第12話 しゅつげき×きゅうこう
タイヤを鳴らしながら車両が停止すれば、そこはラティオたちに割り当てられた格納庫だ。
スコラ・サンクトゥスの教官には権限が割り当てられており、整備科の教官にはミクスチャ―の裏側、つまりは整備用の通路を使用できる権限があった。
そこを通れば通常は時間のかかる移動も大幅に短縮できる。
さらに教官の権限で制限を解除して速度を出せる車両に乗れば、あっというまだ。
「お婆ちゃん!」
勢いよく飛び降りたラティオは一機のステラーコーパスの足下にいたチーフへと駆け寄る。
機体には身内の整備員たちが取り付いてバタバタと作業をしていた。
「綺麗……」
車両から降りた整備科の教官はケージに納められた機体を見上げ、うっとりと呟いた。
白く、艶のあるコーティングが成された丸みを帯びた装甲は照明に照らされ輝いている。
耐久性や安定性を重視した訓練機とは違って細く、華奢にも見えるその機体は俊敏性や機動性重視のセッティングだとすぐに理解した。
目を引くのは各所に装着されているリング状の大きなパーツや、両腕に装着されている小さな盾のようにも見えるガントレット。それらが何の機能があるのか想像力を掻き立てる。
「お婆ちゃん、迷惑かけてごめん。けど……」
「しゃんとおし! 自分で決めた事だろう? なら胸を張りな!」
「うん」
厳しくも暖かい家族の激励に、申し訳なく思っていたラティオは顔を上げた。
その表情は覚悟を決めた戦士のもので、チーフは満足げに頷いた。
「状況は?」
「各部チェックをしている最中さね。まだ反応炉は繋いでいないから、さっさと乗りな。話はそれからだ」
「分かった」
「ねーチーフ! マジでやんのぉ? あとで怒られたりしない?」
二人の頭上から文句が降ってきた。
リベラだ。
「どうせ動かせばコソコソ他の連中にデータは取られるんだ。なら今やろうが後でやろうが変わりゃしないよ! それに、運動着で練習してるのを見た程度で本番衣装と動きが分かるかい!」
「でもさー」
「さっさとしな! 晩御飯、あんたの分だけおかず減らすよ!」
「へーい!」
二人のやりとりに他の面子は苦笑する。
まったくもっていつもの通りだ。
ラティオも笑いながらケージ横の階段を駆け上がり、マトリクスへたどり着く。
「ウィスは?」
「もう準備万端」
待機していた姉貴分の返答により笑みを深めたラティオは通信を繋ぐ。
「ウィス?」
〔おねーちゃーん! 待ってたよー!〕
テンションアゲアゲの妹の声が鼓膜を震わせた。
「ごめんね、いきなりで」
〔だいじょーぶ! おねーちゃんのためならちょっぱやでおめかしするよ!〕
「ありがと」
〔ただぽっと出の駄メスを助けるってのが気に入らないけど〕
「こら、私のクラスメイトなんだから」
〔ぶー〕
妹を窘めつつ、解放されたマトリクスに身を躍らせてシートへ身を固定する。
パイロットスーツやその周辺機器は共通規格で造られており、そのまま搭乗可能だ。
〔あはぁ❤ おねーちゃんがきたぁ❤ わたしのハジメて、おねーちゃんにうばわれちゃったぁ❤〕
「ふふ」
妹の甘い声がおもしろくて、まだ新品の匂いがするマトリクスでクスクスと笑う。
コンソールやレバーを優しくなでれば、
〔うぅん、くすぐったいよぉ❤〕
「ごめんごめん」
〔いちゃいちゃはそこまでだよじゃじゃ馬ども〕
「はーい」
〔ぶー、おねーちゃんともっとあそびたいのにー〕
〔あとにしな。起動準備!〕
妹との戯れを祖母に叱られ、気分を新たに起動準備を開始した。
「マトリクス、格納」
〔マトリクス、格納!〕
復唱と共にハッチが閉鎖され、腰部前面装甲が定位置へ。
同時にマトリクス内の壁面モニターに光が灯り、頭部カメラからの視覚映像が投影された。
ラティオがヘルメットを被り、ロックすればヘルメット内部にもホログラムで同じ映像が投影され、視界が一気に広がる。
〔反応炉内、圧力正常! いつでも!〕
「了解! それじゃあ、反応炉、接続!」
〔反応炉、接続!〕
腹に響く振動と共に大きな唸りが響き渡る。
主動力にエネルギーラインが接続され、巨大な人型兵器の全身を膨大なエネルギーが駆け巡っていく。
「外部電源、解除!」
〔外部電源、解除! ケーブル収納!〕
機体各所に接続されていた電源ケーブルが外され、巻き取り機が自動で収納していく。
