第15話 ふかい×はんげき
喫緊の課題の一つ、レージーナの保護を終えてラティオは安堵の息を吐く。
ただ、まだ状況は切迫している。
先程までウィスが牽制をしていてくれたインユリアたち四機は健在。
なにより、管制室はいまだ占拠されたまま。
(でも、やることは変わらないし)
戦闘用の機体に乗り、目の前に武装した敵機がいてもラティオの心は乱れない。
むしろこのピリついた空気が心地いい。
ウィルトス・フロースを立ち上がらせ、インユリアたちと相対する。
〔おい、誰だてめぇ……邪魔すんじゃねぇ〕
システムが独立しているせいで通信回線が確立できないからか、拡声器で語り掛けてくるインユリア。
その声はドスが効いている。
「ウィス、もしかしてビームガン──」
〔お~い、そこの白いの。動くなよ? 動いたらここの奴ら、ぶっ殺しちゃうぞ?〕
インユリアを無視して妹に話しかけている最中に、演習場に大音量で甲高い声が響き渡った。
同時に大きなホログラムディスプレイが上空に投影され、ニヤつく生徒と、人質になったオペレーター科の生徒たち、そして銃を突きつけている生徒と、負傷した教官の姿がミクスチャ―全域に放送された。
〔おいインユリア、さっさとそいつやっちまえよ~〕
〔うるっせぇ! 言われなくても分かってるよ!〕
〔キャハハハハハッ! なにキレてんの? うざ〕
通信でやればいいものを、お互い拡声器をオンにしたままギャイギャイ言い合いを始めてしまい、ラティオは呆れた。
「なに? あいつらって仲間じゃないの?」
〔しらな~い〕
まだスコラ・サンクトゥスに来て日が浅い姉妹は内情に疎い。
「あいつら、仲間と言うより……素行不良の奴らが勝手に集まっているだけよ」
「レージーナ?」
困惑していると、後ろからレージーナの解説が入った。
精神的に安定し、落ち着いたことで声に力が戻っている。
「仲間意識とかないわ。だから、ああやって喧嘩したり平気でする」
「なにそれ……こんなテロまがいのことをしでかしたのがそんな連中? よく武器とかステラーコーパスを持ちだせたね。ここの警備ザルすぎない?」
「……ええ、激しく同意するわ」
軍の施設なのに色々と問題がありすぎなのでは? とドン引きするラティオにレージーナは苦笑した。
はっきり言ってしまえば今回の襲撃事件はおかしいことだらけだ。
ただの不良たちが軍で採用されている型の銃を手に入れることも、たった二人で重要な管制室を占拠することも、ましてや格納庫に侵入してステラーコーパスを勝手に動かすことも、武装を使用することも。
スムーズに行き過ぎている。
「……陰謀?」
「ありえるわね」
〔おねーちゃん、はなしがまとまりそうだけど?〕
二人して眉間に皺を寄せていたが、ウィスの呼びかけに我に返る。
〔おい、白いの。銃を捨てな! 少しでも変な動きしたら、管制室のクソどもをぶっ殺すからな!〕
〔キャハハハハハッ! あといろいろ付いてるやつもな! ストリップショーといこうぜ~!〕
「うわぁ」
言動が不快なのは最初からだったが、突き付けられた要求が下種すぎて本気で気持ち悪い。
〔白いの。まずは回線開きな。そのツラ拝ませろ〕
〔嫌ならべつにいいぜ~? クソに穴があくだけだから! キャハハハハハッ!〕
舌打ちをしつつ、ラティオは共用周波数の回線を開く。
〔へぇ? 噂の編入生サマだったのかよ〕
「だったらなに?」
通信が確立され、ウインドウが開けば人を見下した嫌な笑顔のインユリアが表示される。
だが視線がわずかに横にずれたら劇的に変化した。
〔そこにいたのかぁ……レージーナァ〕
「ひっ」
粘つくような嫌らしい笑みを浮かべる。
ラティオが首を巡らせればシートの後ろから覗き見ていたであろうレージーナの手が見えた。
その手は震えていた。
無理もない。
多勢に無勢の状況で追い詰められていたのだ。
ラティオは視線を遮るように腕を横へ広げ、レージーナへと語り掛ける。
「大丈夫だよレージーナ、貴女には触れさせないから」
「…………うん」
小さいながらも返事が来て、ラティオは微笑む。
〔…………なにメス出してんだレェェェェジィィィィィィィナァァァァァッ! アタシに負けたくせによぉぉぉぉぉっ!〕
絶叫。
その目が狂気を孕み、次いでラティオを捉える。
〔編入生…………武器を捨てなぁ。その後は目障りな輪っかだ。ご自慢の専用機を丸裸にしてからぶっ壊してやる……。マトリクス引っこ抜いてテメェの手足をぶっ千切ってから殺してやるよぉ〕
