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第10話 ていこう×きき

 高速で移動していたのと、自動姿勢制御機能を切っていたのが仇となって再び地面を抉りながら機体が滑っていく。


「ぐ……っは」


 薄暗くなったマトリクス内に警報が鳴り響く。

 ステータスフィギュアを見やれば胸部が黄色で点滅していた。

 ステラーコーパスの胸部には動力炉が搭載されていて、装甲も厚く重点的に保護されている。

 しかし戦闘ともなれば損傷することもあり、一定のダメージを負えば安全装置が作動し、動力炉が爆発しないようにする機構が組み込まれていた。


「くそ……」


 安全装置が作動してエネルギー供給が止まってしまえばいかな人型巨大兵器といえどただの人形だ。


〔ハハッ! ざまぁねぇな!?〕


 歯を食いしばり睨みつければ、四機のケントゥリアが悠々と歩いてくる。

 銃口はこちらに向いたまま。


 様々なシミュレーションメニューをクリアしたことで自分の技量を過信していた。

 成績優秀だと称賛を受けて慢心をしていた。

 所詮インユリアなど恐れるに足らぬと相手を過小評価をしていた。

 冷静になったと勘違いをしていた。

 敵が四機だと把握していたにも関わらずインユリアにしか意識を向けられなかった。


「っ!」


 ネガティブな思考を追い払うようにレージーナは緊急用バッテリーで駆動するコンソールに縋りつき、震える手でホロメニューを呼び出す。

 敵機が来る。

 手がうまく動かない。

 思考が悪い方にしか働かない。

 視界が滲む。


〔おらよっと!〕


 たどたどしい手付きでなんとかエネルギーラインの復旧をしているレージーナを嘲笑いながらインユリア機が蹴りつけてくる。

 衝撃に歯を食いしばりながらコンソールに抱き着いて耐える。

 ダメージによって衝撃吸収機構も動作が怪しいのか、思った以上に衝撃が来た。


〔ハハハッ! いいツラになったじゃねぇかよレージーナ!〕


 壁面モニターに大きくインユリアが映し出され、涙目のレージーナを蔑む。

 苛立ち、悔しさ、恐怖。様々な負の感情が嵐のように渦巻く。

 それでもレージーナはホロメニューの操作を再開した。


〔おうおういいぜ! その調子だ! 頑張れよぉ!?〕


 歯を食いしばり、鉄さびの味を不快に思いながらも複数の項目をタップしていく。


(これが終われば……復旧さえすれば!)


 動力が復旧し、機体が動けば。

 動きさえすればこんな奴らなどに!

 それだけが彼女を支えていた。

 希望はまだあると。


(これで──!)


 最後の項目をタップすればエネルギーラインが再接続され、マトリクス内が明るくなった。

 機体のカメラアイが発光し、モニターに表示された敵機たちが鮮明に映る。


「……あんたたちなんかに、負けてられないのよ!」


 左腕は使い物にならず、脚部も転倒ダメージが蓄積している。

 だが、右腕はまだ動く。

 ならば、


「潰れろっ!」


 スラスターで無理矢理機体を跳ね上げ、ヘッドスライディングをするようにインユリア機へと突っ込む。

 まずは一撃。

 マトリクスがある腰部へと拳を叩き込む──。


〔ざ~んね~んで、し、た♪〕


 マトリクス内を照らしていたモニターが消えた。


「!? ~~~~~~~っ!」


 何が起こったのか理解できず、数瞬の間呆けたレージーナであったが、すぐに襲ってきた衝撃に苦悶の声を上げた。

 シートの保護機能は生きていたようでパイロットの体が投げ出されないようにスーツを吸着してくれた。

 だが衝撃までは殺せなかった。

 体を固定されたままガタガタと揺れるマトリクス。


「……う」


 霞む視界。定まらない思考。込み上げる嘔吐感。


「ぶ……げは」


 びちゃりとヘルメット内に吐瀉し、その臭気が気付けとなってレージーナの意識がようやく再起動し始めた。


「っ。なに、が」


 震える体に鞭打ち、なんとかヘルメットを外す。

 浅い呼吸を繰り返し、再び込み上げてきた吐き気を耐える。

 何も見えない闇。

 スーツの機能で体温は一定に保たれているはずなのに寒気が止まらない。


 ちかり。光が灯った。


「あ……」


 光が広がり、レージーナの耳に聞きなれた、もう聞きたくない声が聞こえる。


 ──あなたは最強になるの。

 ──あなたが人類を守るの。

 ──あなたは誰にも負けてはいけないの。

 ──これしきのことは簡単にできなくてはならないの。

 ──なんでできないの。

 ──あなたが出来なくては私たちが恥をかくのよ。

 ──あなたの義務なのよ。

 ──あなたがやらなくてはいけないの。

 ──それがあなたの存在意義なの。


「あ、ああ……」


 身を丸め、耳を塞ぐ。

 それでも声は彼女を攻め立てる。


 ──できないじゃないの。

 ──出来るまでやりなさい。

 ──泣いている暇があるなら手を動かしなさい。

 ──はぁ、情けない。

 ──こんなことも出来ないなんて。

 ──やるの。

 ──やりなさい。


 ──やれ!


