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最強で美人な聖女様は恋愛力が残念だけど結婚がしたい  作者: 30
第二章 どうしてこうなった
21/21

11

 翌朝、6時。


 ユリーシャは昨晩の事を思い出して、ベッドの上で青ざめた顔をしていた。昨日は感情に任せてとんでもない事をしてしまったと震えていた。


 ユリーシャは自分の雇い主を、それもよりにもよって貴族様をチリ取りやホウキでタコ殴りにしたのである。不敬罪で牢屋に1年ぐらいぶち込まれたとしても一切文句を言えない所業であった。


 いや、でも、あれはどう考えても我が主様が悪いから。私、止めたんだし。サキ様は昔と違って聖女様になったんだからって、頑張って止めたんだから。なのに、私だけ怒られて。メチャクチャ怖かったし。だから、私は悪くない。悪いのは、我が主様だから。ちょっとぐらい私に叩かれたって、そりゃ仕方が……。


 仕方がない……。よね? そうでしょ?


 ユリーシャはふと半年ぐらい前の事を思い出した。屯所に酒を持ち込んで飲んでいた兵士がいたのだが、クレイは報告を受けたその日に彼を解雇処分にしたのだ。


 その兵士は解雇されまいと、言い訳を述べた。


「確かにどこもそういう規則になってますよ。屯所に酒を持ち込んではいけないと。でも、私が前にいた都市じゃ、屯所に酒は普通に置いてありました。仮眠する時の寝酒としてです。みんな、それについては黙認してました。ここじゃ駄目なんて私は聞いていなかったんです。一回ぐらい見逃してくれてもいいじゃないですか。これからは、持ち込みませんから」


 クレイは射込むような視線を彼に向けて言った。


「お前は敵や魔物が襲ってきた時も似たような事を言うのか。酔っている時に襲われるなんて聞いていなかった、だから一回ぐらい見逃してくれてもいいじゃないかと命乞いをするのか。何の為に規則があるのかをお前はまるで理解していない。そんな人間に、人々を守る兵士が勤まると思うか」


 そして、部屋から追い出した。クレイは他の事については寛容な人間であったが、基本、規律に関しては厳しかった。サキに対しても、規則を破った事で厳しく注意した事が一回だけある。その事が原因でケンカのようになった事が一回だけ。


 ユリーシャの頭の中に、クレイの怒った時の声が響き渡った。


「仕方がなければ何をしてもいいのか。相手が悪い事をしたら、何をしても許されると本気でそう思っているのか。お前のような身勝手な人間を裁く為に法律はあるんだ。許してもらえるなどと思うなよ」


 マジでヤバいかも、とユリーシャは再び青ざめた。事情を話せば、多分、我が主様は怒らないだろうと、これまでのクレイを見てきたユリーシャはそう楽観的に考えていたのだが、そうではない可能性だって十分にあった。仮に怒っていなかったとしても、それはそれ、罪は罪だ、と言い出す事も考えられた。


 そうなればクレイは手心を加えようとはしないだろう。ユリーシャは牢屋にぶち込まれ、罪人の烙印を押される事になる。自分が色々と甘く考え過ぎていた事に、今更ながら彼女は気付いた。


 だって、我が主様が全然貴族らしい感じじゃないから! それに私は、我が主様が貴族じゃなかった時から付き合いがあるんだし! ついついやっちゃう時だってあるじゃないの! そもそもチリ取りとかホウキが近くにあったから、それが悪いのよ! なかったら、私、あんな事しなかったし! だから、私は悪くない! 絶対、悪くない!