〔駄メス風情がイキりやがって〕
インユリアの殺害予告にウィスがキレたが、ラティオは表情を変えずに機体を操作してトリガーから指を外し、グリップを摘まむような形でビームガンを放り投げた。
〔ハッ! そうだ! それでいい! そうだよなぁ? お前が逆らえばクソどもが死ぬんだからなぁ? 言う事聞くしかないよなぁ?〕
〔キャハッ! かっこい~! まじでやるんだ~? きも〕
好き放題言われても、ラティオは表情を変えない。
「ラティオ……」
背後からレージーナの不安げな声も聞こえてきた。
「大丈夫」
力強く答える。
〔ほら、次はその目障りな輪っかだ。さっさとやれ〕
言う事に従うと分かったからか、余裕綽々な態度で、さらにライフルをこれ見よがしに誇示して命じてくるインユリア。
〔キャハハハハハッ! ほ~ら、はやく~〕
耳障りな笑い声の名も知らぬ女。
(任せろって言ったんですから、頼みますよ教官…………)
内心ではひどく焦りながら、ラティオはゆっくりとホロメニューに手を伸ばす。
*****
管制室内は耳障りな甲高い笑い声に支配されていた。
格好良く登場したというのに、結局は人質のために大人しくなった白い機体に笑いが止まらない。
ストゥルティたちにとって、人質ごときには何の価値もない。
自分さえよければいいという自己中心的な考えしか持っていないからだ。
彼女たちが何の関係もない人間を人質にとられても、いや、たとえ血の繋がった親姉妹が人質になったとしても躊躇なく見捨てる。
そんな彼女たちからすれば、何の価値もないクソを守るために危機的状況に自ら陥るラティオは最悪の馬鹿であり、最高の玩具だ。
「キャハッ!」
楽しくてたまらないと台を叩きまくるストゥルティの一人。
それに慄きながらも自分たちのせいで危機に陥った白い専用機を、祈るように見つめるオペレーター科の生徒たち。
教官も痛みに顔を顰めながらも画面を食い入るように見る。
そして、銃を突き付けていたストゥルティのもう一人もこれから始まるショーに期待して画面を見やる。
全員の意識が、演習場の光景を映し出すモニターへと集中した。
瞬間、室内に小さくスパーク音が響いた。
人質を監視していたストゥルティの一人が反応した。
素早いものだった。
素人にしては。
誰も入ってこれない様に閉鎖されていた扉が勢いよく開き、破裂音に似た音とともに灰色の塊が突入してきた。
数は三つ。
ストゥルティの一人が銃をそちらに向けるより早く接近したその灰色の塊──敵艦や敵要塞へ突入し、制圧するために使用する強化外骨格を纏った空間機動兵が手首を握りつぶす。
最低出力ですら人間の倍の力を出せるパワーアシスト機能の前に、ただの生身では成す術もなくクチャリと潰れた。
何が起こったのか理解できず、けれど激痛に声を上げようとしたストゥルティの一人の顔面を機械の角ばった手が鷲掴みにした。
肉が、頭蓋が軋む。
悲鳴を上げることもできず、今まで凶器を振りかざして好き勝手していた女は、強化外骨格の指先に装備された対人制圧用の電撃攻撃によって意識を刈り取られた。
一人が人質のすぐ傍の下手人を制圧。二人目が人質の盾となるように陣取り、三人目は甲高い笑い声を上げ続ける女へと肉薄する。
自身の声で扉が開いた音すら気付かない生徒の後頭部を勢い良く掴み、そのままコンソールへと叩きつけた。
前歯が砕け、鼻血を噴き出し、頭蓋に罅が入り、衝撃と痛みで意識が朦朧となった女を空間機動兵は力任せに引き起こし、容赦なく電撃を放って無力化した。
たった数秒の間に、管制室は制圧された。
人質の盾となる場所へ陣取った空間機動兵が通信機能をオンにする。
「アロ・イラ教官、管制室を奪還した。人質は無事。繰り返す。管制室を奪還した。人質は無事。」
*****
ラティオの指が、ホロメニューへ触れるか否かの絶妙なタイミングで通信が来た。
〔ウィンクルム!〕
それは待ちに待った、アロ・イラ教官からの通信。
彼女は親指を首元で横に一閃させ、
〔殺れ〕
獰猛な笑みと共に許可を出した。
「了解」
ラティオも笑みで応え、しなやかな動作でメニューを操作し、機体の各所に装備していたリング状のパーツを開放した。
通信ウィンドウの向こうでインユリアが勝ち誇り、背後でレージーナが息を飲む。
そして告げる。
「オルナーティオ、起動」
・空間機動兵
いわゆる宇宙の海兵隊。
パワードスーツというかエグゾスーツを着こんで戦う人たち。
ハンドガンサイズの熱線銃などものともしない




