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第13話 きゅうしゅつ×あんど

 目の前に降り立った、まるで美術品のようなステラーコーパスが膝を着き、腰部装甲がスライドしてマトリクスが解放される。

 体を丸め、緊張に固くしていたレージーナはより強く自身を抱きしめる。


「レージーナ!」


 機体の左手を足場にして軽やかに降り立ったラティオはヘルメットを脱ぎ捨ててレージーナへと微笑みかける。


「あ、あなた……」


 レージーナは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 だって、救助が来るとしたら警備部だと思っていたからだ。

 なのに来たのは、自分が厳しめな対応をしていた編入生で、しかも見慣れない機体──企業の試作機で、ラティオの専用機に乗ってくるなど、誰が想像できようか。

 レージーナは性格がキツめなのは自覚はあった。誰に対しても。そのせいで仲良くしようという人間はおらず、嫌われるか遠巻きにされるか、二択だった。

 だから内心、ラティオも自分に関わり合いたくないだろうと思っていた。


 なのに、彼女は、来た。

 機密情報の塊を出してまで、危機的状況の自分を救い、微笑みかけている。


「どう……して?」

「え? 友達がピンチなら、手助けするでしょ?」


 掠れた声の疑問の答えは実にあっけらかんとした、シンプルな答えだった。


「だって、わたし、あなたに……」

「いいからいいから」


 なおも言葉を紡ごうとするレージーナに構わず、ラティオはシートの横にあるスイッチを押す。

 シートの固定機能が切られ、レージーナの体が拘束から解放された。


「よし。立てる?」


 青空を背に、こちらに手を差し伸べるラティオへ、レージーナは口を開く。


「わたしを……たすけてくれるの?」

「そのためにき来たんだよ。もう一人で戦う必要はないよ。私が一緒にいる」


 一人じゃない。

 一緒にいてくれる。

 理解した瞬間、今まで緊張に凝り固まっていた体が一気に弛緩し、手足がだらりと垂れ下がる。痺れているのか、まるで自分の体じゃないみたいにいう事を聞かない。

 だから、しょわしょわと漏れ出る水気をどうにかすることもできなかった。


「立て……そうにないね。ん、じゃあ失礼するよ?」

「あ……」


 弛緩したレージーナを横抱きで抱え上げるラティオ。

 いくらレージーナが小柄だとはいえ、パイロットスーツの諸々を考えれば結構な重量だ。でも、ラティオは軽々と持ち上げた。


「や……くさい、から……」

「そう?」


 一気に近付いたラティオの顔。

 汗を大量にかき、漏らしたもともあって羞恥に顔を赤らめるが、


「すぅ。ん、イチゴ。いい匂い」

「っ」


 ギュッと抱きしめられ、匂いを嗅がれてしまう。

 レージーナは必要最低限のメイクしかしないが、せめてこれくらいはとコロンだけはお気に入りのものを使っている。

 小柄な彼女が使うと子供っぽいと言う輩が多いが、ラティオは特に否定的なことも言わず、肯定的な雰囲気だ。


「ちょっと揺れるけど我慢してね」

「え」


 熱くなった顔に、どうしていいか分からず思考停止していたら、一気に視界が動く。

 それなりの重量になっているレージーナを抱えたまま、降りてきたのと同じく軽やかな足取りでマトリクスへ戻る。


「ウィス、簡易シート」

〔えー、のせるのー?〕

「あのままじゃいい的だよ。ここの方が安全」

〔わかったー〕


 ぐったりとしたまま、ラティオともう一人の会話を聞く事しかできない。

 思考はまだうまく働かず、顔の熱も引かず、されるがまま、パイロットシートの後ろに展開された簡易シートへと体を固定される。

 これは宇宙にて漂流した仲間を保護した時に使用されるようなもので、マトリクス標準装備の一つだ。


「もう大丈夫」


 再度微笑みかけられ、レージーナはこくりと頷く事しか出来ない。


 *****


「なん!? だよ! あいつはぁっ! 邪魔しやがってぇぇっ!」

〔うわぁぁぁぁぁぁぁっ!〕

〔勝手に動いてるぅ!?〕

〔なんだよぉ!?〕


 怨嗟と悲鳴を叫びながら、インユリアたちはがくがくと揺れるマトリクス内で耐えるしかなかった。

 彼女たちの機体は先ほどからずっと動き続けている。

 操作している訳ではない。自動回避プログラムが連続して作動しているのだ。

 その原因は乱入してきた白いステラーコーパス。

 片膝を着いたまま、右手のビームガンを構えた機体は、ずっとインユリアたちの機体をロックオンし続けていた。

