妖精達の気遣い
グレースランドの兵士が出発する日が来た。万が一にもサナンダジュの兵士に見られない様に一行は夜が明ける前の暗いうちに要塞を出て国境を越えてキリヤートに入ると一旦南下をしてから草原や森を東に進んでいく。先頭にはマーサとハーツ、そして肩にフィルを乗せているブライアンだ。全員が徒歩で移動していた。
キリヤート国内に入って10日目に一行の先にキリヤート軍の兵士達が目に入ってきた。マーサとハーツが前に出て北部州シムスの守備隊隊長でもあり今回のキリヤート軍の指揮者であるロックとあいさつをする。彼は2人とあいさつをするとブライアンに顔を向けた。
「ブライアン。またあんたの世話になる。よろしく頼む」
彼は前回シムスの城壁の上からブライアンの強力な魔法の威力を見ており彼の実力を十分に理解している指揮官だ。
「こちらこそ。今回は本気を出して彼らを叩くつもりですよ」
合流した2つの軍はこの日は草原で野営の準備をする。マッケンジー河からは数キロしか離れていない場所にあった林の中を野営地とした。キリヤート軍といっても500名程の騎士の軍隊だが彼らはよく鍛錬されていて林の中で手際よくテントを張り野営の準備を進めていく。
一方でグレースランドの20名もそれぞれがテントを張り野営の準備を進めた。準備が出来るとお互いの幹部連中が集まって夕食をとりながら明日以降の打ち合わせをすることになった。ブライアンとフィルもそれに同席することとなる。
「今回は河の向こうで兵士が船に乗り込んだ時点で自分が渡河して向こう側に飛んでそこで倒すつもりです」
そう言うと全員の目がブライアンに注目する。ハーツが言った。
「南に渡河してきてからじゃないんだな」
その言葉に頷くブライアン。
「最初はそう考えたんだけどこちら側で倒すと死体の処理が大変だろう?向こう側なら彼らがやってくれるからね。こっちの仕事は少ない方が良いだろうと思って」
前回は初めての戦闘だったのでキリヤートに侵略してきたという確認が必要でこの土地まで引き寄せたが今回はその必要が無いだろうと言うブライアン。キリヤートとサナンダジュの戦闘は継続中という認識をしているんだと言った。
「その理解であっている。戦争は始まったが終わっていない。なので我々がサナンダジュ側に出向いても何も問題がない」
キリヤートの責任者のロックが言ったことでこの作戦でいく事が決まった。
「問題ないとは思うけど万が一魔法から逃れて渡河してきた船がいればその処理はお願いしたい」
ブライアンの言葉に任せてくれとロック。
「ロック、私達は戦闘の前には立てないけど軍の背後からサポートします」
「よろしく頼む」
「それでブライアン、今回は本気を出すってことだが」
野営の食事中にロックが聞いてきた。彼は前回の強烈な魔法を目の当たりにしている。その威力にびっくりしたのだが今回はそれよりもずっと強力な魔法を撃つということだろうか。
聞かれたブライアンは顔をロックに向けると頷いて言った。。
「その通り。彼らが二度とキリヤート、そしてグレースランドに興味を持たないくらいにね」
彼の発言でその本気度を知るロック。周りで2人のやり取りを聞いていたマーサやハーツもブライアンを見た。その場にいた全員の視線を浴びているブライアンが言葉を続ける。
「前回のシムスの戦闘の時はまだ戦いで相手を殺すことに対して抵抗があった。人を殺すという行為を忌み嫌っている自分がいた。でもその後で自宅に戻ってよく考えたんだ。肩に乗っているフィルにも教えられたんだけどそこでやらなかったばかりに後でもっと多くの人が殺されるかもしれないってね。戦争は無いに越したことがない。でもどうしてもやらなければならないと言う立場になった時にはどうやったら最小限で済むか。それをずっと考えていたんだよ。その結果中途半端にやる位ならもう相手が手を出したくなくなるほどにやってしまえばそれが結果的に一番多くの人の命を救えるんじゃないかという結論になった。今でも人殺しをすることに抵抗はある、だけどやらねけばならないしそれをやるのは自分だと思っているんだ。国王陛下の前で約束もしているしね」
声を絞りだす様にして訥々を話をするブライアン。彼が話している間、肩に乗っているフィルはずっとブライアンの肩をトントンと叩いていた。彼の悩みを知っていて慰める様な優しい叩き方だ。
マーサやハーツらブライアンを良く知っている者達の心の中には20歳そこそこの若者にとてつもなく重いものを背負わせているという自覚がある。おそらくロックもそう感じているだろう。兵士でもない一介の魔法使いがたった一人で戦闘の矢面に立って人を殺すのだ。それも万を越える敵を。
ブライアンの言葉の後は誰も発言しなかった。食事を終えたブライアンは肩にフィルを乗せたままその場から立ち上がると1人で林の中から草原に出たところ、誰もいない場所に移動していった。離れていくブライアンの背中が小さくなってからマーサが言った。
「彼は元々感受性が強い。だから妖精に好かれているともいえる。彼は妖精と知り合って膨大な魔力と強力な魔法を手に入れた。でもその手に入れた能力で彼がしたいのは人殺しじゃない。彼はこの能力を使って国中を周って困っている人を魔法で助けたいと常々言ってるの。根は凄く優しい人よ」
マーサの言葉に頷く他のメンバー。
当のブライアンは皆から離れると草原にあった切り株に近づき、地面に座ってその切り株に凭れて空を見上げていた。満天の星。1つ1つが綺麗に輝いているのが見えている。見るともなく空を見ていると肩に乗っていたフィルがパタパタと飛び、ブライアンの顔の前で飛びながら停止して両手を差し出した。
「仲間の妖精にもあげるんだよ」
『わかってるって』
収納からペリカの実をいくつか取り出して背後の凭れている切り株の上に置くと隠れていた妖精達が姿を現した。妖精の数以上のペリカがあるのを確認するとフィルに聞いた。
「まだ河の方に動きはない?」
『ないみたい。仲間の妖精達がしっかりと見てるから大丈夫よ』
焦っても仕方ないか。そう呟くとそうそう焦っても何もできないよとフィル。
妖精達がペリカの実を食べ終えて暫くブライアンの周りと飛んだり足にとまったりしていたが彼らの姿が消えるとゆっくりと立ち上がった。
妖精達は何も言わないがブライアンを労ってくれている。その気持ちが伝わってきた。もちろん女王のフィルが一番気を遣ってくれているのは知っている。
「寝られる時はしっかりと寝ないとな」
『いつもしっかり寝てる様に見えるけど?』
「おい、女王」
『えへへ』
そう言うと羽根をパタパタとしてブライアンの肩から飛び立つと彼の周りを飛び回るフィル。フィルと気の置けない会話をしながら自分のテントに戻っていった。何気ない女王様の気遣いが嬉しかった。




