第一話 「愛しいレンブラント」
「お客様……本当によろしいんですか…?こいつは魔法を使えませんし、教えるなら一から叩き込む必要があります。それに“天技”も使えることが出来ないです。力も、ただの人族ですから強い訳ではないですし……。」
「大丈夫だよ。金は払った。早速準備をお願いするよ。」
「か…かしこまりました…おい、お前ら準備だ!」
太った館長が部下たちに準備をさせる。
それにしても随分と余裕がある客だと館長は思う。
(どうしてあの客は、ろくに書類も見ずにあの商品を選んだんだ……? フンッ、まぁいい。いつまでも売れ残りそうな感じだった商品だ。衰弱死する前に売れてこっちは万々歳だ。)
ガチャリ、と錠前の音が響く。
檻と足を繋いでいた鎖が外され、中から奴隷が引き出される。
(見た目は薄汚れてるが風呂にでも入れたら綺麗になるだろう。顔はそこそこだな。相変わらず気だるそうにしてやがる。)
館長はそう思いながら言い始める。
「では、奴隷がお客様に逆らわぬよう、焼印を施します。お客様の血液を1滴いただきますので、こちらのナイフで手を切って…」
「いや、必要ないよ。」
「へ…? い、いえ、しかし、お客様。印が無いまま外に出したら奴隷は何をしでかすか分かりません…!逃げ出したり…最悪の場合、お客様を害そうと…」
「大丈夫だ。それより水場を借りてもいいかな?」
「は、はあ……か、かしこまりました。お、おい、案内しろ!」
「へい!」
子分たちが奴隷と客を水場へ案内し、最低限の汚れを落とす。
しばらくして、奴隷と客は館から出ていった。
外には馬車が待っていた。
それなりに高価そうな造りの馬車に客と商品が乗り込んでいく。
「ご購入、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしてます。」
「あぁ、また来るよ。」
そう言って客の男は穏やかな笑みを浮かべて去っていった。
「……。」
「親分、なんだか変わった奴でしたね。焼印も入れないなんて、あんなの初めて見ましたよ」
「あぁ、ほんとだよ。まぁ売れる見込みが無かったガラクタが売れたんだ。文句は言えねぇ」
「確かあの商品って、人さらいから卸された商品でしたっけ?」
「ああ。ここを始めたてでとにかく商品が欲しかったからな。特に取り柄も無いが買ったんだ。まぁ数合わせだ」
「まぁ、結果オーライッすね。売れそうにない奴が片付いて」
「ああ。」
そう言いながら、走り去っていく馬車をぼんやりと見送った。
ーーーオルト視点ーーー
「………。」
俺は、馬車の窓から流れる景色を見ていた。
外を見るのは、約2年ぶりだ。
感動してる……はずなんだけど、それよりも緊張の方が勝っている。
馬車は4人乗り。
貴族が乗るような豪華な装飾ではないが、しっかりとした造りだ。
上級冒険者たちが使っていそうな実用的なデザイン。
俺の目の前には、俺を ”買った” 2人の人物が座っている。
窓から視線を戻し、そっと目を向けると――
男と目が合った。
まあ、目の前に座ってりゃ当たり前か……
「やぁ、初めまして」
男はサラリとした黒髪のストレートヘアを揺らしながらニコッと笑って話しかけてくる。
「は、初めまして…」
「まぁ緊張するのも無理ないさ。僕がどんなやつか気になるかい?…まぁ安心してよ、君を道具みたいにこき使う訳でもないし、酷い扱いもしない。ほら、焼印をしてないだろう?」
そう言って、男は首元――本来なら焼印を押されるはずだった場所を指さす。
言われて、自分でもそこをそっとなぞってみる。
「……はい」
「うんうん。信用してくれて嬉しいよ。…じゃあ、早速始めようか、シルク、紙をもらえる?」
「……その前に、自己紹介した方がいいんじゃない?」
シルクと言われた女性は男に指摘する。
「そうだった!! ははは、すっかり忘れてたよ」
男は軽く頭を搔いて笑いながら、こちらを向く。
「では、改めて。僕はエルド・レンブラント。こっちは妻のシルク・レンブラント。よろしくね」
「よろしくね」
並んで微笑む2人。
夫婦かい………
2人揃って笑顔が似合ってる。
「僕は…」
「オルトくん、だよね?」
「……はい、オルトといいます。よろしくお願いします。」
(被せてきた、マイペースな人なんだな)
「これからよろしくね、僕のことは ”エル” って呼んでよ!」
そう言いながら、エルはシルクさんから貰った紙と僕を交互に見ながら紙に、何かをスラスラと書き始めた。
「………。」
書き物に集中している様子。
何を書いてるのか気になるけど、熱心な様子を邪魔するのも気が引ける。
見られて少しはずかしいので目線をどこかに移そうとキョロキョロしてると、シルクさんと目が合った。
穏やかで優しい目
ニッコリと微笑まれる。
どう反応していいか分からなく、俺は無理やり笑顔を作る。
居心地が……
その時だった。
ふと馬車が止まる。
同時に、エルが「ヨシッ!」っと何かを書き終えた声を上げた。
「着いたから、降りようか!」
「着いたって………どこに…?」
「見ればわかるさ」
その言葉と同時に、執事服を着た男が馬車の扉を開けた。
執事……?
