自宅にて
「サナンダジュ軍は我々が奪った要塞を取り戻そうとはせずに現在の戦線を維持する戦法に切り替えております」
アヤック軍の総司令官であるベリコフ将軍が帝都の城の中でゲオロギー大帝に報告をしていた。3箇所の要塞を抑えた自軍からは魔道具を通して定期的に連絡が入ってきている。それによると散発的な戦闘は毎日あるものの一時の大規模な攻撃はなくなりサナンダジュ軍は気味が悪いほど静かだと言う。
「奴らは冬を待っておるのか?雪が積もれば我が軍の方がずっと有利になるのはわかっておるだろうが」
「いかにも。こちらが掴んでいる情報では彼らの前線部隊の兵士はかなり疲労が蓄積しておる模様です。おそらく戦線を維持しながら兵士の入れ替えを行なっておるのではないかと推測されます」
ベリコフの言葉になるほどといった表情になる大帝。
「ふん、兵士を入れ替えようが我が軍の脅威にはなるまい。奴らが戦線を維持するのであれば付き合ってやろうではないか。雪が積もれば一網打尽にする準備にかかるのだ。物資、弾薬、兵士を街道に送る準備をせい。この冬で一気に決着をつけるぞ」
「仰せのままに」
アヤックはサナンダジュとグレースランドとの密約を知らない。これに関してはサナンダジュ側が情報が漏れない様にしっかりとコントロールする事が出来ていた。
「アヤック軍が我々の戦闘に付き合ってくれているのは助かるな」
「冬まで待つつもりでしょう。欺瞞情報を流しております。疲労している部隊の入れ替え中であるので戦線を維持するにとどめていると。まぁ実際に一部はその通りなのですが」
サナンダジュの王都で国王とイワンが話をしていた。今のイワンの説明を聞いて納得した表情になる国王。ラームはすでに南に向かっていたのでこの場にいるのは2名だけだ。
「それでチャドは北に向かっておるのだな」
「その通りです。彼は3つ目の1本だけ残す街道の先にある要塞が見える場所に向かっております。1つ目の要塞の指揮はワイスコフ、2つ目の要塞はスカーレットがそれぞれ見ております」
イワンの報告に鷹揚に頷く国王のサナンダジュ5世。
「グレースランドの魔法使いが事を起こすのは今から20日後か」
「いかにも。彼らとの会談ではグレースランドの代表よりは魔法使いは転移の魔法が使えるのでマッケンジー河を渡れば2日もあれば北部戦線に行けるだろうと申しております」
サナンダジュ5世は魔法を使うことはできないがそれでも転移の魔法を習得することが難しいことは知っている。現にサナンダジュでは転移の魔法が使える魔法使いは1人もいない。もちろんチャドも魔法を使うことはできないし死んだグルチャもそうだった。
「それにしてもとんでもない魔法使いだな。元々魔法使いが多いグレースランドだとは聞いておったがそれにしても化け物級だろう」
「2万の我が軍の兵士を魔法1発で全滅させる程の力量を持っている魔法使いです。おそらくグレースランドの中でもその男くらいでしょう。チャドに聞きましたところ転移の魔法はまず会得が難しく我が国では誰も会得できておりません。また文献によると転移の魔法を会得したところでその距離はせいぜい数十メートル程度とのこと。その点から見ましてもグレースランドの魔法使いは今まで見たこともない規格外の魔法使いとのことです」
「そんなのがゴロゴロいてもらっては困る。イワン、アヤックとの戦闘が落ち着いたらチャドと共に魔法使いの教育のプログラムの見直しをしろ。いつまでも他国に頼るというのは相手に弱みを握られているのと同じだ。将来を考え自前で育成していくのだ」
「畏まりました」
そのグレースランドではマーサが再び北西の要塞に出向いていった。ブライアンの仕事が終わった後の後処理の交渉を任されたのだ。今回はアレックスは王都のイーストシティに残り魔道具でのやりとりとなる。そのブライアンは今は王都の自宅で待ちの立場だった。
「わしは来年引退しようと思っているのだ」
ブライアンの自宅を訪ねてきたマシューとワッツ。リビングのソファで3人で座って雑談をしている時にマシューがぽつりと言った。彼の言葉に顔をあげてマシューを見るブライアンとワッツ。
「いつまでも老人が上に居座っておっては組織が硬直する。ケビン宰相には内諾をもらっておるんだよ」
そう言っているマシューはどこか達観した表情だ。
「私の後任はマーサだ。当人にはまだ言ってはおらぬがな。これもケビン宰相から内諾をもらっている。彼女は私よりも優れた魔法使いだ。その上性格、知識、リーダーシップも文句のつけようがない。彼女に任せておけば安心できる」
魔法師団の師団長ともなると定年というものはない。いわば自分が居たいだけ居ることができるポジションだがマシューはそれではダメだという。
「時代は動いている。以前通用した考えが今は通用しないこともある。常に新しい発想をする必要があるんだよ」
「辞められた後はどうされるんです?」
マシューは聞いてきたブライアンに柔和な顔を向けた。
「孫の相手をしてのんびりと過ごすつもりだよ。この年まで家庭のことはほとんど家内に任せっきりだった。向こうから愛想を尽かされる前にこっちからやらないとな」
笑いながらマシューが言った。
「ワッツはまだ若い。お前さんは前任から師団長を引き継いでまだたくさんやることがあるだろう。この国はお前さんの様な若くてフットワークがよく、そして柔軟な発想を持っている人の時代になっているんだよ。ワッツとマーサが中心となって国を守ってくれ」
マシューそう言われたワッツは黙って頭を下げていた。
「ブライアンは今回の戦争の後はどうするつもりなんだ?田舎に戻って地方を回って人のために魔法を使うのか?」
「そのつもりです」
「お前が辺境領に引っ込んだらここにいるワッツやマーサが話相手が居なくなって寂しがるぞ」
そう言われてそれも気になってはいたんですよというブライアン。
「マシュー師団長、そしてワッツ、マーサと王都で出会った人たちは皆良い人達です。皆私のことを色々と考えてくれている。田舎から出てきた何もしらない自分に取ってはそれが大変有り難かったんです。その後も時間があれば顔を出してくれる。王都でリラックスできるのも皆さんが顔を出してくれるからです」
ブライアンが言うと肩に乗っていたフィルもそうそうと頷いている。
「なら田舎に引っ込んでも良いがたまには王都に顔を出したらどうだ?陛下も宰相もこの家はすでにブライアンの持ち物になっているとおっしゃってたぞ」
ワッツがそう言うと肩に乗っていたフィルが言った。
『そうしなよ、ブライアン。田舎と王都を行ったり来たりしたらいいじゃない。フィルも妖精もこの家は第二の故郷だと思っているの。居心地がいいのよ』
「フィルがそう言うのなら陛下の言葉に甘えてこの家は残しておいてもらおうか」
フィルとのやりとりを聞いている2人。妖精の言葉はわからないがブライアンの言葉から妖精がこの王都の家を気にいっているのがわかった。
「妖精もこの家は第二の故郷と言ってるから今回の戦争が終わったら正式に陛下にお願いしてみますよ」
「そうしろ。陛下のことだ問題なく受けてくださるぞ。ただまた陛下がお忍びでやってくる覚悟はしとけよ」
ワッツが笑いながらそう言うとマシューとブライアンもつられて笑った。




