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一人アルプス一万尺

作者:

 皆さんはアルプス一万尺という遊びを知っているだろうか。小学生から中学生にかけて見たことがあるだろう。素早い手の動き、長年の積み重ねが集結しているあの謎多き競技だが、今回注目するべき点は…





「一人アルプス一万尺」である。





 アルプス一万尺とは基本的には2人〜の手遊びゲームでお互いに手を叩き合って遊ぶといった物であるが私みたいなボッチでも気軽に遊べそうではあるが、この一人アルプス一万尺にはとあるうわさがある。



 よく知られているアルプス一万尺ではなく、アメリカ民謡であり、独立戦争のときに歌われた愛国歌、ヤンキー・ドゥードゥル(Yankee Doodle)に歌詞をつけたものいわゆる「元ネタ」のアルプス一万尺を鏡の前でやることだ。


 

 まず元ネタのアルプス一万尺は歌詞が29番まであり、コレを覚えなければならない。

 そして、鏡は全身映るものでなければいけないといった条件がある。



 丁度給料日だったこともあってか高いはずの全身鏡が安く思える。



 後は歌詞を覚えるだけだが、ここで「一人アルプス一万尺」をやった後どうなるかを説明しよう。


 

 29番まで噛まずに歌いきると1番に戻って、また29番まで手遊びするといった無限ループが起こることだ。手遊びしてる本人は1番〜29番までをゆっくり歌っている感覚になり、第三視点から見ると高速でアルプス一万尺をやってる様に見えるとのこと。



 だが、これには抜け穴が存在する。鏡を壊せばいいのだ。壊すことによってその呪いを解き放つことができるので、やる際は「パートナーが近くに居ること」、「術にハマったら鏡を壊してもらうこと」の2つが必須である。



 最初にボッチでも安心とか言ったやつ手を上げろ。だいたいパートナーが居るんだったらそいつとアルプス一万尺やればいいだろ。



 だがこの年になって友達一人もいない私は一人でするしかなかった。



 よし、歌詞も覚えたし早速やってみるか。



1:アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さぁ 踊りましょ

2:昨日見た夢 でっかいちいさい夢だよ のみがリュックしょって 富士登山

3:岩魚釣る子に 山路を聞けば 雲のかなたを 竿で指す

4:お花畑で 昼寝をすれば 蝶々が飛んできて キスをする

5:雪渓光るよ 雷鳥いずこに エーデルヴァイス そこかしこ

6:一万尺に テントを張れば 星のランプに 手が届く

7:キャンプサイトに カッコウ鳴いて 霧の中から 朝が来る

8:染めてやりたや あの娘の袖を お花畑の 花模様

9:蝶々でさえも 二匹でいるのに なぜに僕だけ 一人ぽち

10:トントン拍子に 話が進み キスする時に 目が覚めた

11:山のこだまは 帰ってくるけど 僕のラブレター 返ってこない

12:キャンプファイヤーで センチになって 可愛いあのこの 夢を見る

13:お花畑で 昼寝をすれば 可愛いあのこの 夢を見る

14:夢で見るよじャ ほれよが浅い ほんとに好きなら 眠られぬ

15:雲より高い この頂で お山の大将 俺一人

16:チンネの頭に ザイルをかけて パイプ吹かせば 胸が湧く

17:剣のテラスに ハンマー振れば ハーケン歌うよ 青空に

18:山は荒れても 心の中は いつも天国 夢がある

19:槍や穂高は かくれて見えぬ 見えぬあたりが 槍穂高

20:命捧げて 恋するものに 何故に冷たい 岩の肌

21:ザイル担いで 穂高の山へ 明日は男の 度胸試し

22:穂高のルンゼに ザイルを捌いて ヨーデル唄えば 雲が湧く

23:西穂に登れば 奥穂が招く まねくその手が ジャンダルム

24:槍はムコ殿 穂高はヨメご 中でリンキの 焼が岳

25:槍と穂高を 番兵において お花畑で 花を摘む

26:槍と穂高を 番兵に立てて 鹿島めがけて キジを撃つ

27:槍の頭で 小キジを撃てば 高瀬と梓と 泣き別れ

28:名残つきない 大正池 またも見返す 穂高岳

29:まめで逢いましょ また来年も 山で桜の 咲く頃に

 

(アメリカの民謡参照)



 歌いきった、達成感があるからもう一度しよう。


 5回目からになるとだんだん早口ができるようになりスムーズにアルプス一万尺ができるようになった。


 相手は鏡に映った自分だからこそ親近感が湧き出て、のめり込んでしまうような感じがした。



 数時間後…



 何回目からだろう…こんなにもアルプス一万尺をしているのに疲れない。このままずっと続くのかな?



 数日後…



 手は赤く腫れ声も枯れはてもう無理だと思っていたが、自分では止められない。

 


 いや、手はある。鏡が壊れればいい。このまま何日続くか分からないが、確かに鏡に少しひび割れができている。


 




 私は必死にアルプス一万尺をやった。もう声は出ない、だが少しずつ鏡が割れてきている。


 

 もう少し…もう少し…



 

 そしてその時が来た…




 鏡は割れた…救われた…何日経ったんだろうか…早く…水を…水を…



 そう思っていたが私がいた空間は水平線まで真っ白くなっていた。


 

 ここは、何処だ。


 私は辺りを見回したが家ではないようだ。

頭がおかしくなって幻覚でも見ているのかな?だったら少し休もうか。私はその場で眠りについた。


 

 何日ぶりだろう…こんなにゆっくりできる時間は…。私は寝た、ゆっくり寝た。自分が気持ちよくなるまで寝た。





 少し深い眠りについていたようだ。起きるとするかな。



 ハッ…



 な…なんだ、何故目の前に割れたはずの鏡があるというのだ。しかも私の意思ではなく勝手に手が動いている。


 さっき割れたんじゃないのか…あれが幻覚だったというのか。



 嫌だ…もう…アルプス一万尺をやりたくない、やりたくない…



 その時だった、バリンッ…という音がした。


 私の名前を叫ぶ声がした…


 

 鏡を叩いていたドン…ドン…という音に近所の人が気づいていたのだそう。


 今度こそ助かった。私は喜びのあまり目を覚ますと、鏡に映っていた自分の姿を見て驚いた。


 髪は一本も生えていなく、筋肉はほぼ無く骨の形がくっきりと残っている。大分老けていたようだ。





 私は今、病院にいる。それもそうだ、体調不良もあるが立つことすらできない体だから入院することになった。


 話を聞くと1年弱アルプス一万尺をしていたそうだ。よく生きていたと自分でも思っている。



 これが山奥でやっていたならもっと地獄が待っていただろう。まぁでも、行きていたからよかった。



 さて眠りにつくか…








 ん~~よく寝た。開放さたからか凄く体が軽い。美味しいものでも食べたい気分だ。

 

 彼は寝ていない。そもそもこの真っ白な空間には睡眠や食欲も一切湧かない空間だ。




 彼は目から血を出しながらこの真っ白な空間でただ一人、孤独に苦しんでいた。彼が辿り着いたのは「妄想」であった…



 助かった感覚になりたくて…


 ずっとずっと笑っていた…


 

 笑って…笑って…笑って…



 


 この人の体は既に腐りきっており亡くなっています。亡くなった事も分からず、魂になってもまだ真っ白な空間で鏡に向かい笑った自分を見ながら一人アルプス一万尺をするのであった。

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