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第2話 へんにゅう×こんわく

「本日より、パイロット養成科へ編入するラティオ・ウィンクルムです。よろしく」


 ぺこりとお辞儀をすれば、拍手をもって歓迎された。

 まずは第一関門クリア、とラティオは小さく安堵の息を吐き出す。

 ミクスチャ―へとやってきてから三日。手続きやら荷物の運び込みなど慌ただしくこなし、早速の編入初日。

 もうちょっとスケジュールに余裕はないのかー! と文句を言ってみたものの、カリキュラムの関係上仕方がないと断じられてしまった。

 お陰で朝から少々お疲れモードだが、教室内は和やかな雰囲気。

 そこはいい。

 ただ、教室内の生徒たちのほとんどが目をギラギラさせているのがちょっとした不安だ。


「では、ウィンクルムはそこの空いた席に座ってくれ」

「はい」


 教師に促されて中央の列の最後尾へ歩いていく。

 途中、手を軽く振ったり、目礼したりとしてくれた同級生に笑顔で応え、席へ着く。


「ウィンクルムは機器の使い方は分かるか?」

「大丈夫です」

「よし、ま、編入試験に合格できたんだ。学力は問題ないとは思うが、分からない事があれば皆に聞いて早めに慣れてくれ」

「はい」


 頷きながらラティオは胸ポケットから身分証であるパーソナルカードを取り出し、机上のスリットへと挿入する。

 すると、机の上にホログラムのディスプレイとキーボードが出現した。


(おー)


 ミクスチャ―へとやってきてから、ラティオは驚かされてばかりだ。

 ここでは何をするにしても身分証のパーソナルカードが必要だ。この一枚が身分証、財布、自室やロッカーのキーなど様々な役割を持ち、とても大事だから絶対に無くさないようにと何度も言われた。

 授業の際にもパーソナルカードは必須で、今のように端末を起動させるために使うし、出欠確認にも使われている。


(あ、すごい、反応いいなぁ)


 ホロキーボードを叩くと滑らかに反応するのが楽しい。


「では、授業を始める」


 教師の声に我に返ると、ラティオは意識を切り替える。

 ここには学びに来たのだ。

 せっかくの機会を棒に振る気はさらさらなかった。


「……」

「……」

「…………」

「…………」


 事前の予習のおかげで、授業についていけることは分かった。

 まだ細かな部分は怪しいが、そこは同級生に聞いたり、データバンクで調べたりすればいいだろう。

 ホロディスプレイへメモを書けるイメージペンを使って気になる部分にラインを引いたり注釈を書きつつ、ラティオはひっそりと思う。


(なんか視線が痛い……)


 授業が始まってからしばらく、自身の左側から謎の圧力を感じる。

 生徒数と座席数では座席数の方が多く、ラティオの直接の左右の席は空席である。

 けれどそのもう一つ左隣、彼女からすれば二つ左の席には座っている生徒がいる。

 銀色の髪の、切れ長の目の少女が。


(……なんで睨まれてるの?)


 ちらりと見やれば、よりきつく細められる。


(なんでぇ?)


 疑問に思っていても今は授業中。

 気になりつつもなんとか教師の声に耳を傾け、そしてようやく長い授業が終わりを告げた。


(…………終わったぁ)


 何故かやたらと長く感じた一コマ目。

 ベルが鳴ったと同時にラティオは机に突っ伏す。ホロディスプレイが誤作動防止のために透過モードに切り替わり、半透明の板に頭を突き刺している状態になっている。

 机がひんやりして気持ちいい。

 などとへんにゃりしているラティオへ、迫る同級生たち。


「ねぇ、ウィンクルムさん?」

「あ、はい」


 呼びかけられたので反射的に身を起こしつつ返事をすれば、彼女は囲まれていた。

 好奇心に目を輝かせた、少女たちに。


「どこから来たの?」

「いままで何してたの?」

「どうしてここに?」

「今時眼鏡って珍しいね?」

「ご趣味は?」

「シャンプー何つかってるの?」

「メイク道具おしえて?」

「化粧水は?」

「リップは?」

「ブラのカップ数は?」


 転校生あるある。同級生からの質問攻めタイムだ。

 一人ずつではなく複数人が同時に喋るものだからうまく聞き取れないし、なによりどんどん質問が増えていくものだからどれに答えればいいのか分からない。

 あわあわするラティオ。

 自らの好奇心の赴くままに質問を繰り返す同級生たち。

 多勢に無勢、圧倒的劣勢!


「あの、ちょっと、一人ずつで……」

「ねぇ、貴女」


 なんとか宥めようと声を出したその時、呼びかけられた。

 決して大きな声ではない。普通なら周囲の声にかき消されるような音量のはずだ。

 けれど、その声はラティオに届く。

 周囲の生徒たちの声を圧倒して。


「え?」


 左を見れば、先程の授業中にラティオを睨み続けていた銀髪の少女。


「ラティオ・ウィンクルム……で、あってる?」

「はい、ラティオです。よろしく?」

「……私はレージーナ・グラウィス。よろしく」


 自己紹介をしあう。

 それは初対面としては当然の行動だ。

 なのだが、立っているのと座ったままという状態、しかもレージーナの方は目を細めてラティオを見下ろしている。

 さらに言えば威圧感がすごい。

 初対面の相手にこんな行動をされる心当たりのないラティオは困惑しっぱなしだ。


「あなた、専用機持ちですってね」

「専用、機?」

「……ふざけているの?」

「いえ!」


 威圧感が増し、ラティオが冷や汗をかく。

 何故こんな質問をされて、しかも威圧されなければならないのか。さっぱり意味が分からなかったからだ。


 ここで、長い間その場所に所属する者と、来たばかりの者の差が浮き彫りになった。

 要はその場所の独自ルールやら当たり前のように使われている表現といった、ローカルなものに慣れているかいないか、である。


「……貴女」

「は、はい?」


(なにこの状況……?)


 もうなにがなにやら。

 どうしていいか分からないラティオへさらに何か言おうとするレージーナであったが、休み時間が終わるチャイムが鳴り響いたことで口を閉ざす。


「……次の授業が始まるわ」


 踵を返すと、きびきびした動作で自席へと戻っていく。


「は、はぁ……」


 生返事ともため息ともとれる曖昧な音を出しつつ、解放されたことに全身の力を抜く。

 質問攻めにしていた生徒たちも休み時間が終わりなのもあって一人、また一人と何とも言えない表情で席に戻っていく。


(なんなのよぉ……)


「あの、ウィンクルムさん?」

「ひゃい!?」


 再び机に突っ伏そうとしたラティオだが、油断した所に声をかけられて変な声が出た。

 呼びかけてきたのは自分の前の席に座る少女だ。

 結局、自己紹介されないままで、咄嗟に名前がでてこない。


「私、オルニット。オルニット・アーラ。これからよろしくね」


 笑顔で自己紹介され、


「うん。よろしく」


 ラティオも笑顔で返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女が尋ねることができたすべてのことの中で興味深い質問。 平凡で日常的な技術の展示も好きです。 高級素材としての紙は存在するのか?
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