第三話『あぽておしす魔術研究所』
お気に入りのキャリーケースを両手に掲げながら、目線を上下左右に送る。
それでも視界に全てが入りきらないほどに、アポテオシス魔術研究所の建物は壮大だった。
ドラゴンでも通すのかと思うほど大きな玄関と、それを囲む真っ白な壁と柱。至る所に美しい彫刻が入る建物の優雅さは王城にも引けを取らない。
王城の外装なんてしっかりと見たこと無いけど・・・・
「それでは、頑張ってくださいね・・・」
馬車から出てきたマギアが名残惜しそうに言ってくる。
「マギア先生・・・」
改めて言われると胸の奥が熱くなる。魔術学校でのマギアとの思い出・・・基本的に怒られてばっかだったけど、優しいところもあったな・・・
魔術学校での生活がフラッシュバックする。
初めての上級魔術の実践で大失敗、校舎の1割を破壊。
実験用の魔物を部屋で飼って脱走を許す。数十人の生徒を病院送りにした。
違法な魔石を闇市で入手。二ヶ月ほど牢屋に入れられた。
いや、ろくな思い出がないや・・・・
マギアにも優しくされた事なんて無かったと思う。良く退学にならなかったな私。
物思いに更けていると、勢いよく建物の扉が開く。
目力の強いとんがった耳を持つ人物が現れる。エルフだ。
「こんにちは! 君が噂のフィアス・キトリノかい? ようこそアポテオシス魔術研究所へ!! そしてこれからよろしく!!」
私はこの人物を知っていた。
数多の魔術書の著者にして、魔具開発の第一人者、そして百五十年前からこのアポテオシス魔術研究所の所長を務める現代最高峰の魔術師。
レオナルド・マギ・ビルカリス その人である。
ー
「ここが君の部屋だ!」
レオナルド所長が元気よく案内をする。
何故かは分からないがマギアも私の後をついて来ている。まるで保護者だ。
部屋は想像の十倍は広かった。
天蓋付きのダブルキングサイズベッド。丸い茶会用のテーブル。おそらく目の飛び出るほど高級なソファ。備え付きのキッチン。清潔なバスルームとトイレ。そしてこれら全て置かれていても余りあるスペース。
大枠の窓で部屋全体を照らせるほど日当たりも良い。
広すぎて落ち着かないな・・・
「ちなみに屋外のプール、地下の大浴場とサウナは24時間いつでも利用可能だからな」
「はぁ・・・」
規模の大きさに言葉を失う。
流石は魔術大国アポテオシス。優秀な魔術師への援助がこれほどのものとは・・・
「そうだ! 図書室は?図書室はどこにありますか!?」
大事な事を忘れるところだった。私がここに来た一番の理由は、アポテオシス魔術研究所の蔵書である。世界一の魔術研究所の図書室も世界一に違いない。
所長につかみかかる私をマギアは引き離す。
所長は笑いながら答える。
「残念ながらアポテオシス魔術研究所に図書室は無い・・・」
「・・・え?」
「あるのは図書館だ。私たちが東館と呼ぶ建物、そこに無数の魔術書が敷き詰められている」
目を見開く私を見据えて所長は続ける。
「図書館の本は無制限、無期限で借りてくれて構わない。いい発想が浮かんだら、そのまま書き込んでくれても構わない。私たちの目的はただ一つ。最高の魔術を創る事、それだけだ!」
「改めて、アポテオシス魔術研究所へようこそ フィアス・キトリノ」
はっきり言おう。
最高だ。