ブライアンの本気 その1
北の狐が南侵を留まってからしばらくした頃。
『河の向こう側に船が集まってきたよ』
テントの中で休んでいるとフィルが言った。わかったと言ったブライアンはテントを出ると前線司令部のある大きなテントに足を向ける。肩にはフィルが乗っている。
ブライアンが近づくとテントの前に立っていた護衛の兵士の内1人がテントの中に声をかけ少し遅れてもう1人がテントの入り口となっている幕を広げて
「どうぞ」
と言った。そのまま中に入ったブライアン。テントの中にはキリヤートの責任者であるロック、そしてグレースランドの魔法師団のマーサ副師団長と騎士団のハーツはじめ彼らの副官ら8名程がテーブルを囲んで座っていた。
「妖精から連絡が来ました。河の向こう側に船が集まってきているそうです。そろそろ行ってきます」
と短く言うブライアン。普段の表情のままだ。
「こちらも準備しておいた方がいいわね」
「いつでも出られる様になっている」
マーサとロックが言った。
「気をつけてね」
「まぁ大丈夫でしょう。万が一漏れがあって渡河してきたのがいればよろしく」
ブライアンがテントを出るとその中にいた全員が立ち上がってテントを出てそれぞれの部隊に指示を出す。
『ブライアンなら万が一の撃ち漏らしはないわよ』
「そうだろうな。一応彼らにはそう言ったけど多分大丈夫だろう」
自分のテントに戻ってテントをたたみ、全て収納に収めたブライアン。肩に乗っているフィルの背中をトントンと叩いて行くかと草原を北に向かって歩き出した。その姿をこの草原にいる兵士らが見ていた。その中にはマーサとハーツの姿もあった。
頼むわよ。
歩いて行くブライアンの背中を見ながら心の中で呟いたマーサ。そのまま背中を見ていると草原の中で彼の姿が消えた。
ブライアンは転移の魔法で北に進むと目の前に大きな河が見えてきた。マッケンジー大河だ。そしてその対岸数百メートル先にはこちらから見てもわかるほどの大量の木の船が浮かんでいるのが見える。
「片道だけだからだろう。頑丈そうには見えないな」
スキルを使うと遠くにあるものも近くに見える。それを使って顔を左右に動かして川岸に浮かんでいる船に目を向けた。100や200艘ではきかない程の大量の船が浮かんでいるのが見える。しばらくそれをじっと見ていたブライアン。
『燃やすの?』
「ああ。今回はあの船は全部燃やすつもりだよ」
顔を左右に動かして対岸の船を見ていたブライアン。木の船が並んでいる中央部分のあたりに移動するとそろそろ行こうかと言ってその場で地面を杖でトンと叩いた。
次の瞬間肩にフィルを乗せているブライアンは対岸のサナンダジュ領の河岸に立っていた。
渡河の準備をしていた兵士たちの前に突然ローブ姿の魔法使いが姿を現した。
「貴様、何者だ!」
「敵だ!1人だやっちまえ」
ブライアンの姿をみた兵士たちが大声で叫んで弓や槍、そして魔法で攻撃してきた。それらを自身に張った強化魔法で全て弾き返すとそのまま右手に持っている杖を上に上げた。するとブライアンの頭の上に巨大な炎、火の玉が現れる。思わず後退りする兵士たち。
その巨大な火の玉は対岸のキリヤートの領土からでもはっきりと見えていた。ブライアンが出発してすぐにロックを戦闘にキリヤート軍の一部とグレースランドから来ている魔法師団と騎士団のメンバーがキャンプから北上していた。
彼らが河に近づくと対岸の上に大きな火の玉が浮かんでいるのが目に入った。
「ブライアンね」
マーサが言うと魔法を知らないロックやハーツも今まで見たことがない大きさの火の玉だと言う。そのまま対岸から見ているとその大きな火の玉が無数に分かれて左右に飛んで行ったかと思うと対岸に繋いでいる船に火の玉が命中して次々と燃えていく。
「もの凄い魔法だわ」
まるで火の玉の雨の様に無数の炎が左右に飛んでいき木船に命中するやいなや船全体が燃えてそして河の中に沈んでいく。見ている者達が言葉が出ないなか。何百と浮かんでいた船が全て炎を出して燃えながら沈んでいった。
ブライアンが頭の上に巨大な火の玉を作ったのはサナンダジュの侵攻作戦本部にいたバット、グルチャ、そしてジザフの目にも映っていた。本部のテントから出た3人。
「なんと言う魔法だ」
浮かんでいる火の玉を見ながらバットが口にするが、それを聞いていたグルチャ。
「ふん、見せかけだけの魔法じゃな。我々が本当の魔法の威力を見せてやろうぞ。魔法師団前に出よ」
その言葉ですぐに魔法師団が隊を組んで前進していく。その時大きな火の玉から左右無数の火の玉が飛び出したかと思うと乗り込むべき船に火の玉が注いで一斉に燃え出した。
サナンダジュの河岸は燃え盛る船の炎で対岸が見えないほどに火柱が東西に伸びていたが船が燃え尽きて河に沈むに合わせて炎が消えていった。
その様子を見て誰も声がでない。見たこともない様な強烈な魔法を目にしたサナンダジュの兵士たち。近くにいた兵士たちは目の前の魔法使いが只者ではないと感じていた。剣も槍も魔法も全く通用しないなんて初めてのことだ。
ブライアンは対岸に渡ってからはずっとその場に立ったままで動いていない。杖を掲げて火の魔法で全ての船を沈めた頃、目の前にいるサナンダジュの騎士達の集団が左右に大きく分かれて年を取った魔法使いを戦闘に同じローブを来ている何千という魔法師団がその中から出てきた。
「お前か、グレースランドから来ておる魔法使いというのは」
問いかけるグルチャの横には戦略家のジザフがおり、魔法師団の左右に配置した騎士団の戦闘にはバットが立っている。今や数万の兵士たちが皆1人の魔法使いを見ていた。
「何故人の領地に手を出す」
肩にフィルを乗せたままブライアンが向かい合っている魔法師団に向かって声をかけた。
「ふん、礼儀を知らない若造が何を言っておる。これから死んでいくお前に理由なんぞ説明する必要はないわ。魔法師団、一斉に魔法を撃て」
グルチャの声でもの凄い数の魔法師団の魔法使い達が詠唱を始めた。騎士団は魔法の威力を知っているのかその場から下がっていく。
『詠唱しちゃってるよ?ブライアン』
「ああ。その程度ってことだよ」
肩に乗っているフィルがのんびりとした口調で言うとそれに合わせるブライアン。彼はその場に立ったままだ。
詠唱が終わると一斉に発動された魔法が全てブライアンに向かって飛んでいった。