 ケントゥリアの自動回避プログラムは初心者用で、ロックオンされたら回避するように仕組まれている。

 だからビームガンの照準が機体に向けられれば機体が安全な場所へ勝手に動いてくれる。

 白いステラーコーパスは正確無比にケントゥリアを捕捉し、止まる時間を与えず常に回避行動をとらせるように小刻みに腕を動かす。

 それだけで四機から攻撃されず、レージーナを救助する時間を稼いだ。


「くそがぁっ!」


 プログラムが動いている最中はパイロットの操作を受け付けない仕様が、今はインユリアにとって悪い方へ働く。


「あとちょっとだったのに! あと少しで! レージーナ! れぇぇじぃぃなぁぁぁっっ!」


 揺れる外部映像には、誰かがレージーナを抱えてマトリクスに戻る光景が。


「誰だよぉ!? 誰なんだよぉ!? ふざけんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 発狂してがちゃがちゃとレバーを動かすが、機体は止まることはない。

 レージーナのように最初からその機能を停止させていれば如何様にもできたであろうが、初心者用にガチガチに設定されたケントゥリアではどうしようもない。


「ああああああああああ!」


 マトリクスが収納され、白いステラーコーパスが立ち上がる。


「それはアタシんだ! さわんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 目を血走らせ、唾をまき散らしながら叫ぶ。


 *****


〔おねーちゃん、あいつきもい〕

「……」


 ウィルトス・フロースを立ち上がらせたラティオはウィスのぼやきに心の中で同意しつつノーコメントを貫いた。

 インユリアの叫びは拡声器で周囲にまき散らされていて、ラティオたちもばっちり聞いていた。

 なんというか、粘つくような執着心が感じられて、端的に言って気持ち悪い。


「う……」

「レージーナ?」


 背後を振り向けば、簡易シートのレージーナが顔を顰めて体を震わせていた。

 それはそうだ。

 あの狂気が入り混じったインユリアの意識は全てレージーナに向けられているのだ。

 聞いているだけで気持ち悪いのに、当事者からしてみればそれ以上の不快感であろう。


「レージーナ、大丈夫」


 穏やかに微笑み、語り掛ける。

 怯えを含んだ視線が合い、


「守るから。絶対に守るから」


 決意を込めて宣言する。


 その言葉に、レージーナは息を飲む。


 レージーナ・グラウィスは常に強者側を強いられてきた。それすなわち、守る側でもあるということだ。

 だから厳しい訓練を己に課し、絶えず研鑽を積んできた。

 他を圧倒する強さを。弱者を守る強さを。英雄と呼ばれるに相応しい強さを。


 けれど、自分の研鑽は今日、意味を成さぬと知った。挫折を、敗北を知った。


 知ってしまった。


 自分は強者だと自惚れた弱者であると。


 彼女が築き上げてきた自尊心は砕けた。


 もはやここに居るのは、ただのちょっと成績のいい少女だ。


 そんな彼女の荒れ果てた心に、ラティオの言葉は優しく響いた。


 上から目線で押し付けるようなものではなく、媚びるようなものでもなく、ましてや馬鹿にしたり蔑むようなものでもない。


 同じ目線で、対等に、友人が困っているから。


 そんな当たり前の、レージーナにとっては夢のまた夢の出来事だと思っていた理由で。


 ラティオは笑いかける。


 レージーナだって年頃の娘だ。

 内心では友達を欲していた。

 強さを求めることに悩み、挫けそうになったことだって一度や二度ではない。

 時には誰かに頼りたくて仕方がないことだってある。

 誰か、助けてと一人泣き叫んでしまうことだってあった。


「……まもって、くれる?」

「うん」


 力強い即答に、涙が零れた。

 悲しいのではない。嬉しいのだ。

 自分を守ってくれるという、その気持ちが。


 孤独な少女の胸中に暖かなものが広がる。


 そして、鼓動がトクリ、と力強く鳴った。


「安心して。絶対この状況を切り抜けるから」

「……はい」


 涙を浮かべながら、少女は小さく微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ! このマシンが標準に対して通常のスペックを超えていることを圧倒的に示す方法と、2人の女の子の間の心温まる瞬間. それは美しかった。 彼女の世界観は打ち砕かれ、彼女を救うために最期に…
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