「あああああああああっ!」


 唾液と吐瀉物の残りを飛ばしながら絶叫する。

 声をかき消すように。

 聞こえなくなるように。


〔はっはぁ! どうしたよレージーナァッ!? まだそんな元気があるのかよ!〕

「!?」


 耳障りな声に我に返る。

 意識はクリアとなり、自分の周囲の状況がはっきりと分かる。

 壁面のモニターはノイズが走りながらも殺風景な荒野を映し出し、ステータスフィギュアは黒く染まり、コンソールのホロメニューには警告と非常用バッテリーの残り時間。


「なに……?」

〔お? 知りたいか? そうだよなぁ? 知りたいよ、な!〕

「ううっ」


 機体が完全に停止しているせいで容赦のない衝撃が襲い掛かる。

 モニターの映像が目まぐるしく変わり、ついにはこちらの機体に片足を乗せ、ライフルの銃口を突き付けるケントゥリアの姿を見せる。


〔管制室で訓練機の制御ができるのは知ってるだろぉ?〕


〔だからさ?〕


〔アタシらがアンタの機体、止めてやったのよ~。どう!? サイゴのサイゴで何もできなくなるのは!? きゃはハハハハハッ!〕


 耳障りな笑い声に顔を顰める。


〔いいザマだなぁ……ほんと、いいザマだなぁ! えぇ!? レージーナよぉっ!〕


 嬉しくて堪らないと、ヘルメットのバイザーに大量の唾を飛ばしながらも気にならない程の愉悦に歪んだ表情でインユリアが叫ぶ。


〔どんなにお前が足掻いても、アタシらにゃ最初から敵わねぇんだよ! 武器もない! 仲間もいない! ないない尽くしのかわいそーなお前にはぁっ!〕

「……卑怯者が」

〔はぁ? わかんねぇかなぁ。ここは戦場だぞ?〕


 最早レージーナの機体は動くことができない。

 圧倒的優位の立場を確立したインユリアは気分が最高に良いせいか饒舌に語る。

 一方、文字通り手も足も出ないレージーナはそれでも最後の足掻きとして言い返すが、余裕綽々な態度を崩すには至らない。


「仲間がいなければ何も出来ないくせに……管制室を占拠なんて、ただのテロリストよ」

〔ハハッ! ボッチの僻みは駄目だぜぇ? それによぉ、戦術って言ってくれよ。自分らに有利な状況を作るのは定石だってお前の大好きな教本に書いてあるだろぉ?〕

「へぇ、貴女、教本読むんだ?」

〔んでぇ? 時間稼ぎして何か逆転できんのかぁ?〕


 インユリアの嘲りにレージーナは言葉を詰まらせる。

 機体は動かない。

 脱出した所で意味がない。

 管制室が占拠されているということは他の機体だって迂闊に動かせない。つまり救援が来ることはない。

 唯一希望が持てるのはミクスチャ―の治安維持を担当する警備部が動く事だが、実態を知らないので予測などできはしない。

 もしかしたらすでに動いているかもしれないし、未だ静観しているかもしれない。

 言葉を紡いでいたのは、本人は否定したいがただの意地だ。

 せめて言葉でインユリアの自尊心を傷つけられればと放っただけに過ぎない。


 絶体絶命。


 言葉は聞いていた。どのような状況かも調べた。そうならないためにはと対応策も考えた。

 それでも、この危機的状況に陥った。

 あれだけ嫌っていた相手にいいように扱われ、最後の抵抗すら封殺され、もうどうしようもない。


(あれだけ……がんばったのに)


 知識を蓄えた。

 過去から現在にいたるまでの膨大なデータを閲覧し、頭の中に叩き込んだ。

 体力をつけた。

 同年代よりも小柄で不利だからと走って、鍛えて、限界まで己を苛め抜いた。

 技術を磨いた。

 休日すら使ってシミュレーターに限界まで籠り、考えうる限りのパターンをクリアするまでやりこんだ。

 モニターをずっと見続けているせいか頭痛はするし、目は疲れ、肌の調子も悪い。疲労は抜けず、常に怠く、手はタコが出来ている。


 本当は嫌だった。

 周囲の生徒たちと同じく、友人を作ってお喋りしたり、一緒にご飯を食べたり、放課後に寄り道をして遊びたかった。

 休日には時間を気にせず寝ていたかった。友達と約束をして遊びに行きたかった。

 甘いものだって食べたかった。カロリーを気にせず美味しいものを一杯食べたかった。

 お洒落だってしたかった。分からないから友達に相談して一緒に選んで買ってお揃いのものを持ちたかった。


 それでも、強い側を──守る側に立たなければいけなかったから。


 羨ましい。妬ましい。それらの感情に蓋をして努力をしてきた。


 なのに──。


「これが……わたしのけっか……?」


 あれだけ全てを犠牲にして、頑張った結果が、これか。


「わたしは……なんのっ、ために」


 視界が滲む。

 嗚咽が止まらない。


〔っぷ……ハ、ハハ、アーッハッハッハッ! なんだぁ? 泣いてんのかぁ? いい年齢して、泣いてんのかぁ!? いいねぇっ! ソソるじゃないかぁっ! いい表情だよレージーナァッ!〕