ってことは、この人たち、やっぱり只者じゃなかったのか。
というかあんまり移動してないぞ…まだ王都内か?…
2人が降りたあと俺も降りる。
馬車から降りた俺の目に、見慣れた景色が飛び込んできた。
「ここは……」
すぐ見て分かったがここは王都の王城に近い富裕層が住むエリアだ。
冒険者をしてた頃に簡単な配達依頼で来たことがある。
エレル王国の王都アリュシアは中心にある王城に近づくほど標高が高くなる。
ここからは、王都の商業区や住宅が眼下に広がって見える。
上からの景色は、まさに絶景だった。
「——!?ッ………でか……」
後ろを振り返って、思わず声が漏れた。
門の向こうには、信じられないほど広い敷地と、壮麗な屋敷がそびえ立っていた。
驚愕のあまり唾をゴクリと飲む。
ここは王城が近く、かつ商業街への利便性も良い。
しかし、メリットが多い分、地価が高い。
地価の高いこのエリアで、こんな広さ……
貴族でもこの広さの土地を持ってるやつは中々いないだろう。
本当に、何者なんだ……?
「お帰りなさいませ、荷物をお持ちいたします。」
「ありがと。新しく1人連れてきたから、案内役をつけてあげて」
「ご用意しております。」
執事とメイドが出迎え、荷物やらローブやらなんやらを手際よく回収していく。
案内役……
なんの事だ?
するとオルトは振り返る。
「オルト君、いや、オルト」
「は、はい」
エルが真っ直ぐ俺を見る。
その瞳は、惚れ惚れするほど綺麗だった。
覗いてると、まるで吸い込まれそうな。
引き込まれていく瞳。
「ひとまず、案内役を君につける。一通りここのことを君が知ったら、もう一度君に会いに行くよ。」
「その時って、何を……?」
「君が、ここで生きるか、自由になるか、その答えを聞かせて」
「!?ッ…………。」
エルの言葉に思わず驚きが顔に出る。
驚きを隠せない。
奴隷は自由という言葉に敏感だ。
それは奴隷が皆自由になりたいが故だろう。
だから、普通買ったばかりの奴隷にそんな事を軽々しく言えるわけが無い。
(……自由って何考えてんだ…)
「自由って何考えてんだ……か。確かにそう思うのも無理は無い。」
「ッ!!」
「ふふ、驚いたような顔だね。だいたい最初はそんな顔されるよ。まぁなんで自由になりたいか聞くのはおいおい分かるはずだ。」
こいつ俺の心を読んだぞ…
そういう魔法があるのか?
それとも天技か?
どちらにせよ、とんでもなく恐ろしい……
人の思考が読めるわけだ。
脅威的の他ならない。
「とりあえず、そんな感じでいいかな?」
エルは俺に微笑みながら確認する。
いや、聞きたいことまだまだ沢山あるんだが……
なんで心が読めるのとか。
ココがどこなのかとか。
エルが何者なのかとか。
……まあでも、どうせおいおい分かるし、いいか。
空気的に今聞けないし。
聞いた時のリスクとリターンを天秤にかけてだね、俺は聞かない選択をするべきだと思うわけだ。
「………はい。」
「うん!じゃ、……」
エルは満足そうに言う。
同時に、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。
「ようこそ。レンブラントへ。」