 そんな風にどうにか責任転嫁を試みるユリーシャであったが、不安と重苦しい気持ちはどんどんと増すばかりだった。


 このままずっとベッドにいたい、と彼女はマジで思う。部屋の中から出たくない。我が主様と顔を合わせたくない。いっその事、逃げ出したい。でも、逃げたら絶対捕まえに来るだろうし。それだったら、我が主様に謝り倒してどうにか許してもらった方がいい。許してくれるかはわからないけど。


 あー、マジでヤバい、ホントマジでヤバい、どうすんの、私。最悪なんだけど。この前、街に行った時に占い師に占ってもらったら、運勢は最高でそれがしばらく続くとか言われたのに、あのペテン師、適当な事言いやがって、金返せよ。三千クランもしたのに。それだけあれば、ブルーベリータルトが2つも食べれたのに。あー、最悪。マジで最悪。ホント、逃げたい。マジで逃げたい。


 そんな事を思いながらも、重い足取りで嫌々ながら洗顔や着替えなどを済ませ、更に重い足取りでユリーシャは調理場へと向かった。朝食を取る為と、クレイに昨夜の事を謝罪する為にだ。


 下手したら、これがここでの最後の朝食になるのかも、明日からは牢屋の中で臭いと評判のご飯を食べる事になるのかもと震えながら。


「……おはようございます」


 恐る恐るドアを開ける。クレイはやはりいた。自分の分の朝食と、恐らくサキ達の朝食を作っているのだろう。4つ置かれてあるトレイには既に何品かの料理が並んでいた。エプロンを付けながら動いているその様は、料理人と言うより、家族の為にご飯を作る主婦の様にユリーシャには見えた。


「起きたか」


 クレイがレタスなどの生野菜を皿に盛り付けながら言った。その声にユリーシャは心臓が縮こまる思いだった。普段よりも、冷たい声のように感じたからだ。


「早速で悪いが、こっちに来て、昨日の事情を説明して欲しい。昨晩、何があった? まずは話を聞こう」


「本当に申し訳ございませんでした! 深く反省しております!」


 ユリーシャは勢いよく頭を下げた。だが、彼女の頭上に降ってきたのは、罵声でも怒声でもなかった。


「いや、謝らなくていい。単に話を聞きたいだけだ。別に怒ってはいないし、どうこうするつもりもない。安心してくれ」


 今度は普段よりも優しい声に聞こえた。いや、でも、我が主様が内心では激怒していて、こうやって油断させといてからいきなり、みたいな事も有り得る、とユリーシャは思った。


「……もしかして、私に希望を与えておいて、後から絶望を突きつけるつもりなんですか? よく小説に出てくる、味方の振りした悪役のように。それだけ怒ってたりするんですか」


「お前は俺をどういう風に思ってるんだ」


 クレイは小さな息を一つ吐いた。それから、少々申し訳なさそうな表情を見せる。


「昨日、何があったのかは知らないが、お前があれほど怒るんだ。俺が悪い事をしたに決まってるだろう。だから、その理由を知りたいんだ。お前だって、理由も知らずに俺に謝られても許す気にはなれないだろう」


 その言葉に、今度こそユリーシャは安心した。あ〜〜〜〜〜〜〜、良かった〜〜〜〜〜。やっぱりいつもの我が主様じゃないの。心配して損したかも、こうなったらメッチャ文句言ってやる、とユリーシャは急に強気になった。


「我が主様、是非聞いて下さい。昨日は、本っ当に大変だったんですからね。もう一生分の恐怖体験をしたと言っても間違いじゃないですから。本っ当の本っ当に怖かったんですからね」


 そして、ユリーシャは話し始めた。昨日、どれだけ私が我が主様の代わりに謝ったかを。三万回ぐらいは謝りましたと、過大な表現を彼女は付け加えた。怖すぎておしっこ漏らしちゃうかもと思いました、と言わない方が良い感想も混じえた。この時は侍女モードではなく、素の状態だったので、だいぶがさつな言葉が入り乱れた。


「…………なるほどな」


 全てを聞き終えた後、クレイは沈痛な面持ちでそう一言だけ発した。そして、片手を額に当て床を眺めた。


 クレイとしては良かれと思ってやった事が全て裏目に出たのだ。


 そのせいで、ハヅキとイリスはもちろんの事、ユリーシャにも不快な思いをさせてしまった。その事にクレイは大いに落ち込んでいたし、思慮が足りなかったと、深く反省もしていた。


