第4話 かいせつ×そうどう
「それで、専用機がどうのって言ってたけど?」
もきゅもきゅと分けてくれたおかずを頬張りながらラティオは聞く。
「専用機って、そのままの意味よ」
紅茶を一口飲んだサールがティースプーンを付きつけながら口を開いた。
「企業関係は独自にステラーコーパスを開発しているし、あわよくば連邦宇宙軍に正式採用されてシェアを独占したいと考えてる。それにはまず、有用性を示さなければならない。いい?」
「うん」
ラティオは素直に頷く。
アミキティアもうんうんと頷く。
「で、ここではステラーコーパスが実際に動かせるし、整備する設備も整ってるし、演習区画だってある」
サーノーが手帳型端末を操作すると、ホログラムで演習区画の立体マップを投影してラティオに見せてくれる。
「私たちパイロット科の生徒はもちろん将来はステラーコーパスのパイロットになるために訓練してる訳だから、授業ではシミュレーターとか実機を使って操縦技術を磨く」
サールの言葉にサーノーが映像を学生たちの模擬戦映像へ切り替える。
ずんぐりむっくりした人型機動兵器が高速移動しながら粒子砲を撃ちあうのは迫力があった。
「で、授業なんだから成績として結果が出る」
ラティオはそこも素直に頷き、アミキティアは頭を抱えて唸りだす。
それをオルニットが苦笑しながら肩を叩いて慰める。
「その成績上位者に対して企業は自社開発した試作型を貸与するっていう流れがここにはあるんだよね。それが専用機って呼ばれてる」
「へぇ、太っ腹だね」
「そんな感想しかないの?」
ラティオのすっとぼけた感想に思わずサールは睨みつける。
「つまり、スコラ・サンクトゥスでは専用機──企業が開発した訓練機以外のステラーコーパスは専用機って呼ばれていて、専用機は企業組の中で成績上位者に与えらる言わばトップパイロットの証」
「だからここでは~、専用機持ちはすごいっていう風潮なんですよ~」
「なるほど~」
サーノーのまとめに、ラティオもつられて語尾伸ばしで納得する。
そういうことならばラティオが企業の開発した機体を持っていることを気にする人が現れるのが当然だ。
「ん? でも意味合いとしては成績がトップの人専用の機体ってこと?」
「そう。特定の個人専用という事ではないわ。話によると、複数の機体があってその成績上位者に合ったタイプの機体がパイロットに合った調整をされて渡されるらしいし、成績が落ちれば交代されるみたい」
「うわぁ」
ラティオは顔を顰める。
「競争がすごそう」
「それはそうだね。なんたって自社製品の有用性を見せるなら使う側は一級品じゃないと」
ステラーコーパスはあくまでも使われる道具であり、いくら高性能にしたところで扱うパイロットが素人ではその性能を発揮することはできない。
ここはパイロットの育成をする場所であり、特別な餌を掲げることでモチベーションを上げ、訓練により身が入る。専用機持ちになれなくても全体の成績が上がれば卒業後に軍へ入隊する新兵レベルが高くなるし、企業に就職するにしても即戦力が手に入る。
とてもウィンウィンな関係だ。
けれどラティオが言ったように、実際は熾烈な競争が水面下で行われていて、足の引っ張り合いだったり、相手を貶める策謀を張り巡らせて実行したりと、大変な状況だ。
それだけ、専用機持ちという地位は羨望の的となっている。
「え、じゃああの、私の左の席のあの娘は……」
「随分余裕ね」
「え?」
ラティオが話題に上げようとしていたら、その当人が割って入ってきた。
銀の髪が陽の光を浴びて美しい、鋭い目つきの少女。
「えっと、レ、なんだっけ」
「……レージーナ・グラウィスよ。同級生の名前と顔くらい覚えときなさい」
