ブライアンの本気 その2
もの凄い数の魔法が一斉にブライアンめがけて飛んできた。地面は爆ぜ次から次へとブライアンが立っているであろう場所に魔法が飛んでくる。
魔法師団が魔法を打ち終えるとそこは大きな土煙が舞い上がっていた。
「これだけの魔法を喰らったのは初めてだろう。それにしてもせっかく用意した船を沈めやがって。この準備にどれだけ時間がかかったかと思っておるのだ」
まだ舞っている土煙を見ながらグルチャが言った。
「余計な邪魔が入りましたな。かくなる上は部隊を移動して橋を渡って攻め入るしかありません。侵攻は遅れますがまぁ予定の範囲内でしょう」
同じ様に舞い上がっている土煙を見ていたジザフが言った。彼はブライアンの魔法を見た時はその炎の大きさに驚いたがその後の魔法師団の一斉魔法を見て気を取り直している。若造1人にあれほどの魔法が必要でもないだろうがと思っているが口には出さずに黙って見ていた。
対岸では船が沈んだ後しばらくしてから大量の魔法が1箇所に向かって飛んでいくのが見えていた。
「大勢の魔法使いが魔法を撃っているが彼は大丈夫か?」
もうもうと舞い上がる土煙で対岸の様子が見えない中キリヤートの責任者であるロックが言った。
「おそらく大丈夫でしょう。私は彼の魔法の威力を知っている。彼の強化魔法はまず破られない。それに妖精もついているしね」
「そうだとしてももの凄い数の魔法だったぞ」
マーサの言葉にもまだ半信半疑と言った口調のロック。隣に立っているハーツもロックと同じだった。ブライアンが優秀なのは知っているがそれでもあの数の魔法をまともに受けて無事でいられるはずがないだろうと。
もうもうと舞っていた土煙も時間が経てばゆっくりと風に流されていく。身体がちぎれて何も残ってはおるまいと決めてかかっていたグルチャ。船を無くしたのは痛手だがまだいくらでも手はあると部隊を戻そうと声を出そうとしたその時、周りの兵士が叫ぶ声が耳に入ってきた。
「おい!あいつ生きてるぞ」
「立っている!」
「何だと?」
顔を河岸に向ければそこには魔法を打つ前と全く同じ格好をした魔法使いがその場に立っていた。よく見ればその足元は抉れておらずそこだけが綺麗な河原の土地のままだ。
その肩には妖精が乗っている。全てが自分たちの魔法を撃つ前の状態だ。
「何故だ?何故あれだけの魔法をまともに受けて生きれいられるのだ」
グルチャは信じられないと言った表情で目の前に立っている男を見ている。それはその隣に立っているバットもそしてジザフも同様だった。驚愕している3人を見てブライアンが言った。
「大したことがない魔法で偉そうにするんじゃない」
『そうだそうだ、全然大したことないわよ』
ブライアンがそう言うと肩に乗っているフィルも全然ダメねと言った様子で左右に手を振っている。
「この前侵攻した時に言ったよな。もう2度と来るなって。そう言ったにも関わらず懲りずにまたこうしてやってきて人の領土を奪い取ろうとしている。悪いが今度は許さない。2度目はないんだよ」
「魔法師団、魔法を撃て、最大の魔法を撃つのだ。あいつを殺すのだ」
叫ぶ様に言ったグルチャの声を聞いた魔法師団が再び詠唱を始め、その後に大きな魔法をブライアンにぶつけるがその結果は同じだった。舞っていた土煙が消えるとブライアンはその場で何もなかったかの様に立っていた。
ようやくグルチャに恐怖が湧いてきた。こいつは何者だ。あの魔法を全て弾き返していただと?この場になってようやく最初の侵攻でその場から引き返してきた魔法師団副師団長のチャドが言った言葉が嘘ではなかったのだと気がついた。だがもう遅かった。
ブライアンが右手に持っている杖を上に突き出すと天から何万という雷が地上に落ちてきた。その雷は全てがサナンダジュの兵士に直撃する。一度の魔法を撃ったあとその場で生きている者は誰もいなかった。狙い済ました魔法が一人一人に直撃する。
ブライアンの魔法の一撃で2万近いサナンダジュの兵士が死んだ。グルチャもバットもそしてジザフも。幹部将校達も兵士隊も皆魔法の一撃で命を落とした。ブライアン以外にその場に立っている者は誰もいなかった。
対岸から事の次第を見ていたマーサら。サナンダジュが2回目の魔法を撃ったが無事だったブライアンを見ていると彼が杖を上に突き出し空から見たこともない様な大量の雷が落ちてきたかと思うとその場が静寂に包まれる。
「……倒した…のか?」
しばらく誰も声を発しなかった中、声を絞り出す様にしてロックが言った。マーサもハーツも何も言わずに前を向いたままだ。すると彼らの前にブライアンが姿を現した。肩にはフィルが乗っている。
「ご苦労様でした」
そう言って頭を下げるマーサ。それを見たハーツもロックも慌ててブライアンに頭を下げた。
「これで南侵する気がなくなればいいんだけどな」
と呟くブライアン。
「恐らく最低でも5年。まぁ7年は大丈夫でしょう。彼らだって馬鹿じゃない。今回の結果を見てまだ南侵を検討するとは思えない。それに自国の軍を再編成して訓練して仕上げるにはすごく時間がかかるものなの」
マーサが言った。それならいいんだけどね。と短く言うブライアン。ハーツは黙ってやりとりを聞いていたが目の前で起こった事をまだ受け止めることができずにいた。彼が知っている魔法師団の連中の中でもマーサやマシューの魔法は一段も二段も上の威力がある。その魔法を見たことがあるハーツだが、たった今見た魔法はマーサらの魔法が魔法じゃないと思える程の大きな差があった。何という魔法使いだ。と思うと同時に彼がグレースランド所属の魔法使いで本当に良かったと思っていた。
マーサは河の向こう岸でブライアンが放った魔法の威力を見た時に全員が生き残っていないだろうと瞬時に理解する。優秀な魔法使いだからこそブライアンの魔法を喰らった敵軍がどうなるのかが予想できた。1発の魔法で敵を全滅させている。
「ブライアンはこのまま王都に戻って報告をお願いできるかしら。私たちはこのままキリヤートの首都に向かいますので」
ブライアンは分かったと頷くと腕輪に魔力を通す。お疲れ様という声に軽く片手を上げたブライアン。フィルもバイバイとマーサに手を振ると、杖で地面を叩いて彼の姿がその場から消えた。
彼の姿が消えるとマーサがロックを見て言った。
「さぁ私たちはこのままシムス経由でキリヤートの首都に向かいましょう。今回の報告と戦後処理がありますからね」
ロックはもう一度対岸を見た。見える範囲で立っている者は1人もいない。燻った煙がそこら中で立ち上っていた。
桁が違いすぎる。
我にかえったロックは一部の兵士を見守りに残すと残りの兵士を引き連れてまずは北部州の州都であるシムスの街を目指していった。




