第20話 いろう×ごほうび
エピローグ的な。
時刻はすでに夜十時を回り、ミクスチャ―内部の天に綺麗な星々が映し出されている。
しかしながらミクスチャ―内部は寝静まることはない。
研究などを行う区画はまだまだ研究員たちが熱心に動き回り、必要な資材や素材を運搬する無人運搬機が忙しなく行き交っている。
港湾区画は次々と搬入される船を受け入れ、物資コンテナを降ろし、倉庫へと運び込んでいる。
そんな中、特に賑わっているのが歓楽街がある区画だ。
区画ユニット一つまるまる使ったそこはまるで大都市のようで、夜の街並みを街灯やホログラムの看板が照らしている。
歓楽街区画は大都市のように多くの店が軒を連ね、食事、衣服、嗜好品、娯楽と様々なものをミクスチャ―にいる人々へ提供してくれる。
夜が深まる時間になっても飲み屋街には大人たちがひしめき合い、路地裏には不良たちがたむろし、騒がしさが止むことはない。
それに反比例するように寝静まっているのはスコラ・サンクトゥス関連施設や生徒たちの暮らす居住区だ。
静かな格納庫、その中に楽しそうに語り合う姉妹の声がする。
「ん。綺麗になった」
〔んふふー。だいまんぞくー〕
作業用のツナギを着て、清掃用の布を手にするのはラティオ。
ホクホクした声を出すのは、ピカピカに磨かれたウィスだ。
広々とした格納庫にただ一機だけケージに納められたウィルトス・フロース。その他には多くのコンテナで占められたその場所で、ラティオはウィルトス・フロースの頭部前にある通路の手すりに背をもたれさせ、語り掛ける。
「いやぁ、バタバタして時間かかっちゃったけど、ようやく綺麗にできた。ごめんねウィス」
〔いいよーきにしないでー〕
ご機嫌な妹の声に笑いながら足下の箱に布を仕舞い、腰のポーチからフェイスタオルを取り出して汗を拭う。
演習場での一件で、本来はまだ動かす予定のなかったウィルトス・フロースを緊急事態ということで動かしたラティオ。
家族のように仲のいい整備班たちは笑って受け入れてくれたが、あれからスコラ・サンクトゥスの運営から聴取されたり、活躍を見た生徒たちに突撃されてもみくちゃにされたりと忙しなく、ようやく労いを兼ねてピッカピカに機体を磨く時間が取れたのだ。
「機体の調子は?」
〔せいびもしてくれたからばっちし! いつでもまたうごけるよ!〕
「もうないと思うけどね」
今回の件は本当にイレギュラーだった。
ただの乱入で、訓練機のケントゥリアが使えればもっと簡単に鎮圧ができたはずだ。
今回の件を経て警備体制の見直しがなされると発表がされたし、なによりしばらくは実機演習が延期されるのだ。
事件の捜査もあるし、何より機体が破壊されたことで数が不足している。
破壊した張本人のラティオには緊急事態でしかも事態の鎮圧の功労者ということでお咎めはない。
しかしパイロット科はしばらく座学や体術射撃などの訓練に力を入れ、操縦技術はシミュレーターのみとなる。
大変なのは整備科やパーツなどを製造するための製造科の生徒たち、教官などだ。
予定されていたカリキュラムを一旦白紙にしなければならなくなったからだ。
ただ、これを機に製造科はステラーコーパスの製造の流れを実地で教え込む流れになり、整備科も自分たちが整備する機体がどのように造られるかを学び、より理解を深める内容に変わるという。
申し訳なかったが、それぞれの生徒たちからも拍手喝采で称賛されたことでラティオも一安心だ。
「今度は準備ができたら、一緒に飛ぼうね」
〔おねーちゃんといっしょなら、あーゆーのでもいいけどね!〕
「勘弁してよ」
妹の無茶ぶりを笑いながら却下する。
〔ぶー〕
「まだ組み上げたばかりなんだから。無茶して故障なんて嫌だよ」
〔えー? でもうごいたかんじ、よーきゅーすぺっくはみたしてるよ?〕
「でもね、また機体がボロボロになるのはね」
〔そうならないよーに! せっけーしてもらったのです! こんどはおねーちゃんがしにかけることがないよーに! てきはぶっころできるよーに!〕
殺る気満々な妹を宥める。
ラティオも動かした感覚ではまだまだ機体スペックは余裕がある。
まだ無理して動かしたから反応炉の出力にはリミッターがかかっているが、反応速度はいいし、これから装備も充実してフルスペックが発揮できる時が楽しみなのは確かだ。
「本当にありがとう。ウィスがいなかったら友達を助けることができなかったよ」
〔ふふーん〕
〔あの駄メスはいつか潰す〕
「なにか言った?」
〔おねーちゃんのやくにたててよかったよ-〕
ちょうど腰をのばしていたラティオは聞き取りづらかった妹の言葉を聞き返したが、嬉しそうに言われた台詞に感謝を示す。
〔おねーちゃん、ウィスがんばったよね?〕
「う? うん」
〔じゃあさー。ごほうびほしいなー〕
伺うような声音のおねだりに、ラティオは苦笑する。
「いつもの?」
〔うん!〕
「しょうがないなー。じゃあ、顔を見せて?」
〔はーい!〕
元気な返事とともに、ウィルトス・フロースの口元を覆っていたバトルマスクが僅かな駆動音を伴って開いていく。
露出した素顔に、ラティオは近寄り、
「ありがとうね、ウィス」
ちゅっと口付けを施す。
〔むはー! おいるふっとうしちゃうー!〕
「ほどほどにね。お婆ちゃんに怒られるから」
〔むりー!〕
姉妹の楽しくも喧しいやりとりは、見回りに来たチーフに「早く寝な!」と怒られるまで和やかに続いた。
これにて本編完結!
あと四話ほど蛇足的な閑話があります。




