プロローグ
遥かな昔から、この王国には一匹の巨大な竜がいたと伝わる。
何百万もの人々を殺し、幾つもの都市を滅ぼした、歴史上、最悪の魔物。
その竜により、王国の人口の6割は消え、国土の2割は焦土と化したと伝説では語られる。
聖アルテライト教の教典には破滅を司る邪神と記され、ハマシュの教えでは世界を滅ぼす祟神と伝わる、正しく神話上の怪物。
だが、最後に記録に残されてから、はや600年。その間、竜は何処かへと姿を消し、ただの一度も姿を見せる事がなかった。
女神が世界の最果てに封じたのでは? いや、長い眠りについて力を蓄えているだけだ。違う、そもそもそんな竜など初めからいなかった、ただの伝説だ。いやいや、どこかでもうとっくの昔に死んでいて死体が見つかっていないだけだ。
色々な説が囁かれ、様々な憶測が飛び交った。神話や古文書にその存在は数多く残りながらも、最早、本当に実在したのかすらも怪しまれていた最強の化物。
そんな竜を。
傷一つ負わず討伐した者が、突如として現れた。
若く美しい女性。長く柔らかな金髪と、吸い込まれそうなほど綺麗な紫色の瞳を持つ美人。名をサキ。サキ・ソレイル。
彼女の偉業は瞬く間に国中に伝わり、驚嘆と歓呼の嵐を巻き起こした。『神殺しのサキ』という二つ名が彼女にはつけられたが、それもごくわずかな期間だけだった。
聖アルテライト教会は邪神を討ち滅ぼした彼女を聖人として認定し、こう宣言したからだ。
「破滅の化身たる邪神竜を討伐したこの者こそ、女神が我ら人間の為に地上に遣わして下さった『聖女』である」
この時、サキは22歳。それまでは辺境の魔物討伐者でしかなかった彼女の人生が大きく変わった瞬間でもあった。