国王陛下直属の魔法使いだから
陽の光が差し込み明るく暖かいリビングに置かれているソファとテーブル。マーサはずっと黙ってアレックスの話を聞いていた。彼女に限らずブライアンを知る友人、そして国王陛下ですら彼には多大な負荷をかけているという認識がある。
その一方でブライアンという稀代の魔法使いの能力を使うことによって混沌としている大陸情勢を一気に落ち着かせ、グレースランドが長きに渡って安寧を得ることができるとも確信していた。マーサ個人の思いはあるがそれよりも自国の安全を最優先に考えるべきだと考えている。
一呼吸おいて説明を始めたアレックス。それは王城内で国王陛下、宰相の下で騎士団、魔法師団、そして情報部の責任者達が議論を重ねて出した結論だ。
「なるほど。3本の街道の内2本は完全に破壊するが1本だけは破壊せずに残して置くということですね」
アレックスの話を聞いていたブライアンが言った。
「その通りだ。どこを残すのかはサナンダジュに決めさせれば良い。破壊する2本の街道はブライアンにお願いするとして、山の南側の出口付近にある要塞の奪回はサナンダジュにさせれば良いだろう。背後からの物資の補給がなくなればアヤック軍は放って置いても自滅するしな」
黙って頷くブライアン。
「そして1本だけ残すのは捕虜の送還に必要だろうという名目が立つ。ただこの残す街道については完全に残すのではなくある程度、つまり北からの物資や兵士の輸送に支障が出る程度の破壊は必要だと考えている」
2本の街道の破壊は問題ないだろう。山あいにある街道だ。土砂崩れを起こさせれば行き止まりになる。ただ残りの1つの街道については破壊の加減が難しそうだ。これは現地を見てみないとなんとも言えない。
「1本だけ残した街道の先にある占領されている要塞についてはどうしますか?」
「理想は要塞はそのままで兵士のみの殺害だろうが要塞ごと破壊しても構わないと考えている」
それまで黙っていたマーサがアレックスの説明が終わると言った。
「今彼が言った作戦が成功すればサナンダジュは北のアヤックと1つの街道だけを挟んで常に対峙することになる。アヤックの南進も簡単じゃなくなるしサナンダジュは常に北に注意を払わないといけない。つまりアヤックとサナンダジュの緊張状態が今後も続くことになって結果マッケンジー河より南側のキリヤート、そしてグレースランドは安心できるということになるの」
そう言ってから安心と言っても未来永劫じゃないけどねと付け加えたマーサ。
「わかりました。やりましょう」
そう短く答えたブライアン。
「自分もグレースランドの一国民です。それに国王陛下直属の魔法使いでもある。国の為に尽くすのは当然です。皆さんが考えたこの作戦がグレースランドにとって最も良い作戦であるのであればその作戦を成功させる為にやりますよ」
その言葉に頭を下げる2人。
「サナンダジュとの交渉はマーサが全権大使として担当することになった。私は交渉には同席しないが北西の要塞には出向いて現地で彼女をサポートすることになる」
「なるほど。では私とフィルも皆さんと一緒に移動して要塞で待機しましょう」
その言葉で2人がブライアンを見た。
「ここにいても同じですよ。であれば現地に近い方が色々と便利でしょうから。それにひょっとしたらすぐにでもやってくれと言われるかも知れません。冬まで待つとは限らないでしょう?」
その通りだとアレックスは言う。季節が雪の季節に決まった訳ではない。サナンダジュ軍の状況如何では今すぐにお願いすると言ってくるかも知れない。
「そうして貰えるとこちらも助かるわ。サナンダジュとの交渉では一歩も引かないつもりなの。ブライアンが動きやすい様に交渉するつもりよ」
「お願いしますよ」
『フィルも応援するよ』
それまでブライアンの肩の上に乗って黙ってやりとりをを聞いていたフィルが手を振りながら言った。それでフィルの言っている意味がわかったのだろう。
「フィルの為にも頑張らないとね」
声を出したマーサが微笑んで言った。
『そういうこと』
うんうんと頷きながらフィルが言った。
ブライアンに説明を終えたアレックスはその足で王城に引き返すとマシュー師団長、ワッツ師団長らに事情を説明した上でケビン宰相と会談を持った。
「わかった。ブライアンがOKしてくれたのであれば直ちに我が国の回答書をもたせよう。と同時にアレックスとマーサの2人は旅立ちの準備をしてくれ。陛下には私から報告をしておく」
翌日の朝、騎士団の騎士3名が馬にのって一路北西の要塞を目指して駆けていった。その2日後にはアレックスとマーサが馬車に乗って同じ様に北西の要塞を目指していく。
ブライアンは馬車が出てから10日後に転移の魔法で要塞に飛ぶことになった。10日後にはマーサとアレックスが要塞に着いているからだ。
マーサらが旅立った後、ブライアンはいつも通り王国内の人がいない場所で魔法の鍛錬をする。午前中は鍛錬、午後は自宅でのんびりといったいつものルーティーンを守って生活をしていたブライアン。
マーサらが王都を出てから4日後の午後にワッツとマシューが自宅にやってきた。
「要塞の部隊から連絡があった。こちらの公文書を運んだ兵士達が要塞に着いたらしい」
自宅のリビングに座るなりワッツが言った。
「これからサナンダジュに渡してそして彼らがサナンダジュの王都に報告。そして王都から交渉権のある使者を派遣して交渉が始まるという流れになるだろう」
となると具体的な交渉がスタートするのは今から2週間後前後になるということだ。現地についてから交渉が始まるまで1週間から10日程待機になりそうだなと頭の中で計算をするブライアン。
「グレースランドとサナンダジュとの会談の場所は?」
「キリヤートが河の南にある彼らの要塞の中にある部屋を提供してくれることになっている。話し合いはそこで行われる」
ブライアンの質問には今度はマシューが答える。
「この種の会談というのは国の面子のぶつかりあいだ。普通なら時間がかかるものだ。ただ今回は事情が事情ゆえにそう時間がかからないだろうと我々は見ている」
続けて言ったマシューに顔を向けるブライアン。
「私の仕事は変わらないでしょう。合意になって要請が来れば直ぐにマッケンジー河を越えてサナンダジュの領内を転移しながら北を目指します」
その言葉に頷いた2人。
「サナンダジュ側の交渉人に誰が出てくるのかは分からないがアレックスの予想では騎士団師団長のラームか魔法師団師団長のチャドのどちらかは出てくるのではないかと見ている」
一番最初にシムスの街の前で対峙した2人だなと彼らの顔を思い出したブライアン。逆に彼らがいれば自分の魔法の威力を知っているだけに交渉は短時間で同意するかもしれない。その思いをそのまま前に座っている2人に伝えると、
「おそらくその通りだろう。ブライアンの魔法の威力を知っている2人が今回の要請をしてきていると思われる」