 気に入らない、小生意気な女が自分の目の前で矜持を粉々にされて幼子のように泣くその光景に、インユリアの背筋を強い痺れが這い上がってきた。

 頬を紅潮させ恍惚とした彼女の胸中に、欲望の火が灯る。


〔もっとだぁ……もっと泣けよぉっ! 叫べよぉっ! もっと! もっとだ! お前のそれを皆にもっと見せろよぉ! 生意気な! 小娘が! 泣いてる姿を! 見せろよぉっ!〕


 目を血走らせ、涎をまき散らしながら衝動の赴くままに自機を動かし、擱座したレージーナ機を蹴りつける。

 何度も、何度も。

 レージーナが体を丸め、身を守ろうとするがそれを許さぬと言わんばかりに強く、より強く蹴る。


「や、やぁ……やめてぇ」

〔アハぁ♡〕


 レージーナの、懇願。

 小さな呟きでしかないそれを高性能な集音機は拾い上げ、インユリアの耳にしっかりと届けた。

 初めて見た時から気に食わなかったレージーナ。

 自分を恐れることせず、逆に睨んでくる小娘。

 屈服させ、泣いて許しを乞う姿をいつも想像し、その機会をいつも狙っていた。

 執念、いや妄執と言えるそれが、今、現実のものとなった。

 瞬間、インユリアは達した。


〔あはハはぁ♡〕


 彼女は荒々しく機体を操作し、レージーナ機の腰部装甲に手をかける。

 メキメキと軋みを上げる、


「いやぁ!」

〔あっはぁ♡〕


 レージーナの悲鳴に、より出力を上げて強引に装甲を引きはがそうとする。


〔お、おい、インユリア? なにしてんの?〕


 その異常な行動に、ずっとニヤニヤと嗤いながら特等席で優等生の公開処刑を楽しんでいたストゥルティ(手下)の一人が声をかけるが、インユリアは応えずに装甲を引きはがす事に専念する。


〔え、なに~? もう殺すの? 早くね? ま、でももう飽きたし~。ほれ、さっさと開きな〕

〔…………ん〕

〔え? なに? 聞こえないんだけど?〕


〔できません! そんなこと、出来る訳が──〕


〔死ねよ〕


 管制室を占拠していた内の一人が、レージーナ機のマトリクスを開放するように軽く命じたが、銃で脅されていてもオペレーターはそれを拒否した。

 泣きながら、脅されていいように使われる自分の弱さを悔やみながら、それでも最後の最後で抵抗した。

 返礼は銃撃だった。


〔ナえるわ~。はい終わり〕


 管制室からのコマンドが実行され、無理矢理引きはがされようとしていた腰部装甲がスライドし、マトリクスが露出する。


「やめ……やぁ!」


 少女の願い虚しく、ハッチが開きシートがせり出す。

 怯え、竦み、無力な少女が荒野に晒される。


〔れぇぇじぃぃなぁぁぁ〕


 機械の巨人が、少女を掴もうとその手を伸ばす。


「やぁぁ!」


 泣き叫ぶことしかできない少女の危機に──。


 警告音が鳴り、四機のケントゥリアが自動回避プログラムに従って回避行動をとる。


〔あアぁ!?〕

〔新手!?〕

〔どこ!?〕

〔うわぁっ!?〕


 ビームが着弾した地面が小さく爆ぜる。

 連続したそれに当たってもケントゥリアには微々たる損害しか与えられないような、弱弱しい威力。

 だが訓練機として使われている機体は『射撃に対して回避』の命令に即座に従う。

 十分に四機が離れた後、レージーナの前に一機のステラーコーパスが着地した。


 涙で滲む視界。吹き荒れる砂埃。

 その中でも、レージーナは見た。

 白く、美しい曲面装甲を纏ったその機体を。


〔レージーナ、大丈夫!?〕


 乙女の危機に白き巨人を供とし、ラティオが来た。

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[良い点] それは何のためでしたか? 道具として生まれた子供にはよくある話です。 彼らがいつも切望するすべての社交、思い出、つながりを否定し、彼らを機械のように扱い、壊れたら捨てます。 それは本当に悲…
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