 仮にサキが聖女でなかったとしても、二人はきっと激怒していただろうなとクレイは思う。私達の方だけ、こんなに良い待遇を受けた。サキを馬鹿にしているのかと。


 サキにそんな親友がいるのは、クレイにとっても嬉しい事であったが、そうも言ってられない事態になってはいた。


 目の前で膨れ面をして、ユリーシャはクレイの事を睨みつけている。クレイは素直に謝罪の言葉を述べた。


「……すまなかったな、ユリーシャ。俺のせいで、お前にまで嫌な思いをさせてしまった。許してほしい。百万回謝れというなら、そうしよう。俺に出来る事であれば、何でもするから」


「え、じゃあ、今度ブルーベリータルト買ってきて下さい。2つお願いします。それで許しますから」


 ユリーシャはだいぶあっさりとしていた。むしろ、ラッキーだと思っていた。謝罪の言葉だけでは、心はともかくとしてお腹は膨れないからだ。ハヅキが前に言っていた言葉を適用するのなら、彼女は扱いやすい女となるのだが、ユリーシャにだって言い分はある。罰を受けるかもと思ってたのに、何のお咎めもなく助かったのだから得したでしょうと。加えて好物をタダで貰えると言うのであれば、彼女に文句はなかった。


 とはいえ。


「我が主様。私はそれでいいですけど、ハヅキさんとイリスさんはそうもいかないと思いますよ。今日にも王都に帰りそうなぐらい怒ってましたから。サキ様にとりなしてもらった方がいいんじゃないですか? あと、その朝食も出さない方が良いと思いますよ」


 ユリーシャが視線を向けたのは、ハヅキとイリスの分の朝食だった。と言っても、見分けは全くつかないのだが。クレイは三人に全く同じ品を出すつもりだったからだ。蜂蜜を塗ったトースト、サラダ、目玉焼き、豚肉を焼いて味付けしたものを少々、そしてブドウ入りのヨーグルト。


「お付きの二人には食事を出す必要はないです。それも、蜂蜜とかヨーグルトとか、こんなに高価な食事を出したら絶対また怒りますよ。だから、これはサキ様にだけお出しした方が良いです」


「……だが、それはあまりに酷くないか? 高価な物だけ抜けばそれでいいと思うんだが……」


「じゃあ、普通のジャムを塗ったトーストにサラダだけにして下さい。他はなしで。それぐらいなら、まあ、そんなに怒らないと思いますから」


「……お前は、そうした方が良いと思うか?」


「はい。でないと、私、持ってきませんからね。怒って顔面ビンタされたら嫌ですし」


「…………」


 クレイは仕方なく、ユリーシャの言葉に従った。昨日、ユリーシャの言葉に従っておけばこんな事態にはならなかったからだ。


 ただ、気持ち的にはクレイは嫌な思いをしていた。サキにだけ豪華な食事を出し、他の二人には簡素な物しか出さないというのは、彼の性格上、考えられない事だったからだ。


 これが例えば他の貴族の侍女であったなら、クレイは割り切って、ユリーシャに言われるまでもなくそうしただろう。だが、今回の相手は、サキとサキの友人二人である。いわば、客人が三人来てるのと同じだ。そういう風にクレイは思っている。


 だからこそ、身分が違うという理由で、サキの友人相手に露骨な区別をするのに対して、彼は嫌悪感を抱くのだった。サキだって、絶対にそんな事を望んではいないだろうとクレイは思うのだが、ハヅキとイリスの気持ちを考えると、強くそうも言えないのである。


 ……なお、余った二人分の朝食はユリーシャが貰える事になった。今日は凄い得したな、と彼女は単純に喜んでいた。普段は生のパンにジャムをベタベタと塗った物を食べていたからだ。何でトーストにしないのかとクレイは思うのだが、単に面倒だからである。


 久しぶりに人並みの食事が出来ると、ユリーシャはご機嫌だったが、その前に、激怒していた二人のところへ食事を持っていかなければならないという事を彼女は失念していた。

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