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彼とまた会う日まで

作者: 島津 亜紀

彼は何を思ってこの道を走っていたのかな。

日記では親と喧嘩した翌日のようだった。

どの曲をかけのかな


車を走らせる、彼は日記の中でよく長野に向かうのだが新宿で間違えて高速道路を降りてしまって嘆いていた。

あぁ、たしかに出口の車線がまっすぐだ、道なりだと曲がるのか。

彼が失敗した時の口癖を思い出して(『なんでさ!?』)懐かしくなる。


その日は間違えなかったようだからきっと勝ち誇った顔していたわね。

なんなら『騙そうたってそうはいかない』ぐらい独り言を言っていそう。


最初は物や土地に話しかける彼は変人にしか思えなかった。

でも日記を読んでいると新宿の出口が彼のライバルのように思えてくるから不思議だ。

次に来る時はわざと降りてみようかしら。


「私とは仲良くしてくださいね」

(別に騙そうとしてなかった)


新宿の声が聞こえた気がした。


車を新宿から西へ進める。

曲を選ぶとしよう。

この土地に馴染んできて彼の趣味が分かってきた。

「映画の曲ばっかり」

一丁前に恋愛映画のもある、役には立っていなかった。

こういった映画でみな刺激の強い恋を求めるようになるのだろう。


澄んだ朝の空気

きっと彼はこの曲を選んだはず

よく口笛を奏でていたよね


あら?

あぁ、この国の人は本当に恋愛が好きなようだ。あれは山の斜面にラブレターを描いてるのか。

あんなに大きなもの貰っても困るだろうに。


八王子、高尾山を通り過ぎたここ、この場所で彼はいつもと違う道を選んだ。


いつもは彼が愛してやまない長野、松本に向かうのにこの時は突然と道を逸れている。


北西から南西へ


何故だろう、親と喧嘩した自分を松本に見せたくなかったのかな。

多分、松本は気にしなかったと思う。


私も道をなぞろう。


走らせてるとリニアーモーターカーの線路が見えてきた。

この国は飛行機や新幹線なんて速すぎるものがある、なのにさらに新しいものを作ってしまうのだから感心する。

人生の長さを捉えられる人ほど生き急ぐ、きっとこの国の人たちは人生観をしっかり捉えているのだろう。

私は歩く事が多かったけど、最近は彼の車に乗るのがちょうど良い。


耳が痛くなってきた、標高が高くなってきたのだろう。

カーブを抜けると突然に富士山が見えてきた。

あぁ、この景色の道路は素晴らしい。

日記にあった通りだ、彼の感動にも頷ける。


静岡から見る富士は日輪に相対して鮮烈な色合いだが、山梨から見る富士は日輪を背に柔らかな荘厳さを周囲の景色とともに作っている。


高速道路を降りる、彼もこの景色をゆっくり味わいたかったのかな。

富士急ハイランドが道路の出口の真横にある。

この景色を味わえる子供たちは幸せだろうな。

絶叫は聞き流しておこう。


高速を降りてすぐに目的の富士スバルスカイラインがある、彼の目には運命の啓示ように映ったんだろう。

口癖のようにセレンディピティって言っていたっけ。

彼の好きな英語のタイトルだと最近知った。

変にオシャレな映画を見ているのよね。


富士を駆け上がる、たった数リットルのガソリンで5合目まで行けてしまう。

やっぱり車って凄い。

「ゴローくん、頑張って」

うちの車はナンバーからゴロウと命名されている。


本当に爽やかな朝だ、窓も屋根も開けてしまおう。

森の香りがする、水の気配がする。

優しく迎えられた気がした。


道を駆け上がるにつれて脇に残雪がちらほらと見え隠れするようになってきた。


5合目


ここまで来ると山の頂上が見えてくる

偽ピークかもしれないけど

大きめの休憩所もある、日記だと展望台で感動していたら写真撮影を何回も頼まれて困ったと書いてあった。彼らしい。


彼にまた会えたら頂上まで一緒に登りたいな。


同僚は富士は見る山で登る山ではないと言っていたがワクワクしてる彼とならきっと楽しいだろう。


展望台にまだ人は少ない、叫んでしまおうか?

「早く戻ってこーい!」


叫べなかった、でも頑張った。

きっと彼には届くはず、そうであるべきだ。

届かなかったらアイツの耳が悪いと叱ってやろう。


散策してると人が増えてきた、登山をするのだろうか。

そろそろ4合目に戻ろう

彼はそこのベンチで数時間過ごしたらしい。


4合目

たしかに景色は良い。

うねる山並みと稜線に漂う雲が壮大だ。

富士山のせいで北側の山に遅れた朝焼けのモルゲンロートが残っている。


「これを独り占めにするのは堪らないな」


コーヒーでも飲もうか。

鼻腔をつく香ばしい香りはいつだって気分を良くしてくれる。


景色を眺めながら本を読んで昼になったら山を下ろう。


日記ではホウトウを食べているけど店までは書いていない。


でも分かる、きっとお店のおすすめでも食べてる。


日記をたどって行こう、これからも。


いない彼に触れていられる時間が私を暖かくしてくれる

彼は亡くなっていないです、また日記もほぼ読まれていることは知っています。


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