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第19話 こうそく×しょばつ

「起きろ」


 声と共に振り下ろされた拳が頬を打ち、鈍い音を立てる。

 熱をもち、痛みだすのと口の中に広がる血の味を味わいながらインユリアは目を覚ました。


「……」


 ぼんやりとした思考と視界が徐々にクリアになれば、彼女は自分の現状をすぐさま理解する。

 薄暗い、構造材剥き出しの冷たい室内。

 部屋に調度品の類はなく、床に固定された椅子が一つだけあり、彼女はそこに拘束されていた。


「お目覚めか?」


 俯いていた顔を上げれば、黒い軍服姿の女がこちらを見下していた。


「ううう……」

「おやまだ元気があるのか? そうでなくては張り合いがない」


 椅子の脚、ひじ掛け、背もたれ、それぞれに足、手、胴と首を特殊繊維でできたバンドで固定され、口には猿轡を噛まされているインユリアは小さく身動ぎするか、唸って相手を睨みつけることしかできない。

 睨まれてもなお、軍服の女には何ら痛痒を感じさせることはできない。


(くそ……)


 アロ・イラ教官に顔面を潰されて意識を失った彼女は最低限の治療を施された状態で目覚め、脱走し、容易く確保された。それでも暴れたのでこうして独房に入れられた。

 それでも力の限り暴れ、罵詈雑言をまき散らし、騒ぎ立てた。

 その結果は強化外骨格の拳を叩き込まれ、全身を拘束されて今に至る。


「そろそろ腹が減っただろう? 飯を用意したぞ」


 そういって軍服の女が見せたのはどろりとした乳白色の液体が入った透明な哺乳瓶だった。

 顔を顰め、横へ背けるインユリアをニヤニヤ笑いながら哺乳瓶を弄ぶ女。


「そう嫌がるな。ミクスチャ―内で試作された完全栄養食だ。味と見た目はまだ試行錯誤が必要だが、栄養はしっかりととれるらしいぞ?」


 それでもインユリアは目を閉じて拒否を示す。

 拘束されてから、栄養補給はミクスチャ―の実験区画で作られた試作品を与えられていた。

 最初はブロック型のものを与えられたが猿轡を外せばうるさいため、したままでも与えられる液体に切り替わった。

 薄い塩味の水から始まり、味見もなにもしていないだろう酷い味のものがバリエーション豊かに揃えられ、良い機会だからと実験動物になり下がった気分だ。

 ただでさえ苦痛な栄養補給なのに、今回のは見た目もそうだが、容器が哺乳瓶というのが屈辱的だ。


「そんなに嫌なら、気分転換にいい事を教えてやろう」


 笑いながらインユリアの顎を掴むと、自分の方へと顔を向かせる。

 思った以上の力で顎を掴まれ、痛みに呻きが漏れる。


「お前以外の五人は素直になったぞ」


 それを聞き、インユリアは内心で舌打ちし、罵倒する。

 あれだけ大きな口を叩き、この世界への反逆を計画していたというのに、結局は薄汚い大人に屈服するとは。


「いやいや、思った以上に歯応えがなくてな。今ではもう私たちに尻尾を振る可愛いメス犬に成り下がった」

「うううぅ!」

「ハハハ、安心しろ。お前だけ仲間外れにする気はない」


 顎を手放し、後ろへ下がった女は哺乳瓶を弄びながらポケットから手帳型端末を取り出す。


「インユリア・ジョクラトル。代々軍人の家系で生まれ、厳しい教育にウンザリして家出し、準反社会勢力に所属。悪行を繰り返すが補導されて、矯正も兼ねて実家が懇意にしている企業に依頼してスコラ・サンクトゥスへ。入学当初からレージーナ・グラウィスへ因縁をつけ、今回の凶行に至る」

「うううう!」


 自分の過去を暴かれているのも不快だが、短く端的に語られるのも腹が立つ。

 だが、彼女にとって色々な出来事があったとしても、女からしてみればどうでもいい事柄だ。


「幼い頃からグラウィス家のことを親に言われて、一方的な隔意を覚えたか? まったく。それなら殴り合いの喧嘩程度で済ませればいいものを、ステラーコーパスまで持ち出すからこんな詰まらない仕事をさせてくれる」


 軍人にとってグラウィス家はとても大きな影響力を持つ。

 子供に語り聞かせ、目標にさせようとする気持ちは分かる。

 けれど、それでこんな馬鹿をやらかされても困るのだ。


「まぁ、もうお前たちは退学処理されている。もうグラウィスに関わることは出来ない。私たちがさせない」


(またかよ! グラウィス! グラウィス! グラウィス! あんな小娘に価値なんかあるか! アタシたちに負けるような雑魚に! 負けて泣き喚くメスが!)


 許されている範囲の自由さで体を揺すり、怒りを示す。

 ただ、それも女の前では子供の可愛い癇癪でしかないが。


「軍は規律を重んじる。例外はあるが、それだって作戦の成功、ひいては守るべき民草の安寧に繋がるからこそ認められる」


 再びインユリアに迫る女。


「お前のように好き勝手するような奴をお仕置きするのが、我らの仕事だ」


 吐息がかかるまで顔を近づけた女を、まだ折れていない心で必死に睨みつける。


「中途半端に優しい処遇にするから悪ガキは矯正できない。安心しろ。私たちがきっちりという事を聞くいい子ちゃんに仕立ててやる」


 いい笑顔で、女は無遠慮にインユリアの胸を鷲掴みにした。

 いきなりの行動に、羞恥心を刺激されて顔を真っ赤にする。


「なんだ? 随分と初心だな。ふむ、鍛えているようで弾力は申し分ない」

「ううう!」


 遠慮ない力加減で揉みしだかれ、抵抗しようにもできない。

 唸りを上げても意味はない。


「お仲間が終わったので、次はお前の番だ」


 羞恥に染まるインユリアを見つめ、女は言う。


「我々は痛めつけるような野蛮なことはしない。それ以上に、私たちが楽しめない」


 手を離し、哺乳瓶を見せつける。


「これからたっぷりとその体で遊んでやる。休む暇なく、少人数の十八チームでローテーションをきっちり組んだ」


 自分にこの女が何をするのか、理解したインユリアは驚愕に目を見開き、震えながら顔を振る。

 その幼子のような仕草に、嗜虐心を煽られた女は興奮に頬を紅潮させ、


「お仲間は二日も持たなかったが、お前は長く愉しませてくれよ? 我々の仕事はストレスがたまるのでな。これからたっぷりと、悦楽というものを仕込んでやる。それまで、良い子にちてるんでちゅよ~?」


 猿轡にある、ストローを差し込む器具部分を開けて哺乳瓶の口を宛がう。

 震えるインユリアはどろりとした酸味の強い液体を口に流し込まれながら、震えることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつ規律が方程式に入るのかと思っていました。私はまた、正の強化と負の強化についてもよく知っています。誰かから何かを欲しがっている場合、拷問はそれを手に入れることができる最悪の方法です. …
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