第6話 じっしゅう×けしょう
パイロット科で一番の目玉は何か、と聞かれれば全生徒がこう答えるだろう。
「実機演習」
と。
*****
女三人寄れば姦しい、というが三十名ほども集まればお祭り状態だ。
「あ、そのリップ新作? 発色いいね!」
「このファンデいいよ。なんてったって汗で崩れない」
「やーん、前髪決まらないー」
「あ、壊れてるー。誰かアイロン貸してー」
「マスカラをするからのけ」
「ぎゃーマニキュアこぼれたー!」
スコラ・サンクトゥスのパイロット科更衣室内で、少女たちは身嗜みに全力を注いでいた。
個人用の化粧台がズラリと並び、そこへ自らが厳選した化粧品を出し、時に褒め合い、時に自分の買ったもののほうがより美を演出できるといがみ合い、時に譲り合いと実にカオスである。
何をしているのかと言えば、実機演習前のメーキャップタイムだ。
連邦宇宙軍の格言にこうある。
【いついかなる時も美しい淑女たれ】
この格言は広く知れ渡っており、軍の出撃前の恒例行事だ。
「皆気合入ってるねー」
クラスメイトたちがぎゃいぎゃい言い合いながら自らを仕上げている光景をぽけーっと眺めながらラティオは髪を櫛で梳く。
まるで他人事のように言ってはいるが、彼女の前にもきっちり各種化粧品がずらりと並んでいる。
「そりゃあ軍人としての伝統だからねぇ……ってラティオの化粧品、見た事ないメーカーのだけど、どこの?」
隣でファンデを塗りこんでいたオルニットがちらりと見やりながら聞けば、
「うちの開発部門がつくってくれたやつ」
「所属する企業の? かーっ、これだから企業組ってやつは! ミクスチャ―にもいいの揃ってるから、今度の休みにショップ巡りしよ?」
「うん、しよ」
まるで酔っ払いがジョッキをテーブルに叩きつけるかの如くコンシーラーの容器を鏡台に叩きつけたのはオルニットのさらに隣にいたアミキティアだ。
一般組の彼女としては企業組の色々と優遇されることに思う事はあるが、それはあくまでも「いいなー」くらいの軽いもので、実際は企業組の内部のドロドロさを嫌がっている。
それに、ラティオはいい奴だと知っているのでさらりと遊ぶ約束を取り付け、にへへと笑った。
「でも質はいいわね」
ぬっ、とラティオの肩越しから手を伸ばして化粧水の瓶を手に取るサール。
まじまじと表記された成分表を眺めながらその大きなものをラティオの肩にのっける。
「重い」
「なっ!? あんたもうちょっと言い方ってものがあるでしょう!?」
「肩こりひどそう」
「エステでマッサージしてもらってるからいいのよ」
「でも重い」
キャッキャとじゃれ合いをしている二人のさらに背後から忍び寄る魔の手が。
「あら~、ラティオさんは意外と~」
「ん! ちょ、ちょっとサーノーでしょ! やめてったら!」
「んふふ~」
「ずるいぞサーノー! あたしも混ぜろー!」
ふにふにとラティオの体を堪能するサーノーに便乗しようと席を立つアミキティア。
無言でそれにしれっと参加するサール。
「や、あ、ちょ! オルニット~」
「じゃあ私は前からかな」
「うらぎりもの~!」
「ふははははは! これがチームワークというものだよ!」
友人たちのじゃれ合いはかなりヒートアップしていくのだった。
〔おねーちゃんを誑かそうとする駄メスの匂いがする〕
「訳わかんないこといってないで、診断プログラム走らせな。今日中にこのリスト終わらせるんだから」
〔は~い〕
どこか遠くでそんな会話が交わされていたが、ラティオは知る由もなく。
「あ~ひどい目に合った」
「役得役得~」
しゃがれたラティオとつやっつやの友人四人はきっちりとメイクをキメ、化粧室から隣の更衣室へと移動した。
ここは先ほどの化粧室とは比べ物にならないほど質素で落ち着いた場所だ。
清潔感はあるがロッカーが並んでいるだけなのだから仕方がない。
割り当てられたロッカーへ行き、それぞれが運動用のジャージを脱ぎ、ロッカーから薄手の黒い生地でできたウェットスーツを取り出す。
これは連邦宇宙軍の正式採用装備の一つで、パイロットスーツの下に着こむインナースーツだ。
有害な宇宙線を弾き、装着者の体温低下を防ぎ、なおかつ衝撃吸収機能もある程度だがついている。
「ラティオは自前のがあるんだっけ」
「うん、これ」
そう言って取り出したのは、同じく黒だが学生用と比べると幾分か艶がある。
「自分用にオーダーメイドだからねー」
「さすがに共通化は難しいよねー」
インナースーツはある程度のサイズ調節は可能だが、ほぼ個人専用のものだ。
制作するにあたっては装着者の体型データを精密に測定し、ある程度の増減も加味して完成させる。
その上、手首や首元、足首、腰と股間にはこれまた薄いがプロテクターのように固い部分があり、そこにはバッテリーなどの各種装置が埋め込まれている。
「でも消耗品なんだよね」
「いーじゃん学校で支給されるんだから」
「まーね」
耐久性があるとはいえ、実際に装着して活動すれば消耗するもの。
インナースーツは自身の生命を守るための最後の砦だ。消耗すれば交換する。
「よっと」
運動着を脱ぎ、裸になったラティオは慣れた仕草でインナースーツを着込む。ネックエントリー方式だがパウダー状の保護薬剤が内部に塗布されており、するりと少女の体を覆っていく。
足、腰、胴、腕と順に収めていき、首元までしっかりと着た後、手首と足首にあるプロテクターの電源を入れて分割されていた首元の装具をしっかり閉める。
最後に腰のプロテクターの電源を入れればインナースーツが収縮し、ぴっちりと全身にフィットする。
「う~ん、ん」
軽く動き、微調整。
手首のプロテクターを触ってホログラムモニターを出現させ、スーツが正常に機能しているか確認も行う。
「初期の頃は着るの大変だったらしいね」
「材質の問題だっけ? ひっかかって」
「そうそう」
それぞれ手早く着替え、さらにその上からパイロットスーツを着ていく。
生命維持装置や衝撃吸収機構といったものの大半はこちらに集約されている。
ツナギのようなスーツを着込み、前部にあるコネクトファスナーを接続して閉じ、腰部にある電源を入れればファスナーがしっかりとロックされ、気密性が確保される。
あとはヘルメットを小脇に抱え、奥にある扉へと向かう。
そこが格納庫だ。
*****
とある場所で、六人の生徒が集まっていた。
「へぇ、本物じゃん。よく手に入ったね」
一人が興奮を隠さずに手に取って弄ぶのは、軍で正式採用された熱線銃。
「なぁに、ちょいと脅せばラクショーだ」
そう言って獰猛に笑うのは、インユリア。
彼女を含め、四人はパイロットスーツ姿で、二人は制服姿。
全員が本物の、使い方を間違えれば簡単に人が殺せる凶器を手にはしゃいでいる。
「じゃあ、管制室は任せた」
「あいよ! へへっ」
制服姿の二人は銃を持ったことで気が大きくなっているらしく、これから行うことに対して恐怖もなにもないようだ。
「へっ、いいタイミングで実機演習があったもんだ……全員の前でぶち殺してやるよレージーナ」
エネルギーパックを装填し、発射可能になった銃を嬉しそうに眺めながら、インユリアたちは行動を開始した。




