プロローグ
2032年
今や世界を動かすまでに成長した複合企業アルカディアは、原発事故で消滅した青波を含む四都市の跡地に、理想都市を築き上げた。
——ルミナシティ。
かつての国家は、この都市をアルカディアに委ねる決断を下した。
技術提供を条件に政府と交渉を重ねたアルカディアは、最終的にルミナシティの完全自治権を獲得。
これは単なる企業都市の枠を超え、事実上の新国家の誕生と言えた。
ルミナシティの中心には、天を衝く巨大な塔——エテルナ・スパイアがそびえ立つ。
その塔を守るかのように都市の中枢を覆うドーム型の構造体——エテルナ。
そして、その外周には、市民の暮らす広大な居住区域——シヴィタスが広がる。
この都市は、アルカディアの掲げる理念『最適化された未来』を体現するものだった。
すべてのインフラはルミナスネットワークによって統制され、ルミナイト技術によるエネルギー供給、ナノインプラントを通じた健康管理、交通・通信・経済活動の最適化——
人々の生活は、すべてデータと計算によって管理されていた。
犯罪はゼロ。失業もゼロ。あらゆる問題は未然に排除され、理想的な社会が築かれた。
***
チリン
『おはようございまーす!ミラリスです♪ 現在、6月13日、午前6時になりましたよ!』
ルミナシティの気象管理システムミラリス。
彼女の時報で、シヴィタスの朝は始まる。
チリン
『今日のルミナシティのお天気は快晴!お日さまポカポカで、最高に気持ちいい一日になりそうですね♪』
住人達の視界に映し出されるHUD内で、彼女が動くたび、髪留めに付いている鈴が揺れる。
チリン
『でも、シヴィタスの外は一日中雨みたい。お出かけする人は、傘を忘れないでくださいね!』
「なんだよ、雨か……。仕事終わったら鳳灯街に行こうと思ってたのに」
シヴィタスの公共交通機関である重力制御トラムに乗り込みながら、若者が呟く。
「壁の向こうまではミラリスちゃんの管理も届かないからな。それにベルトは元々雨が多いだろ……はぁ〜、しかしミラリスちゃん可愛いなぁ」
HUD越しに映るミラリスを眺めながら、同僚らしき男がため息を漏らす。
光あるところには、必ず影もある。
藍碧に輝く理想郷もまた、影を孕んでいた。
シヴィタスの外周を囲う鋼鉄の壁。その向こう側——。
そこには、ルミナベルトと呼ばれる地域が広がっている。
ベルトと呼ばれるそれは、世界から弾き出された者たちの終着地。
シヴィタス入りを夢見た者たちの残響。
ベルトは、アルカディアの統治と外の世界の狭間で、独自の社会を形成していた。
アルカディアのお膝元でありながら、外の世界からの影響を受けず、異なる価値観と秩序が根付いた場所。
シヴィタスとベルトを繋ぐ四つのゲートは、ルミナシティと外の世界を結ぶ交易拠点として発展し、いつしか歓楽街——ナイトリングと呼ばれる区域となった。
その中でも、鳳灯街は港に面したウエストゲートに位置し、ルミナシティ内外から多くの観光客が訪れるベルト随一のナイトリングとして華やかな賑わいを見せていた。
しかし、鳳灯街の繁栄は、ただの偶然ではない。
そこには、見えざる支配者の影があった。
紅王会。
この街の秩序を作り、利権を牛耳る存在。
歓楽と交易の中心である鳳灯街は、彼らの手によって管理されている。
そしてまた、彼らは例外ではない。
ナイトリングは四つ存在し、それぞれ異なる勢力によって支配されている。
東、西、南、中央——
ルミナベルトに広がる四つのナイトリング。
それぞれが独自の秩序を持ち、表と裏の顔を使い分けながら生きている。
ルミナシティの光が強く輝くほど、その影もまた、より深く濃くなる。
そして、その影の中で生きる者たちがいる。
影に取り残された亡霊は、世界の狭間で何を見るのか——。