「チェックリスト……」
〔オールオッケー! しゅつげきじゅんび、かんりょー!〕
発進前の確認項目がコンソールの画面を高速でスクロールすれば、最後によくできましたと花丸マークが表示されて終わってしまった。
「もう、ウィス、これ私の仕事だよ?」
〔えへー、だって早くおねーちゃんと遊びたいんだもん〕
「ふふ、ありがと」
緩めた表情を引き締めると、ラティオは通信回線を開いてコードを入力していく。
発信してコールする前に相手が出た。
〔ウィンクルムか!?〕
「教官! 準備完了しました!」
焦れた様子のアロ・イラ教官はラティオの言葉に獰猛な笑みを浮かべる。
〔こちらも準備が整った。そちらの格納庫から演習場まで直通ルートだ。一気に駆け抜けろ〕
「ありがとうございます!」
教官と会話しながら、親指を立てて退避していくリベラに返礼する。
〔人質の方はまかせろ。戦果を期待する〕
「はい!」
短い言葉と共に通信が切れた。
〔ラティオ。整備が終わってるのがこれしかないが持っていきな〕
チーフの声と同時に輪郭の強調表示が出る。
そこには試射を頼まれていた一丁ビームガン。
「グローブあるから」
〔どうせなら使ってデータをとればいい。それにコレは大して重要じゃないから壊してもかまわないから〕
「そういうことなら」
一応、このビームガンも試作兵装でそれなりに力を入れて造られているのだが……。
〔全員退避完了。いつでも出せるよ〕
「了解!」
コンソール中央に表示されたステータスフィギュアは全て正常なグリーン。
計器類も灯り、シートの座り心地は抜群。レバーやフットペダルの感触も良好。
「ウィス、準備は?」
〔おっけーだよ!〕
「じゃあ、行くよ!」
〔うん! イこう❤ いっしょにイこうよおねーちゃん❤〕
共に戦う妹の機嫌は良し。
そして自身の戦意も高い。
「ケージ解放!」
〔メンテナンスケージ、解放!〕
機体前を塞いでいた通路が展開していき、背部を固定していたアーム類も収納されていく。
「ラティオ・ウィンクルム!」
〔ウィス!〕
「『ウィルトス・フロース』、出撃します!」
〔いってきまーす!〕
宣言と共に細身の機体──ウィルトス・フロースは整備班の声援を受けながらしなやかに走り出す。
途中、コンテナに用意されたビームガンを自然な動作で掴み上げることも忘れない。
目指すは格納庫から演習場へ機体を運搬する移動用通路。
大きな隔壁はすでに解放されており、そこへ躍り出たウィルトス・フロースはカメラアイを発光させ、通路内の詳細なデータ取得しモニターへと反映させる。
「ブースト」
〔いっくよー!〕
スラスターから光の粒子を噴き上げながら、白き巨体が加速する。
通路内は機体をケージに収納したまま移送するためのレールが敷かれていて、余裕をもって造られている。
重量のあるものを運搬するためにほぼ直線で、あっても緩やかなカーブだ。
思い切り加速していく。
〔ばびゅーん!〕
久々の出番に妹も嬉しそうだ。
「ウィス、引き締めて。そろそろ出るよ」
〔おねーちゃんといっしょならだいじょーぶ!〕
「うん!」
光が見える。
小さなそれがすぐさま大きくなっていき、勢いそのままにウィルトス・フロースは青空を飛翔する。
演習場内の詳細情報がアップデートされ、すぐにケントゥリアを見つける。
拡大表示された光景に、ラティオの目が冷たく細まる。
レージーナの小さな体が無防備に晒され、ケントゥリアの巨大な手が襲い掛かろうとしていた。
ラティオの意志に従い、ウィルトス・フロースはビームガンを掲げた。
照準用レーザーが照射され、威嚇をしつつ到達距離を計算、出力を落とす。
トリガーを引く。
発射されたビームは着弾しても脅威にはならない。
だがケントゥリアたちは大きく退避行動をとった。
訓練機の自動回避プログラムを逆手に取り、レージーナから下手人たちを遠ざける。
スラスターを吹かせ、ラティオは急降下。
頭から降りて行き、途中で姿勢を制御。足を下にして制動をかけつつレージーナ機のすぐ横に着地する。
ヘルメットを外し、口元が汚れ、涙を流すクラスメイトに、
「レージーナ、大丈夫!?」
声をかけた。
・ウィルトス・フロース
ラテン語でウィルトス=勇気、フロース=花。
主人公機。白く美しい機体。
イメージ的には丸み強めなダ○ルオーク○ンタ。




