第11話 しょうそう×ていあん
時は遡り、ラティオたちの方。
戦闘はもう少々お待ちを。
〔総員に通達! その場で停止! メンテナンスケージへ機体を戻せ! パイロットは降りて整備班はケージと機体をロックしろ! 急げ!〕
渋滞を起こしている機体群を見てのんびりと出撃前チェックをしていたラティオ。
突然発せられた教官の命令にぽかんとしてしまった。
「え?」
〔ラティオさん、ひとまず降りてください〕
「あ、はい」
チェックを中断し、マトリクスを開放させて機体から降りる。
メンテナンス通路では整備班のリーダーが困惑した表情で待っていた。
「何があったんですか?」
「分からないの。ただ、演習場に出るための隔壁が閉まっちゃったみたいで」
通路の手すりから身を乗り出して遠くの隔壁を見やれば、確かに閉まっていた。
先程まで解放されていて、演習場の荒野が見えていたというのに。
「何かトラブル?」
「かもしれないわね」
何が起きたのか分からないが、整備班たちがバタバタと走り回り、せっかくケージから出した機体たちもそそくさと戻っていく。
他のケージでも困惑しているらしく騒がしい。
突如、リーダーの持っていた端末がホロモニターを起動させた。
「え、誤作動……!?」
「は?」
意図しない動作に壊れたかと持ち上げたリーダーは映し出された光景に息を飲み、ラティオは混乱が深まった。
そこには、一機のケントゥリアを四機が追いかけている光景が。
「え? どういう状況?」
「……演習場に出たのは、グラウィスさんの機体だけのはず。この四機は……まさか別の格納庫から? ありえない」
「どういう……武器持ってる!?」
「噓でしょ!?」
ホロモニターの中で、四機のケントゥリアがライフルを撃つ光景に驚愕を隠せない。
何故ならこの演習において武器の使用は含まれていない。
あくまでもカリキュラム内容は機体を実際に動作させてシミュレーターとの違いをじっくりと体感するというもの。
武器を使う訓練はまだまだ先だ。
だからレージーナも武器を持たず、機体のみで出ていったのだ。
「この四機はなんなんです?」
「分からない。でも、ここの格納庫から出撃した奴じゃないことは確か。他にも格納庫はあるからそこから? でも、そんな事は……」
頭を振って、あり得ないことだと伝える。
ラティオはチラリとホロモニターを見る。
なんとか避けてはいるが多勢に無勢。いくらなんでも圧倒的に不利だ。
「教官に話を聞いてきます」
「ラティオさん!?」
ケージの側面にある階段を手すりに乗って滑り降り、ラティオは未だ騒がしい格納庫を走り出す。
視界には多くの生徒たち、そしてホロモニターの輝きが見える。
どうやら整備班の持つ端末全てがホロモニターを起動させて演習場の映像を映し出しているのだろう。
「ラティオー、どこいくのー?」
途中、アミキティアから声をかけられたので前方を指さしてひた走る。
それを見た生徒たちが相談しながらケージを降りていく。
(長い!)
とにかく走る。
走りながら愚痴る。
ステラーコーパスは巨大だ。それを格納するケージはもっと大きい。そんなケージがズラリと並び、それらの間隔もまた大きくとっているため、格納庫はとんでもなく長くて広い。
これが機体に乗っているのならばそうでもないのだ。
と、走りながらケージの横にある車両に気が付いた。長くて広い格納庫を移動するために整備班のチームが使うものだ。
使えばよかった! ていうか頼めばよかった! と後悔しながらもここまで来たのだからと走り続けたが、
「ラティオさん! 乗って!」
担当チームが乗った車両が追い付き、リーダーに言われるがまま素直に飛びついた。
「疲れちゃうよ?」
「まさに……いま……そうです……」
ロールバーに腕を絡ませ、息を切らして苦笑するリーダーに答える。
車両後部に乗ったチームの面々が小さく笑う。
車両は電気駆動で静かながらも軽快に走り、あっと言う間に隔壁のすぐそばにある教官機のケージへと辿り着く。
「──だから! ぐだぐだ言う前にさっさと制圧チームを送れと! 人質!? こういう時のための警備部だろうが!」
マトリクス前の通路で教官が通信機に向かって不穏な単語を含む言い合いをしていた。
「え、なに?」
「警備部って」
「人質?」
「なんかテロみたい」
チームの面々が不安げに囁き合う。
それでもラティオは車両から飛び降り、
「教官! レージーナが危険です!」
「っ、分かっている! しばし待機だ! 黙っていろ訓練生!」
威圧感のある怒声が降ってきて、思わず首を竦めた。
「……こっちの話だ。いいからお前らは己の本分を果たせ!」
苛立ちを抑えきれず、荒々しく通信を切るとアロ・イラ教官は手すりを掴み、高い場所から下を見やる。
そこには続々と集まってくる生徒たちがいた。
舌打ちをしつつ、教官は大きく息を吸う。
「総員傾注!」
ビリビリと物理的な衝撃すら伴う声に、浮つき、混乱していた生徒たちが背筋を伸ばす。
「まずは落ち着き、冷静になれ。そして、そのまま聞け! 現在、演習場は馬鹿な小娘たちが馬鹿をやらかしてくれたお陰で滅茶苦茶だ!」
え? なに? どういうこと?
