36リリーシェ勝負に出る
リリーシェは宮殿に入ると一目散にユーリの部屋を目指した。
もうすっかり日は暮れて夜も更けて来た。
ユーリの部屋の前には護衛がいた。
「中に入れて」
「リリーシェ様?一体こんな時間にどうされたんです?」
「ユーリ様を助ける方法がわかったの。これよ」
リリーシェは自慢げに小さな小瓶を見せる。
「あの小瓶ですか?でも、失敗だったと聞きましたが」
「これはあの時の中身とは違うの。竜神様の涙が入ってるの。だからユーリ様はきっと目覚めるわ!」
「ですが勝手なことは出来ません。私の一存では部屋には入れることは無理です。明日の朝、宰相様と相談して下さい」
護衛は中にはいれられないと突っぱねる。
「今夜しかないのよ。だって今夜は聖夜でしょ?あなた。聖夜だから効き目があると思わないの?」
「まあ、確かに今夜は特別な夜ですけど……」
「もういいわ。勝手に入るから」
「ですが…何かあったらどうする気です?」
「私の命に変えてもユーリ様を絶対に助けるから…お願い。見逃して」
「仕方ありませんね。でも、一度でだめなら諦めて下さい。後の事は明日にして下さい。約束出来ます?」
護衛も今夜は聖夜だからと、リリーシェを部屋に入れてくれた。
部屋にはもう誰もいなかった。
ユーリはあれから一度も意識を取り戻していないし息さえしていない。ただ心臓だけが動いているだけだ。
「ユーリ?聞こえてるんでしょう?きっと聞こえてるはずよね。私よ。リリーシェよ。私が絶対にあなたを助けるから…今夜は聖夜だって知ってた?神殿の竜神様の涙の雫ならどんな病気も治せるんだって、だからあなたも絶対に良くなるはず…」
リリーシェはカーテンを開ける。月は満月でちょうどユーリの部屋に光が差し込んでいる。
月明かりでサイドテーブルにあった水差しから小瓶に少し水を垂らす。小瓶を揺すって中の涙の結晶をもう一度よく溶かす。
ユーリの首に手を入れてユーリの顔を持ち上げると小瓶の中身を自分の口に含ませた。
ゆっくりユーリの唇を開かせて口の中に少しずつ少しずつ小瓶の液体を流し込んでいく。
口に含んだ液体を口の中に入れると今度はユーリの喉の奥に流れるように上体を少し起こして喉を上に向かせた。
喉を液体が通って行くのを確かめるとまたユーリをそっと寝かせた。
「ユーリお願い目を覚まして…神様どうかユーリの呪いを解いて。お願い…」
リリーシェはユーリの寝ているベッドの端に跪き手を合わせて祈る。
しばらく静かな時間が流れた。
「………」
何の変化も起きない。
「どうして?」
リリーシェはユーリの顔を覗き込む。
青白い顔。呼吸していない唇。冷たい身体。
「どうしてなの?ユーリは私を助けるためにこんなになったのに…どうして私はユーリを助けられないのよ!」
(待って。そもそもユーリの呪いは解けたわけじゃなかったって事?番殺しを使って無理やり私の事を忘れさせただけって言ってたわよね…と言うことはユーリは呪い返しに会った訳じゃなく、最初の呪いが再発したって事?
そう言えばレックスは呪いを解くには番の命を分け与えればいいって書いてなかった?
ジェスが力を与えたけれどだめだったのはそれが番じゃんかったからかも。みんなが止めたから出来なかったし、どうすればいいかもわからなかった。
今だってどうやったら竜力の命を分け与えるのかなんてわからない。でも、やってみる価値はあるわ。)
リリーシェはぎゅっと唇を噛みしめるとユーリの横たわるベッドの上に上がった。
着ていた簡素なワンピースの裾をめくりユーリにまたがる。
一度大きく息を吸い込んんで、ぎゅっと唇を噛みしめる。
あまりの緊張で唇から血がにじむ。
(そう言えば血液も効果があるかもって書いてあった。すっかり忘れてた。こうなったら一緒に注げばいいわ)
リリーシェは今まで生きて来た人生で最大の緊張と決意でユーリの顔に近づく。
ゆっくりとユーリのその冷たい唇に自分の唇を押し付ける。
冷たい唇に触れた瞬間ビリっと電気でも流れたかのような感覚が走った。
猫が驚いたみたいにビクンと身体が跳ねる。
(初めてのキスは3年前学園を卒業する少し前だった。ユーリの番だって思えるようになって彼に好きだって告白してそしてキスして…もう、こんなこと思ってる場合じゃないわよ。早く竜力をユーリに注がなきゃ…)
ゆっくりキスの感触を味わう余裕もなくこんな行為をしたこともないのに。
なのにまるでわかっているかのように自然と手が唇が動く。
ぐっと身体中に力を込めるとユーリの唇にその力を注ぎ込む。
全身全霊でユーリを助けたいと。
魂が燃え尽きてもいいと。
その想いがベールのように身体中を真っ赤に包み込んでいく。
身体中が痺れ、心臓は激しく鼓動して、脳の中心が焼ききれるのではないかと思うほど頭が痛んだ。
それでも、ユーリが目を覚ますまでは絶対に諦めないとその想いだけで。
ただ、ユーリのあの紺碧色の瞳を見たいと。
あの揺れる銀髪と柔らかく微笑む顔が見たいと。
リリーシェはただひたすら力を注ぎ込む。
「バ~ン!」いきなり扉が開かれる。
しびれを切らした護衛がリリーシェを部屋から連れ出そうとしたのだ。
「リリーシェ様いい加減…うわっ、これは一体、どうなってるんだ!おい、誰か来てくれ!」
ベッドの上でリリーシェの身体は真っ赤な炎に包まれたようになっている。
そこにちょうど月の明かりが窓から差し込み、その真っ赤な炎を青白い光が包み込もうとしていた。
リリーシェの発する赤い光とユーリから湧き起こる青白い光。
それはふたりの身体を包み込み、その様はまるで青竜と赤竜がもがき苦しむうな姿に見えた。




