交渉前の要塞にて
グレースランドからの正式な公文書、つまりサナンダジュの文書に対する返信を受け取った騎士は馬を駆けて王都に戻ると騎士団のラームよりサナンダジュ5世に手渡した。その翌日に王城にて軍議が持たれた。その場にはラームはもちろんだが魔法師団師団長のチャドと情報部のイワンも列席していた。
「予想通りにマッケンジー河以南への進軍の放棄を条件に付けてきたか」
帝王の言葉で打ち合わせが始まった。
「それでお主たちの考えはどうだ?」
「恐れながら目下の所、我が国の脅威は南ではなく北にあります。北の狐の侵攻をしっかりと食い止めることが我が国の繁栄に繋がるものと考えます。また南にはキリヤートではなく今回応援を頼んだグレースランド、ここの魔法使いとは事を構えないのがよろしいかと」
情報部のイワンが言った。隣に座っている騎士団師団長のラーム、魔法師団師団長のチャドも大きく頷いている。特にグレースランドの魔法使いの所で大きく頷いていた。彼ら2人は魔法使いの実力を目の当たりにしている。
「確かにいかな我が国であっても北と南を同時に相手にできる余裕はないな」
いかにもと答えるイワン。
「そして目下のところ気にすべきは南ではなく北だ」
自分で確認する様に言う国王。3人は黙って頷くだけだ。
「ラーム、チャド」
「「はっ!!」」
2人は名前を呼ばれて即答する。
「グレースランドの魔法使いだがこの手紙の書き方では1人でやりそうな感じだ。本当にその魔法使い1人でやれるとおもうか?」
「私とラームはあの魔法使いの魔法を実際に見ております。無詠唱でとんでもない威力の魔法を発動されることが出来るのは間違いありません。今回の仕事も彼1人で普通に成し遂げられると考えます」
魔法師団師団長のチャドが言った。隣でラームも私も同意見ですとチャドの発言に続いて言った。そうかと頷く帝王。
その後も打ち合わせをした4人。
「これで良いだろう。すぐに交渉に入ってくれ。3人とも頼むぞ」
サナンダジュ5世の言葉に頭を下げる3人。サナンダジュ王国にとって国の存亡をかけたこの交渉には現在の軍のトップ2人が担当し、イワンはマッケンジー河にある自国の要塞にて待機することとなる。
帝王の命を受けた3人は護衛の騎士や同行する役人らとともに王都を出ると一路南を目指して行った。北の戦線は気になるところではあるがサナンダジュ軍の大部分を北部戦線に送り込んでおり短期間で状況が悪化することはないだろうと言う判断を下す。
ラームとチャドが北方戦線の部隊に出している命令は、
戦線の維持に努めよ。こちらから進軍する必要はない。
というものであった。
指示は出しているが魔道具である通信機器を使っての日々の状況の確認をしながらの南の国境へと移動していった。
マーサ、アレックス達が王都を出てから10日後、肩にフィルを乗せたブライアンも転移の魔法で移動をして北西の要塞入りをした。キリヤートとサナンダジュとの戦争の時程ではないがそれでもそれなりの数の騎士、魔導士達が要塞に詰めている。出迎えてくれたマーサに続いて要塞の中に入って扉を開けた部屋は会議室になっており、そこには情報部のアレックスがおりブライアンを出迎えた。2人が乗った馬車は昨日この要塞に着いたらしい。
「サナンダジュの交渉団はまだ着いていないみたいなの」
挨拶が終わってテーブルに座るとマーサが言った。
「こちらの手紙の内容について検討するのに時間が掛かっているということ?」
「恐らくな。ただ最終的には受けるしかないんだけどな」
アレックスが言った。部屋にはこの3人以外にこの要塞の責任者である騎士団のジェイクと魔法師団のパットが同席している。彼らとはキリヤートの援軍で出向いた時にもいたので既に顔見知りだ。
肩に乗っていたフィルがそこから飛び立つとブライアンの前で空中で停止して両手を差しだした。その仕草で気がついた。
「ごめん、忘れてたよ」
『もう。だと思ったわよ』
収納からペリカの実を取り出すと両手で受け取り、左肩に座ると美味しそうに食べ始めた。周りはもう慣れっこになっているので微笑みながらやり取りと見ている。
「フィルに頑張ってもらわないとね」
『任せておきなさい』
マーサの言葉に腕で胸を叩きながら真っ赤な口で応えるフィル。
ブライアンが合流してこちら側の打ち合わせが始まった。
「この3か所の街道だが、建前上は我々は知らないことになっている」
アレックスの言葉に頷くブライアン。自分達の諜報能力を敵国に自慢するほど愚かではない。
「サナンダジュが街道全てをつぶしてくれと言われたら断るつもりでいる。捕虜の送還用に1本は残しておくというのが表向きの理由だ。実際は1本街道を残すことによってアヤックとサナンダジュとの緊張状態を今後も継続させるのが狙いだ」
王都でした事前の打ち合わせを再確認する形で説明を進めるアレックス。
「この3つの街道の内2つを使用不能にするという前提で話をするが、1つの街道に1日という事でやれるか?」
アレックスがブライアンを見て聞いてきた。
「1か所に1日、問題ありませんね。最初の街道をつぶしたら転移をして次の街道に向かいますので。街道をつぶすのは2日でいけます」
あっさり言うブライアン。肩に乗っているフィルも全然問題ないねと言っている。
「わかった。では最後の街道だ。ここでやってもらいたいことは街道の先、元々サナンダジュの要塞であった要塞を奪回する手助けをしてもらう。まぁ手助けと言っても実際はブライアンが1人でやる事になると思うが」
「そうでしょうね。それに1人の方が動きやすい」
「具体的にアイデアはあるの?」
マーサが聞いてきた。
「実際その場で要塞を見た上で判断しますけど要塞の背後のアヤックに続いている街道は一部を破損させます。その上で要塞ごと氷漬けしてしまおうかなと」
「なるほど。凍らせてしまえばサナンダジュの連中がほとんどそのままの状態の要塞を手に入れることができるな」
ブライアンのアイデアを聞いたアレックスが言った。ブライアンもその通りですと言ってから
「あまり血は見たくないのでね」
と付け加えた。
「ブライアンは3か所を今言った方法で攻略してくれればお役御免だ。そのままグレースランドに戻ってきてくれて構わない。あとはこちらでやる」
「わかりました」
最後のお勤めだ。国王陛下から頼まれてもいる。しっかりとやり遂げようとブライアンはアレックスとマーサらを見て頷いた。