再び騒ぎ出した生徒たちだが、アロ・イラが手すりを殴りつけ、歪ませるのを目撃して沈黙した。
「演習区画の制御は管制室が一手に担っている。そこを狙われた。現在、管制室は馬鹿どもに占拠された。おかげで隔壁は閉められ、こちらのコマンドを受け付けない」
「ステラーコーパスは使えない。ロックをかけていなければ最悪、管制室からのコマンドで暴走する危険性があるからだ」
「今、警備部に連絡を入れた。あそこは独立したシステムがあるからな」
「よって、我々は待機だ」
重々しい言葉に、生徒たちは不安に苛まれてお互いを見やる事しかできない。
教官は言いたいことは言い終えたと、再び通信機に怒鳴り始めた。
「状況は? はぁ!? まだブリーフィング!? 即応しろ! 今危険にさらされているのは生徒だぞ! ……やれるならとっくにやっている!」
怒りに任せ再び拳を振り上げ、手すりをへこませる。
「……」
突然の状況に困惑し、騒めく生徒たち。
その中でラティオは一度深呼吸をして、眼鏡のフレームをリズミカルに数度叩いた。
〔……あ、ラティオ? 今変な映像が中継されてるけど、見てる?〕
「リベラ、『フロース』は動かせる?」
〔はぁ!?〕
音声通話がつながった先は身内のリベラだ。
ラティオの要請に素っ頓狂な声を上げた。
〔何言ってんのいきなり!? 予定はまだ先の話でしょうに〕
「友達がピンチなの!」
〔んなこと言われたって……待って、チーフに替わる〕
〔私だ〕
「お婆ちゃん! 『フロース』を使わせて!」
〔アンタ、私用で動かそうってのかい?〕
親友から即座に通信を替わったのは頼れるお婆ちゃん、チーフ。
彼女へと同じ要請をするが返答は冷たい。
「……皆には悪いと思うけど、今、『フロース』を使わないと」
〔何故そこまでする? ミクスチャ―にも防衛戦力があるだろう? 機密情報の塊をこんな場所で見せびらかす気かい?〕
「友達を守りたいの!」
正論を、感情が遮る。
彼女が今やろうとしているのは共に搬入した機体を私的運用しようというもの。
本来、ここに彼女たちが搬入したのは企業からの命令であり、組み立てから試運転、そして運用データを採取するためだ。
データは企業へ、そして軍へと開示されるが運用するのは秘密裏に行われる。機体は企業の機密情報の塊だからだ。
なのに、それを今使うということは不特定多数の目に晒すという事だ。
ミクスチャ―全体に放送されている演習場の凶行。その場に機密を晒すなど企業としては認められるわけがない。
責任者としてチーフも認める訳にはいかない。
だが、
〔……まったく、ウチの娘はじゃじゃ馬ばかりだね〕
盛大な溜息とともにチーフは言った。
〔今どこにいるんだい?〕
「演習場の格納庫」
〔ということは授業中だね? 先生に許可はとったのかい?〕
「ちょっと待って! 教官!」
通信に意識を集中させていたせいで、色々な所が抜けていた。
今は授業中で、しかも無許可で機体を運用するとなると運営側に断りを入れなければならない。
我に返ってわずかに下に向けていた視線を上げれば、クラスメイトたち、整備班、そしていつの間にか目の前まで降りてきていた教官がラティオを見ていた。
「提案があります、教官」
「今の私は機嫌が悪い。外の馬鹿どもを殴り倒せるような素敵な意見しか聞く気はない」
しっかりと目を合わせて告げれば、厳しい表情で威圧される。
そこでめげるほどラティオは弱くない。
「私の機体を演習場で使わせてください」
「ほう。それでどうする?」
「友達を──レージーナを助けます」
アロ・イラは目を細め、威圧感をさらに増しながらさらに問う。
「出来るのか?」
「やります」
即答したラティオに、歯を剥き出しにして笑った。
「ならばやって見せろ。私の権限で許可してやる」
「ちょ、ちょっと! イラ教官! 何を勝手に!」
許可を出され笑顔になったラティオだが、横やりが入って表情が曇る。
乱入してきたのは整備科の教官だ。
「警備部に任せればいいでしょう! 先ほど言っていたではないですか! 生徒を危険に晒すなどって!」
「緊急事態だ。それに、戦士が覚悟を決めたのだ。それを無下にはできん」
「だからって……」
「ウィンクルム、しばし待て」
整備科の教官の意見をばっさりと切り捨てると再び通信機へ声を張り上げる。
「聞いていたな? 今すぐ格納庫からの直通経路を開けろ。お前たちの権限で出来るはずだ? 何? 責任は私が取ればいいだけの話だ。……まだそんな事を言うか!? ぐだぐだぬかすな! お前今夜覚えていろ! お前のその無駄にでかいおっ〇〇をくっちゃくちゃにして擦れるだけで〇〇するくらい開発してやるぞ!? してほしくばさっさとやれ!」
荒々しく通信を切れば、生徒たちは顔を真っ赤にしてもじもじしている。
突然の大人な会話に、まだ未熟な蕾たちは恥じらいが大きいようだ。
「ウィンクルム、格納庫へ急げ。教官、彼女を送ってやってくれ。裏道を通れば普通に行くより断然早い」
「……あとで奢りなさいよ」
「ふん、高級エステ特務コースでいいだろう?」
「さ、ウィンクルムさん乗って!」
あれほど苦言を呈していたというのに、整備科の教官の変わり身は早かった。
移動用の車両を起動させ、ラティオを手招きしている。
パイロット科の生徒たちはドン引きし、整備科の生徒たちは額に手を当てたりして教官の行動に大いに呆れた。
「ラティオ!」
車両に乗り込もうとしたラティオをオルニットが呼び止める。
彼女の横にはアミキティア、サール、サーノーもおり、それぞれが不安そうにラティオを見つめていた。
「頑張って」
「うん」
友人の声援に、ラティオは親指を立てて応え。
「飛ばすわよ!」
「お願いします!」
教官権限でリミッターを外された車両が弾かれたように発進した。




