それぞれの国にて
シムスの街からブライアンが消えるとすぐにロックと2名の騎士がそれぞれ馬にのって首都を目指していった。今回の一連の動きをすぐに報告する必要がある。ロックはヘイデン市長からの手紙も預かっていた。
キリヤートの首都についたロックはそのまま宰相がいる評議会会館に出向いた。
案内されて会議室にはいるとそこには現宰相であるクルマン以下6名の大臣とキリヤート軍総司令官のゲイリー、副総司令官のジェイクが彼を待っていた。
「シムスからの長旅ご苦労だった。疲れているところを悪いが早速報告を聞こう。早馬の連絡でシムスが無事だったことは聞いているがにわかに信じがたい話なんでな」
総司令官のゲイリーが口を開くとわかりましたとロックがシムスでの出来事を説明していく。聞いている彼らの表情が途中から大きく変わってきた。
ロックの報告が終わってしばらく誰も発言しなかった。ようやくゲイリー総司令官が口を開いた。
「事前に報告を受けていなかったら何を寝ぼけた事を言っているんだと2人を怒鳴りつける話だな」
「いかにも。私自身も未だにこの目で見た事が信じられません。たった1人でシムス全体に結界を張ったかと思えば万を超えたであろうサナンダジュ軍の魔法部隊や騎士達の攻撃を受けてもびくともせず、最後は杖を地面に叩けば暴風が吹いて敵軍を吹き飛ばしたのですから」
「肩に乗っていたのは妖精で間違いはないのか?」
ロックは聞いてきたジェイク副総司令官に顔を向けた。
「いかにも。私は妖精を見たのは初めてですがブライアン殿がそう言っておりました。しかも彼は妖精と会話をしております」
「なんと!ブライアンという魔法使いは妖精と通じ合えておるのか」
「その通りです。ただ妖精の言葉を理解できるのはブライアンだけの様です。傍にいた私には全く理解できませんでした」
聞いてきた宰相に向かって頭を下げながら答えるロック。
「グレースランドが言っていた秘密兵器とは彼の事だったのだな」
「そうだろう。ここにあるグレースランドの公文書にもはっきりと書いてある。ブライアン1人で魔道士1,000名以上の力があると」
大臣同士のやりとりだ。
「いずれにしてもだ」
クルマン宰相が口を開くと全員が彼に注目する。
「ブライアンのおかげでサナンダジュ軍は川の向こうに戻っていった。とりあえずの危機は去ったが彼らのことだ。軍備を整えて再度進軍してくるだろう。ブライアンはロック守備隊長には再度進軍してきた時には川の近くで出迎えると言ってくれた様だがそれとは別に至急使いをグレースランドに送ろう。今回のお礼と引き続きの協力を頼むのだ。残念ながら次の攻撃を我々だけで対応しろと言われると耐えられないだろうからな。引き続きグレースランド、いやブライアンにお願いするしかない」
かしこまりましたと頭を下げる関係者達。すぐに密使がグレースランド王国の王都に向けて旅立っていった。
サナンダジュの王都ではサナンダジュ5世を発生源とする特大の暴風が城内に吹き荒れていた。王城の謁見の間では国王サナンダジュ5世の怒声と罵声が延々と続いている。その間側近達が口を挟むなんて事はできない。火に油を注ぐのが目に見えている。皆俯いて嵐が過ぎ去るのをじっと耐えていた。
当事者のチャドとラームの2人は王座の前で跪いたまま震えていた。いつ首を切られてもおかしくない中,国王陛下の罵声で済むならと黙っているだけだ。
罵声を浴びせ続けた5世国王がはぁはぁと荒い息を立てながらようやく王座の椅子に座った。
「余がこの侵攻の為に何年辛抱したと思っておる。やっと全ての準備が整ってこの大陸制覇の幕が開いたとたんに訳もわからない魔道士1人に1万を越える軍がおめおめと引き下がって来たのだぞ」
王座に座っても怒りは収まらない。目の前で跪きながらガタガタと身体を震わせている2人の男の首でも切ってやろうかと思っていたがギリギリのところでそれを我慢すると、
「腰抜けのお前達の話を我慢して聞いていたが、キリヤートにそこまでの魔道士がいたとは思えぬのだがどうなんだ?グルチャ」
話を振られた魔法師団長のグルチャ。恐れながらと前置きをしてから
「恐らくその男はキリヤートの魔道士ではなくグレースランドの魔道士ではないかと。あの国の魔法の水準は我が国とほぼ同等のレベルにあります。キリヤートと違い国内に多数魔道士も存在しておりますので恐らくはそうではないかと」
「グレースランドか、あり得る話だ。あの国は場所柄間諜を送り込むことができておらぬ。それにしてもグルチャは1人で万の軍隊を弾き飛ばせる様な魔法を使う魔道士が存在すると思うのか?」
国王の言葉に大きく首を左右に振るグルチャ。
「滅相もございません。恐らくその地に吹いた突風をさも魔法であるかの如く見せつけたに違いありません。1人で1万の兵士を吹き飛ばせる魔法はこの世界には存在しておりませぬ」
未だ陛下の前で首を垂れて跪いているチャドとラームは内心ではあれは間違いなく魔法だと信じていたがこの場でそれを言ってしまうと間違いなく処刑されるだろうと思い黙ってグルチャと国王との話を聞いていた。
「国王陛下、今グルチャ殿が申した通りだと私も考えます。サナンダジュの最高の地位におるグルチャ殿は全ての魔法に精通しており自身も大魔道士であります。その彼があり得ないと申しておるからには間違いなき事でしょう」
魔法師団の師団長のグルチャに続いて騎士団団長のバットが言った。
「余もグルチャとバットと同じじゃ。この2人は臆病風に吹かれたのだろう。お前達は見ているだけで気分が悪くなる。下がれ。沙汰は追ってしらせる」
そう言われて深く首を下げたチャドとラームは衛兵に引きずられる様にして謁見の間から出て言った。
2人が出ていくとサナンダジュ5世国王がグルチャとバットに顔を向けた。
「直ちに再出撃の準備を始めよ。今度はお前たちが先導するのだ。キリヤートの国を滅ぼしてこい。サナンダジュの力を大陸中に示すのだ」
「「仰せのままに」」