「あ、ごめん」
より目が細まり、かけられた圧に思わず謝るラティオ。
「……そんなことより、貴女、気を付けた方がいいわよ」
「え?」
「専用機持ちは狙われてるわ」
「は!?」
いきなり物騒な話題を振られ、ラティオ以外の四人も驚愕に表情を歪める。
「なにそれ?」
「なんでもかんでも聞けばいいという事ではないわ。甘えないで。そのくらい自分で調べなさい」
脊髄反射で聞き返せば、バッサリと切り捨てられる。
「専用機持ちなら降りかかる火の粉は自分で払いなさい。それが出来ないのなら専用機を大々的に持ち込んだ自分たちの失策を恨みなさい」
一方的に言うと、レージーナは食器トレーをもって踵を返す。
「ちょ、ちょっと待って! どういう──」
「そうだぜぇ? 待ちなよ“女王様”」
さっさと動く歩道に乗ろうとしたレージーナを呼び止めるラティオ。
それと同じタイミングで彼女の行く手を遮るように現れる新たな人影。
よく鍛えているのだろう。しなやかな肉体を持つ長身の生徒。褐色に赤い髪、そして醜悪に歪んだ表情。
「インユリア・ジョクラトル。暇なの?」
「随分なご挨拶だなぁ」
挑むように睨み上げるレージーナと、蔑みをありありと乗せて見下すインユリア。
いきなり一触即発の状況が出来上がって狼狽するラティオ。
「そろそろ逃げ回るのは止めて、戦えよ臆病者」
「勝手なことを言わないで。貴女と戦う理由なんかない」
「いいやぁ? あるぜ。アタシがお前を……ぶっ殺してぇからさ!」
生々しい殺意をぶつけられても、レージーナは揺るがない。目を細め、ただインユリアを睨みつける。
「……子供の我儘の方がまだ上品ね」
「あぁ!?」
「もし私に手を出すのなら……容赦しないわ」
静かに立ち上る怒気に、インユリアの頬が引きつる。
それは恐れではなく、下に見ていた弱者に思わぬ反撃を食らった事による、ほんのわずかな戸惑い。
だがそれも怒りの燃料になり、インユリアの体が動く。
引き絞られた拳が、レージーナへと叩きつけられるべく駆動する。
周囲の生徒たちは悲鳴を上げ、口元を覆ったり眼を逸らす。
レージーナは素早く腰を落とし、両手で拳を迎え撃とうと上げ。
それよりも早く踏み込んだラティオが備え付けのナイフをインユリアの首元へと付きつけ、制止させた。
「……っ!?」
さすがのインユリアも戸惑いを隠せず、拳を振りかぶったまま制止を余儀なくされる。
相対しているレージーナすら、目を見開き動きを止めた。
「ねぇ」
その声を聴いた者たちは言い知れぬ恐怖を感じた。
ある者は震え、ある者は脂汗を流す。
ナイフを突きつけられているインユリアは歯を食いしばり、ラティオを睨みつける。
「ここは食堂なの。喧嘩はよそでやって」
「──っ!」
ラティオと視線が合い、声にならない呻きを上げたインユリアは大きくバックステップで距離をとる。
ナイフを持ったままラティオが姿勢を正し、じっとインユリアを見つめる。
「クソが」
口汚く罵りながらインユリアは踵を返す。
そのまま動く歩道へと飛び乗って去って行ってしまった。
「……ふぇふ~」
しばらく誰も動かなかったが、気の抜けた声と共にラティオがへたり込む。
「ラ、ラティオ!?」
「大丈夫!?」
ぐったりとした彼女を四人が支え、手から離したナイフを少し離れた場所へと蹴り飛ばす。
「ご、ごめ……チーフとか、レイテとか、が……こうしなきゃって……言ってて。練習してて……」
「うわぁお、ヴァイオレンス」
涙目でうわ言のように言い訳するラティオを、オルニットとサーノーがよしよしとあやす。
一気に弛緩した空気に、全員が脱力する。
騒めきが戻った食堂。
「なんなのよ……」
苦虫を嚙み潰したような表情でレージーナはその場を後にした。