちらかは不分明であったが、ハヅキは極力サキの傷付いた心を刺激しないようにする事を選んだ。「いえ、何もないです」と何かあるしかない顔で答える。


「今、水とタオルを持ってきますので、お待ち下さい」


「私は、食事を持ってきます。サキ様はそのままで大丈夫ですよ。ベッドの上で食べて下さい」


「…………?」


 サキとしては謎だらけだ。起きたら何故か病人の様な扱いを受けている。時計を見ると、時刻は8時過ぎ。普段なら、7時頃にはハヅキに起こされるというのに。「聖女様、いつまで寝ているのですか。起きて下さい」と、シーツを取り上げられて。なのに今日はそれすらもない。


「ねえ、ハヅキ。絶対に何かあったでしょ。どうしたのよ?」


「……いえ、絶対に何もないです。気にしないで下さい」


 気にしろと言っている様なものだった。


 しかし、サキがどれだけ尋ねても、ハヅキもイリスも答えようとはしない。そうこうしている内に、洗顔も済み、サキのベッドの上には朝食を載せたトレイが運ばれた。


 ハヅキとイリスは小さなテーブルをベッドの近くに持ってきて、そこで自分達も食事を取る為に席に着いた。サキは一人で食事をするのが嫌いなので、ご飯は三人揃ってからと暗黙の了解で決まっていたからだ。


 しかし、サキは三人揃っても食事を取ろうとしなかった。


 二人のテーブルの上に乗っていたのが、ジャムを塗ったトーストとサラダだけだったからだ。他には何もない。自分にはこんなに豪華な朝食が運ばれてきたというのに。


「二人とも。それ、クレイが用意した物なの?」


 どこか不服そうな声にハヅキとイリスには聞こえた。二人はそうですと答えた。あのゴ……クレイ様は私達の分まで持って来ましたと伝えた。


 サキはそれを聞いてあからさまに機嫌を損ねた。クレイはそんな身分差別みたいな事をしないと、彼女は厄介信者の様な事を思った。つまり、サキは解釈違いを起こしていたのだ。クレイなら絶対に私と同じ物を二人にも持ってくると。だが、現実は違った。だから、不服なのだ。


 それを見て、ハヅキとイリスの二人は勘違いをした。サキが昨日、クレイから酷い仕打ちを受けた事を思い出したのではと考え、かなり緊張した。導火線に火が点いた爆弾を見るような気持ちで、二人はサキの次の言葉を待った。


「…………」


 サキは自然と頬を膨らませていた。この事でクレイに文句を言おうかと考えていた。


 とはいえ、サキは食事を用意される側であり、その用意してくれた食事に文句をつけるのはどうかとも思った。私だけ特別扱いは嫌だから、二人にも私と同じ物を用意して。そう言うのはあまりにも厚かましいのではないか、そうも思うのだ。


 でも。


 このまま放置しておいたら、クレイはずっと同じ事をするだろう。それは付き合ってからも結婚してからもそのはずだ。それを許容し続けるのはサキには辛かった。クレイにはそんな人間でいてほしくなかった。身分で露骨に差別するようなそんな人間には。それは単に自分のワガママであり押し付けなのかもしれない。でも、単純にサキは嫌なのだ。サキの知っている、サキが好きになったクレイはそんな事をする人ではなかったのだから。


「……二人とも。ちょっと聞いて。相談したい事があるの。二人の食事の事で」


 サキの言葉に、ハヅキとイリスは、遂に来た、と思った。覚悟を決めて昨日の一件を話す気になったのだと思い一層緊張した。


「私、食事の事でクレイに文句を言おうかと思ってるんだけど、それって言っていいと思う? わざわざ用意してくれたのに、それに文句をつけるのは流石に良くないかしら」


 この時、二人の意見は真っ二つに割れた。マイナス方向に向いた別々の意見を、真っ二つに割れたと表現するのであればだが。


「文句を言う価値すらありません。何もかも忘れて王都に帰りましょう。聖女様は金輪際関わらない方が良いです。あの男は汚物と同じ様なものです。関われば聖女様が穢れます」


「絶対、文句を言うべきです。何ならぶっ飛ばしてやりましょう。当然の報いですよ。それだけの事をされたんですから」


 それを聞いてサキは思った。食べ物の恨みってこんなに怖いのね、と。ここまで二人が怒っているとは思わなかった。朝食をあからさまに差別したクレイを確かに酷いとは思ったが、何もそこまで言わなくてもとサキは思うのだ。特にハヅキの言い様は酷かった。憎しみすら抱いている様に感じる。それは流石に言い過ぎじゃない、ハヅキ。私、ビックリしたんだけど、と。


 そんな時、部屋の呼び鈴が鳴った。また来たの、今度は何の用なの、と思いながらイリスが出ると、先程より一名人数が増えていた。ユリーシャとクレイの姿がそこにはあった。

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