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魔法を披露する


「あいつは化け物か」


 思わず後退りするチャド。自分の魔法のみならず精鋭の魔道士数十名が同時詠唱した魔法ですら全く効いていない。


「おのれぇ」


 そう叫ぶと剣を構えたラームがブライアンに襲いかかった。突っ立っているブライアンに袈裟懸けで剣を振り降ろしたラームだが結界にはじかれて剣が大きく背後に飛んでいった。


 自分の全力の攻撃を結界魔法で弾いただと?


 目の前にいるローブを着ている男に切り掛かったと思ったら強力な壁に阻まれて握っていた手から剣が弾き飛ばされた。


 呆然としているラームの前でローブを着ている魔道士は全く表情を変えていない。肩に乗っている生き物も同じだ。魔法も剣も全く通用しない男。こいつは何者だ?


「わかっただろう?魔法も剣も無駄なんだよ。それよりもさ、こっちも人を傷つけたくないんだよ。このまま帰ってくれないかな」


 と再び同じ事を言うブライアン。チャドとラームは言葉も出ない。

 ブライアンが1歩前にでると2人が1歩下がる。2人は目の前のブライアンの迫力に完全に圧倒されていた。


 ブライアンが杖でトンと地面を叩いた。すると彼の周囲から強烈な風が吹き始めチャドとラームはおろか背後に控える1万の兵士が風に押されてずるずると後ろに下がっていく。


 何という威力の魔法だ。しかも無詠唱。


 強風に煽られて後ろに下がりながらチャドは何とかブライアンを見るがブライアンはさっきと全く同じ表情だ。自然体で立っているままだ。彼の周囲からは自分達の軍に向けてのみ強烈な風が吹いている。


 勝てる気がしない。


 サナンダジュでは魔法師団の師団長であるグルチャに次いでNo.2の地位にあるチャド。自身も国内では大魔道士と呼ばれ他の連中よりもずっと強力な魔法を撃つことが出来ていた。


 ただ目の前の男はそんなレベルではない。師団長のグルチャですら比較にならない程のレベルだ。我が国の魔道士が皆赤子に見える。


 強風が突然止まると大軍の兵士たちがその場で足元がふらつく様に揺れる。


「これで帰ってくれないなら今度はもう少し強くやるけどいいのかな?」


 ブライアンは相変わらず泰然自若といった体だ。

 一方でチャドとラームはどうしたら良いのか全くわからなくなっていた。このまま自国に戻ってしまえば国王陛下から叱責を受けるのは間違いない。いや、叱責や降格で済めば良い方だろう。下手すると処刑まであり得る。


 かと言ってこのまま攻撃しても目の前の男を倒せる未来が全く見えない。

 しばらくお互いに沈黙していたと思うとブライアンが再びトンと地面を叩いた。


「うわぁぁぁ」


 先ほどよりもずっと強い風、暴風が1万の軍を襲った。踏ん張っていても背後に飛ばされる兵士達。チャドとラームも自分達がいた場所から数十メートルも背後に吹っ飛ばされて背中から地面に落ちる。


 と次の瞬間ブライアンが彼らの目の前に立っていた。


 あれは転移の魔法?無詠唱?


 尻餅をついて慄いているチャドとラームの前に立ったブライアン。


「帰ってくれよ」


「わ、わかった。引き返す」


 尻餅を突き、片手を地面においたままずり下がっていくチャドとラーム。背後では風で吹き飛ばされた魔道士や兵士が地面に叩きつけられ、中には呻いているものもいた。


「そうそう、言っておくけどちゃんとマッケンジー河を渡って自分たちの国に帰るかどうかはこの肩に乗っている妖精達が見てるからな。帰らなかった時は今度は本気であんた達を倒す」


 妖精?チャドはその言葉が気になったがそれよりも立っている男の魔力に圧倒され、首を大きく何度も縦に振った。無理だ、どうやってもこの男には勝てない。チャドとロームは同じ思いだった。


 ずるずると下がっていた大軍の兵士はブライアンが見ている前で立ち上がると思い足取りで北に向かって歩き始めた。飛ばされた際に怪我をした兵士もいる様だ。そんな兵士数名の兵士が担架の様な物に乗せて歩いていく姿も見える。


 徐々に小さくなっていくサナンダジュ軍の後姿を見ているブライアン。収納魔法からペリカの実を渡すとありがとうと美味しそうに食べるフィル。


「これで終わりと思うかい?」


『まさか』


「だよな」


『でも簡単に人を殺めなかったのは流石よ』


「今回はうまく言った。でも次回はそうはいかないだろうな」


 そう呟いたブライアンの肩をポンポンと叩くフィル。


「真っ赤な口で慰められてもな」


『しないよりマシでしょ?』


「そうだな。ありがとう」


 サナンダジュ軍がこちらに背中を向けて歩き始めると城壁の上から大歓声を上げるキリヤートの兵士達。その中にはこの街の守備隊長のロックもいた。


 シムズの城壁の上から一部始終を見ていたロック。たった1人で本当に1万の大軍を追い返しやがった。それにしても見たことがない強力な魔法だ。グレースランドが彼1人で魔道士1000名に相当すると言っていたのは誇張でも何でもない。魔法の心得のない自分でも彼の魔法の凄さがわかる。あの男を敵にすると勝てない。


 サナンダジュの軍が草原の彼方に消えていってしばらくすると突然目の前の城壁の塀の上にブライアンが現れた。近くにいた兵士たちから再び歓声があがる。


「本当にあの大軍を蹴散らしてしまったな」


「今回は上手くいった。ただこれでは終わらないだろう」


 そう言ったブライアンの言葉に頷くロック。とりあえず市庁舎に移動してヘイデン市長に報告しようというロックの言葉に頷くと、兵士達の間を抜けて城壁を降りそのままロックと並んで市内を歩いていく。


「俺は魔法の事はよく分からないがそれでもブライアンが使った魔法がとんでもない威力の魔法だってのは十分に理解したよ」


『まだ本気を出していないけどね』


 フィルが言った言葉をそのまま伝えると本当なのかとびっくりした表情になる。


「フィルが言った通りだ。まだ本気モードじゃない。というかできれば本気モードは使いたくないんだが恐らく次は使うことになりそうだ。サナンダジュがあのまま引き下がるとは思えないんでね」


 話ながら歩いていると通りの先に市長舎の建物が見えてきた。




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