第1話 けんがく×けんあく
「ねーねー、今日、編入生が来るって言ってたじゃん? 見に行かない?」
多目的実験コロニー、ミクスチャー。
その内の四割を占める連邦宇宙軍人材育成学校【スコラ・サンクトゥス】のあちこちでこのような声が聞こえていた。
一応、ここは軍のための人材育成を担うための施設であり、お堅い校則というものがあるのだが所属する生徒たちはまだ成人前の若者たちが大半だ。
若者らしい好奇心は抑えられない。
ましてや新入生ではなく編入生ともなれば話題に飢えた生徒たちの格好の餌食だ。
さらに言えば今は授業を終えたばかりの自由時間。
「えー、シミュレーター行こうと思ってたのにー。今日だっけ?」
「そうそう! 港湾部のオペレーター科の友達からの情報だから間違いないよ! もうすぐ入港するんだって!」
その言葉にまだ教室に残っていた生徒たちが群がり、きゃいきゃいと姦しく騒ぎ立てる。
そんな中、一人の生徒が興味なさげに席を立ち、出入り口へと歩を進める。
「しかも! 専用機持ちだって!」
ぴたりと足を止め、勢いよく振り返る。
肩口まで伸びた銀糸のような髪の毛がふわりと広がる。
「ねぇ、それ、本当?」
威圧感のある声音に、教室は無言に包まれた。
*****
ミクスチャー港湾区画は人が絶えることのない、常に忙しない場所だ。
巨大構造体のミクスチャー自体が多くのブロックを繋いで構成されていて、その維持のために膨大な補修パーツや交換パーツが必要であるし、その内部で行われている実験のための部材なども多岐に渡るし、何よりここで生活している多くの人間たちが日々必要とする食料や水といった必需品、さらには嗜好品に至るまで様々な物資が運び込まれるせいだ。
コロニーとはまこと不便なものである。
そんな人と機械の駆動音の絶えない場所に、今はより多くの若者が詰めかけている。
もちろん、どこからか編入生の噂を聞きつけて、一足早くその姿を見ようと押しかけてきたのだ。
だが彼女らは部外者に過ぎない。
船が入港するドックには専任の人員しか入れない。
そこで見学者用の強化ガラスが組み込まれた通路にいるのだが、
「なんか、気持ち悪いよね」
「あそこまで集まるとねぇ」
などと港湾区画要員たちに引かれていた。
そんなことは知った事ではない生徒たちは姦しく騒ぎながら今か今かと編入生を乗せた船を待ちわびている。
「……」
そんな生徒たちの中に、銀色の美しい髪の生徒──先ほど威圧感のある声で教室の生徒たちを黙らせた少女がいた。
切れ長の目を細め、じっと隔壁を見つめている。
「あれぇ? “女王様”も来てるんだぁ?」
そんな彼女へ、嘲りに満ちた声がかかる。
だが、無反応。
声をかけたのは制服を気崩した長身褐色の生徒。周囲には五人の生徒を引き連れていて、小柄な銀髪の少女を大いに見下ろしていた。
その光景に周囲にいた生徒たちは関わり合いになりたくないと距離を取る。
「おぉい、無視すんなよ“女王様”」
「……やめてくれる? そう呼ぶの」
わざわざ顔を近づけ、良く聞こえるように褐色の生徒が再度呼びかければ、銀髪の生徒は顔を顰めて嫌々ながら反応する。
「はっ、お高く留まりやがって。そういうところが気に入らねぇんだよレージーナ・グラウィス」
「そう。そこは気が合うのね。私もお前が気に入らないわ。インユリア・ジョクラトル」
お互いに敵意をむき出しに睨み合う二人。
「おーおー、可愛らしいねぇ。たった一人で……」
さらに嘲るようにインユリアが口を開くが、それを遮るように響き渡るサイレン。
それは船の入港を報せるものだった。
銀髪の少女──レージーナは静かに視線を開き始めた隔壁へと戻す。
舌打ちしつつも褐色の少女──インユリアも隔壁へと視線を移す。
彼女たちの興味を引く対象である編入生を乗せた船がドックへと入ってきた。
船の大きさはそこまでではない。精々が百メートルそこそこ。宇宙船としては小型の部類に入る。
船体中央には大きな円筒状のユニットがあるのが特徴といえば特徴だが、その他はいたって普通の小型輸送船だ。
船体を運ぶための軌道装置に載ってゆっくりと運ばれてきた船は規定位置にまで来ると固定され、船体から昇降装置が伸びてくる。
見学に来ていた生徒たちが期待に胸を膨らませる。
──編入生はどんな娘だろう?
降りてきたのは、ショートボブの黒髪に、今時珍しい眼鏡をかけた少女であった。
身に纏っているのがスコラ・サンクトゥスの制服であることから、彼女が編入生だと一目でわかる。
「あの娘が……」
「はっ、あんなのが編入生かい。しかも専用機持ちとはねぇ……ムカつく」
周囲の生徒たちの騒めきに、二人の言葉は紛れて消えていく。
編入生は港湾区画にやってきていた教員と何事か話し、その背後では船のクルーたちもドックに降り立ちつつ、船から大きなコンテナを降ろすために動いていた。
「……見えないか」
レージーナは落胆する。
編入生の持ち込んだ専用機が格納されているであろうコンテナが降ろされ、軌道装置によってそのまま運ばれていく。
どうせなら一目見たかったが、仕方がない。
もう用はないとばかりに踵を返したが、その行く手を阻まれる。
「おっと、アタシの用はまだ終わっちゃいないよ」
「……邪魔」
「いい加減アタシと勝負しな“女王様”」
明日からは夜二十時に毎日投稿します。